「この暖簾を見たまえ。ビデオコーナーの一角に暖簾がついたコーナーがあるんだぞ。こんなものを見たら、子どもたちは興味津々だよ。彼らからすれば、まるで秘密基地だ――いや、ある意味では大人にとっても秘密基地といえるのかもな――さあ、入ろうじゃないか」
「あの、本当に私も入るんですか?」
「当り前じゃないか――しかし、白鳥君、エロビデオコーナーに入るのに、その格好は最高だよ。ミニスカートにパンストを履いたすらりと長い脚、おそらく君がここに入っただけで凄まじい化学反応が起こると思うよ」
「変なこと言わないでください。なんか、怖いです」
「大丈夫だ。だが、私の彼女というような仕草で入らないと君が危険な目に遭う可能性がある。さあ、腕を組んでいくよ――君、もう少しくっつきなさい。そう、もっと体を押し付けるんだ。君に何かあったらどうするんだ、君を守れないじゃないか。ほらもっとギュッと! そうそう、そんな感じだよ」
「博士……絶対離れないでくださいね」
「分かっているよ。離れるもんか。さあ、一緒に歩き出そう、新世界に!」
「……」
「――ほほお、ここはかなり充実しているね。もはや伝説と化している洗濯屋ケンちゃんの初期作品が全て揃っているじゃないか」
「――博士、エッチなビデオがたくさんあって、目のやり場にこまります」
「そうだろう、そうだろう。だが白鳥君、変だとは思わないかね。女性が女性の裸を見て興奮するかね。もしそうだとしたら、温泉などに行ったら、風呂上りの女性は、みんな淫乱になってしまうと思うが、そんなことはあるまい。それなのになぜ君は、単にAV女優が裸で微笑んでいるだけの表面を見ただけでそんなに顔を赤くしているんだい」
「だって……」
「僕が応えてあげよう。それは文字との連想なんだよ。つまりここでも、エロの本質が出ている。つまり想像なんだよ。例えばこれ、『エロ教官に狂わされていく私~凌辱の課外授業~』」
「……」
「なぜ黙っている。そんなに顔を火照らせて、一体何を考えているんだい、白鳥君」
「……なんにも……なんにも、考えてません!」
「僕には分かるよ。いま、きみの頭の中では、この題名に自分を重ね合わせてしまったのだよ。そこから、エロが脳内物質と化学反応を起こし、きみの顔を赤くさせているのだよ。すべからく女性にとってのエロとはそういうものだ。より厳密にいえば、エロの高まりは男が直接的な事象により喚起されることが多いのに比べて、女性の方が、より多様な事象が複雑に絡み合って喚起されることが分かっている。つまり男はセクシーな女性を見ただけで下半身が熱くなるが、女性は様々な要因が加わらないとエロを感じない。だが私はつまるところ、根本は次の一点に集約されるのではないかと仮説を立てているのだよ。それは自分への置き換えなんだよ! つまり、自分がそうされることへの内心に秘められた欲求が、エロを生み出すに違いないと思うんだよ!」
「博士がたまに言うアカデミックな言葉が、いつも私の頭を混乱させます」
「……混乱……白鳥君、素晴らしい、素晴らしいよ! やはり君は私の最高の伴侶だ!」
「いつの間に伴侶になっているんですか!」
「伴侶とはベストパートーナーという意味だよ。君は何を想像しているのだ」
「……もう、いいです」
「君のその押され弱いところがまたいいよ。そこにもエロを生む種があるのだが、その話をすると別な話になるので話を戻そう。君が言った混乱という言葉、不自然さ、釈然としない、つまりは違和感だ。人間は違和感を感じると交感神経が刺激され、体全体が緊張モードになる。あらゆることに敏感になり、より想像力がたくましくなる。サバンナのガゼルを見たまえ、ちょっとした物音で首をあげて、注意深く周りを見渡す。ガゼルは想像するのだよ、もしかしたらチーターが近くにいて、私を食べちゃうかもしれない、どうしよう、私初めてなのに押し倒されて、あんなことされたら。どんなチーターかしら、私の初めての相手は、とね」
「ガゼルはそんなこと思わないと思いますけど……」
「……いや、白鳥君、やはり私の言うことが正しかったようだよ。君はガゼルのように狙われている!」
「えっ!!!」