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【泣ける感動小説】『42.195㎞』(十一)

 俺は、ずっと走り続けていた。
 体中が悲鳴をあげていた。一歩進むたびに足に激痛が走った。体中から汗が吹き出し、もはや全身びしょ濡れだった。俺は汗をたらし、鼻水をたらし、よだれを垂らし、涙を流して走っていた。
 はああ、はああ、と死にそうな声を出しながら、ぶつくさと何かをしゃべりながら、俺は走り続けていた。

 

 はああ……はああ……ちくしょう、苦しいよ……はああ、はああ……なんでだよ……はああ、はああ……なんで、こんなに苦しんだよ……はああ、はあああ、はああ……まだかよ……はああ、はああ……なんで、こんな長いんだよ……はああ、はああ、はあああ……長すぎるだろ……

 

 走っているのか、歩いているのか、それとも、ただ、ふらふらとよろめいているだけなのか、だけど俺の足は前に向かって進んでいた。

 

 はああ、はああ……いったい、いつ終わるんだよ……はああ、はああ……どこまで行けばいいんだよ……はああ、はああ、はあああ……なんで、みんなしてこんな苦しいことやってんだよ……はああ、はああ、はああ……どいつもこいつもさ……はああ、はあああ……必死こいてさ……はああ、はああああ……だけどさ……はああ、はあああ、はああ……俺だってさ……はああ、はああ、はあああ……負けたくねえ……はああ、はああ……俺、まだ負けたくねえよ……はああ、はああ、はあああ……まけてくねえんだよ……はああ、はああ……ちくしょ……はああ、はああ……つれえよ……はああ、はあああ……ほんとにつれえよ……はああ、はあああ


 沿道にはたくさんの人だかりがいた。
 その人だかりの前を、必死な形相で走っていた。
 その時、思ってもみなかった声が聞こえてきた。

「頑張れ!」
「頑張って!」
「まだ、いける! まだいけるぞ!」

 沿道の人たちが、俺に声援を送ってくれた。大会スタッフが大声を出して応援してくれた。少年が沿道を一緒に走りながら頑張れって叫んでいた。
 誰かが、叫んだ。
「あと、5キロだぞ!」

 

 はああ、はああ、はああっ……あどごきろもあんのかよ……はああ、はああ……あのかどまがっだらおわりじゃねえのがよ……はああ、はああ……もうつれえよ……あしがうごがね……はあああ、はあああ……くるしいよ……はああ、はああ……いでえよ……いでえよ……いでんだよ!……はあああ、はああ……あのかどまで……あのかどまでだ……はあああ、はあああ、はああ……しにそうだ……はああ、はあああ……しんじまうぞ……はあああ、はああ……おやじ……はあああ、はああ……おふくろ……はああ、はあああ、はああっ……こんなとごでしねっがよ!……はあああ、はああ、はああ……やっどかどだ……やっどついだ……はああ、はあああ、はあああ……なんだよ……はああ、はああ……まだ、さぎがあるじゃねえが……はああ、はああ、はあああ……ちぐしょ……はあああ、はああ……まがでぐねえよ……はああ、はああ……まげでくねえんだよ……はあああ……つぎのかどまでいげば……はああ、はああ……そごまでいげば……はああ、はああ、はあああ……かえてえんだよ……はあああ、はあああ、はあああ……ちぐしょう……かえてえんだよ!

 

 何度も角を曲がった。そこの角まで、そこの角までと言いながら、角を目指してしゃにむに走り続けた。だが、角を曲がってもやっぱり目の前には同じような道が続いていて、遠い先に別な角が見えた。それを見るたびに諦めかけた、だけど、もし次の角まで行けば、何か違う眺めが待っているかもしれない、何か違う世界があるのかもしれない。そう信じて、俺はがむしゃらに走り続けた。

 残り3キロを過ぎたところだった。既に市街地に入っており、沿道では多くの市民が旗を振っていた。俺は、その中を死に物狂いで走っていた。次の角までは、あと100メートルくらいだった。俺は走っているのか歩いているのかすら、もはや分からなかった。ただ、ひたすら前に進んでいた。

 突然、足がよろめいた。ちょっとした道路のくぼみに足を取られただけだったが、俺の足はもはやバランスを取れるような状態ではなかった。俺は、そのまま道路にぶっ倒れた
 沿道の人が悲鳴のような声をあげた。スタッフが走ってきて、俺の傍にしゃがみこんだ。
「大丈夫ですか、走れますか」
 俺はスタッフの声を聞きながら足を触った。俺の足は既に感覚がなかった。体を動かすことすら辛かった、体中の細胞がぶっこわれそうだった。汗がだらだらと垂れて、アスファルトを濡らした。ぜんそく患者のようなひきつった呼吸を何度も繰り返した。
「無理はしないでください。今救護車呼びますから」
 スタッフがそう言って、俺を抱き起そうとした瞬間、俺は叫んでいた。

「おれにさわるな!――おれ、まだはしれる――まだ、はしれるんだ!」

 俺は地面を手で支えながら、足をつっかえ棒のようにして、なんとか立ち上がった。そして、先にある角を睨みつけて、ふたたび進みだした。


 ……足が鉛のようだ、もう、曲げることすらできない……だけど、もう少し……あの角のとこまで……もう少しなんだ……あの角を曲がれば違う世界が見えるかもしれないんだ……あの角を曲がれば何かが変わるかもしれないんだ……俺だって、いってみたいんだよ……どんな景色があるのかみたいんだよ……でも、そこに行かなかったら、なんにも分からないじゃないか……あと、少しなんだ、あと少し……

 

 たくさんの人たちが頑張れ、頑張れと叫んでくれていた、俺なんかのために必死になって旗をふってくれていた。

 

 ……始めてなんだ、こんな風に自分の限界まで頑張るの始めてなんだ……俺だって、一回くらい、自分の限界まで頑張ってみたいんだよ……そっか、そうなんだ、あいつらも、みんなそうだったんだ……みんな自分の先だけを見つめて走ってたんだな……みんな、自分の限界の先にある、何かを求めて走ってたんだな……なあ、俺ってまだ終わりじゃないよな……走ってる限り、終わりじゃないんだろ……もうちょっと……あと、もうちょっとだけ走りたいんだ……ただ、それだけなんだ……

 俺は足を引きずりながら、のろのろと、しかし着実に前に進んでいた。そして、俺はとうとうその角にたどり着いた。

 

沿道からの応援

 

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