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【小学生でも読める小説】『絶対に入っちゃいけない蔵』

 毎年、夏休みのこの時期になると、僕は田舎のじいちゃんの家に行く。
 じいちゃんの家は、昔は庄屋さんだったらしく、古いけど家は大きいし部屋がたくさんあって、かくれんぼには困らないし、庭も広いし、おにごっこもできる、家の裏は川が流れてて、じいちゃんに釣りも教えてもらえる。

 そんなすごいじいちゃんちなんだけど、実は、じいちゃんちには秘密があるんだ。絶対に入っちゃいけない蔵があるんだ。

 その蔵は三つあるうちの一番小さな蔵で、家のひとはこぐらと呼んでる。
 この蔵は普段はじいちゃんしか入れないが、お盆の時だけは、二十歳を過ぎた大人だけが入るのを許されて、ぞろぞろと蔵の中に入って行く。その間、子供は外で遊んでろと言われるんだけど、僕は去年、みんなが蔵の中に入っていくのを草むらからのぞき見していたんだ。そしたら、十分ほどして、また、ぞろぞろとみんな蔵から出てきた。僕は、その中に、ちょうど二十歳になったばかりの従兄のにいちゃんが出てきたのを見つけた。だから、あとで、にいちゃんのところに、蔵の中に何があったのか聞きにいったんだ。でも、いつもは陽気なにいちゃんが、口数も少なく、いつかお前もわかると言って、そのままどっかへ行ってしまった。
 だから僕は、今年は絶対にその中を確かめてやると心に決めて、じいちゃんちに来たんだ。

 じいちゃんちに来て三日目、僕は、絶好の機会に巡り合った。
 僕は田舎にいくと普段より早くに目が覚める。その日も、目が覚めて起きようかなと思っていたら、ちょうど渡り廊下をミシミシと歩く音が聞こえてきた。
 僕は音を出さないように障子のそばに行くと、指に唾をつけて障子に穴をあけ、外を覗いてみた。
 すると、じいちゃんが、ちょうど中庭にある小蔵に入ろうとしているところだった。そのままじっと覗いていると、五分もしないうちに再びじいちゃんが蔵から出てきた。懐から大きな金属の鍵を出して錠前を締めると、開かないことを確認して、また、こっちに戻ってきた。

 僕は布団に入ってじっとして聞き耳を立てていたが、じいちゃんは一度自分の部屋に戻ったみたいだけど、渡り廊下をミシミシと歩いて、今度は居間の方に行ってしまったようだった。

 僕はこっそりと障子を開けて部屋を抜け出し、抜き足差し足、廊下を渡り、じいちゃんの部屋を覗いてみた。すると、じいちゃんの机の上に、あの蔵の鍵が置いてあった。
 僕はそおっと部屋に入ると、鍵を手に取り、そのまま部屋を抜け出した。そして、誰にも気づかれないように小蔵の前に来ると、急いで錠前に鍵を差し込んだ。すると、錠前がガチャっと開いた。僕は、すかさず錠前を外して、音を立てないように扉を開けた。そして、半分ほど開けて自分の体を滑り込ませると、再び扉をピタッと閉めた。

 蔵の中は、光がどこからか入っているらしく真っ暗でもなかった。
 僕は恐る恐る中を見回したが、大きな壺や箱が棚に置いてあるだけで、特に不思議なものは見当たらなかった。僕は、慎重に辺りを探りながら奥の方に進んでいった。そしたら、壁棚の脇に上にあがる階段が隠れていた。
 階段は急で、上を見ると真っ暗だった。だけど、僕は覚悟を決めて階段を登り始めた。

 階段の上まで登ると、僕はどきどきしながら二階に顔を出した。
 真っ暗で何も見えなかったが、でも、なんとなく手触りで、そこに畳が敷かれていることが分かった。
 僕は階段を登り切ると、畳の上に上がった。

 電気のスイッチはないかと手探りしていたら、ちょうど階段を上がったすぐのところにスイッチを見つけた。僕はパチッとそれを押した。すると、電球がついて、部屋の中がオレンジ色に染まった。

    僕は一歩も動けなかった。
 だって、僕の目の前に甲冑を来た侍が座っていたんだ。それだけじゃない、その脇には、真っ白な着物がかけてあるし、そうかと思うと、髭を生やした老人の肖像画があって、その人は僕をじっと見つめていた。
 僕は、ガクガクとして声も出せずにいたが、頭を小さく左に振った。すると、壁棚には古い着物を着た人形や外国の服を着た人形がたくさん並べられていた。今度は、頭を右に振った。そちらには壁一面に古い写真がベタベタベタベタ貼られていた。
 その時だった。目の前の侍がカタカタと音を立てて動き始めた。侍だけじゃない、部屋中のものが、一斉に動き出して、僕を襲ってきたんだ――


 ――目を開けると、天井が見えた。
 そしたら、ママの顔が見えた。次に、じいちゃんの顔が見えた。
「気が付いたみたい」ママが言った。
「まず、良がったな」じいちゃんが言った。
 僕はママの姿を見ると、じわっと涙が出てきた。そして、そのまま飛び起きると、ママに抱きついて泣き出した。
「怖かったよ、怖かったよ」僕は、何度も何度もそれだけ繰り返して、ずっと泣き続けた。

 ようやく、僕が泣き止むと、ママは僕に話し始めた。
「あそこはね。この家の家宝だとかご先祖様の大事なものをしまっておく部屋なのよ。うちのご先祖様は、お侍さんだったんだって。だから、そのときの鎧兜が大事にしまわれているのよ。ほかにも、亡くなったおばあちゃんが大事にしていた着物や、ひいじいちゃんの肖像画とか、早くに死んでしまったママのお姉さんが大事にしていた人形なんかも大事にしまってあるのよ」
「でも、でも、あの侍動いたんだよ!」僕は震えながら言った。
「さっきちょうど地震があってね。だから本当に心配したのよ、あなたの姿が見えないんだから――だめでしょう、一人であんなところに入るなんて」そう言って、ママは僕を睨んだ。

「まあ、ええわい」じいちゃんがママをなだめるように言うと、僕の方を見た。
「ええか、あそこは立派な大人になったもんが、自分のご先祖としっかり向き合うための場所なんじゃ。子供が遊び半分に入っていい場所じゃないんじゃ。こら、分かったか」おじいちゃんは、そういって、僕を睨みつけた。

 僕は、うんうんと頭を何回も下げた。
 それを見ていたじいちゃんは、にこっと笑うと、
「しかし、あそこに入ったからには、小学生とは言え、ちゃんと拝んできた方がええの」と言った。僕は、じいちゃんの言葉を聞いて、震えあがった、
「いやだよ、いやだよ、あんなところ、二度と入りたくないよ」

 じいちゃんは、駄々をこねる僕に向かってキツイ顔をして、こう言った。
「ちゃんと拝まんと、ご先祖さんの霊がお前の体にくっついて東京までついていくことになるぞ!」
 僕はそれを聞くと、そっちの方が怖くなって、結局、嫌々だったけど、もう一度、あの蔵に入って拝むことになった。
 僕は蔵の中では怖くてママにべったりとくっついたきりで、じいちゃんがこれでええと言うまで、ママの膝の上にちょこんと座って、震えながら目も開けずにずっと手を合わせていた。


 あれから、十年が経った。
 僕も今年で成人を迎える。僕の田舎では、お盆に成人式が行われるので、お盆に帰省したらそれに出ることになっている。
 だけど、僕は成人式よりももっと楽しみなことがある。
 それは、僕も初めて、大人として、あの蔵に入って、ご先祖様に手を合わせることができるってことだ。
 十年前はただ震えていただけだったけど、今なら、きちんとご先祖様に手を合わせることができる気がするんだ。

 

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