「ねえ楓、今度清龍寺に来た住職さんって、すごいイケメンなんでしょう」
びっくりして顔をあげると机の前に同級生の優香が目を輝かせて立っていた。
「えっ……なんでそんなこと知ってるの?」楓が少しうろたえ気味に答えると、優香がさらに身を乗り出してきた。
「やっぱりイケメンなんだ! なんで私に黙ってたのよ。さては、狙ってるんでしょう」
「えっ、そ、そんなんじゃないよ。優香に話す機会がなかっただけだよ」
「じゃなんで、そんなに慌ててんのよ」
「だって、優香がいきなり変なこと言うからだよ――ところで、どこからそんな話聞いてきたの」楓は話を切り替えるように優香に聞いた。
「そりゃ、知ってるわよ。うちのお父さんもこの前の晋山式に出席してたんだから。うちのお父さん、上機嫌で帰ってきて、いい住職が来た、いい住職が来たって、家に帰ってきても散々言うから、どんな人って聞いたら、酒は強いし、年の割に礼儀もしっかりしているし、それになかなかの男前だなんて言うんだもん」
そっか、確かに優香のお父さんもあの場にいたっけ。楓は優香の父になんども酒のお代わりを頼まれて、終いには三蔵の酌をしてやってくれと言われたのを思い出した。
「ねえ、どんな人? 楓はもう何回か会ってるんでしょう?」優香が興味津々と言った感じで聞いてきた。
「えっ、まあ……変な奴だよ……」
「でも、イケメンなんでしょう?」
そう言われて、楓は三蔵の顔を思い浮かべたが、そのうちにその三蔵にブラジャー姿を見られたことを思い出した。楓の顔がみるみる真っ赤になっていった。
「あんた、何、顔真っ赤にしてんのよ! さてはもう、なんかあったんでしょう! こらっ、話せ、楓!」
「待って待って、誤解だって、ほんとなんにもないって」楓は慌てて手を振った。
疑い深そうに楓を睨んでいた優香だったが急に態度を変えて、「じゃあ今日、お寺に連れてってよ。それでうまく私を紹介して」そう言って、手を合わせた。
「ええっ!」
「ねえ、お願い!」
「……だってほら、あいつ僧侶だよ……しかも、一人暮らしだし……」そうは言ったものの楓自身一人で寺に行き来しているので、自分で言っておきながらどうにも歯切れが悪い。
「大丈夫だって、かわいい女の子が行ったら絶対喜ぶって」逆に優香は自信満々で言った。
「そういう問題?」
「いいからいいから――じゃ、約束ね」
「ちょっと待って待って、分かった分かった。だけど日が暮れてからだと、ほらあれでしょう。だから学校終わったらすぐに行こう」
「楓、まだ幽霊が出るとか信じてんの? そんなの嘘に決まってるじゃん。だいたいお坊さんがきたんだから、そんなのいなくなっちゃうに決まってるって」
優香の言葉を思いっきり否定したいのだが、説明しても信じてもらえるとは思わず、
「とにかく、日が暮れた後は絶対嫌なの。夜行くんだったら、わたし行かないよ」と怒ったふりをした。
「じゃ学校終わったらすぐね。でもちゃんと着替えて、お化粧もしたいから、一度うちに帰ってからね」
「ええっ、化粧なんてするの!」
「あたりまえじゃない、絶対、振り向かせてやるんだから」
楓は意気込んで語る優香を呆れてみていたが、反面、化粧ポーチをどこに置いたかと気になっている自分がいた。結局、学校が終わったら二人とも家に帰って、楓の家に優香が立ち寄ることになった。
楓は家に駆け戻ると部屋に閉じこもって、化粧ポーチから化粧品を取り出し始めた。楓はこれまであまり化粧っぽい化粧はしたことがなかったが、なんだか優香のことが妙に気になって、ほとんどつけたことがないピンク色のチークとグロスが入ったリップをつけた。鏡を見ると、なんだか自分じゃないような気がしたが、想像してた以上に可愛いく見えて、少しうれしくなった。
「おおい! 優香ちゃんが来たぞ!」大吾の大きい声が玄関の方から聞こえてきた。
「分かった!」
楓は最後にもう一度だけ鏡を見てうんと頷くと、大急ぎで片づけて部屋を出た。外に出ると優香が待っていたが、その姿を見た途端、楓はぽかんと口を開けた。そこには高校生らしからぬ濃い化粧をして、超ミニのスカートと胸の谷間が丸見えのタンクトップ一枚を着こんだ優香が立っていた。
まだ日も高く、秋の木漏れ日がきらきらと光っていたが、そんな中、楓と優香は青龍寺に向かう参道を歩いていた。
「ちょっと、露出しすぎじゃないの」楓が隣を歩いている優香に言った。
「男を落とすときは第一印象が肝心なの、そこで一気に男の心を鷲掴みにしちゃわないとだめなんだから。分かってないなあ、楓は」
それを聞いた楓は優香が学校一の男子キラーだったことを今更のように思い出した。優香が付き合った男は数知れず、みんな優香の色香に騙されて付き合い始めたのはいいけれど、最後はこっぴどくフラれて、立ち直れないほど落ち込む男たちを何人も見てきた。でもこれまでは優香の武勇伝をはいはいと他人事のように聞いているだけだったが、なんだか今日は隣の優香の服装や化粧が妙に気になる楓だった。
優香のやつ、あんな胸でかかったっけ。もう、絶対寄せてるにきまってる。でもあんなの見せつけられたら、あいつ目の色変えて涎たらすかも。そんなことを思いながら楓は自分のちょっとだけ膨らんだ胸を見つめてため息をついた。
あと少しで頂上というところで、突然、草むらの中で動く音がした。びくっとした楓は思わず優香に抱きついた。
「ちょっとどうしたのよ、楓。なにそんなに怖がってんのよ――ほら、ただの猫じゃない」
優香はそう言うと、草むらを指さして笑った。楓が恐る恐る覗くと、猫が草むらから顔を出して、みゃあおと鳴いていた。
「肝試しの時、こんな感じで抱きつけば楓にも男ができたかもしれないのにね」
「わたしは、あんたとは違うの!」びしっとそう言うと、楓は猫の傍にしゃがんで優しく背中を撫でた。すると猫は嬉しそうにみゃあお、みゃあおと喉を鳴らした。優香も傍に寄ってきて、一緒に背中を撫でた。
「――そういえば、うちのタマ、死んじゃったんだよね」優香がポツリと言った。
優香が猫好きなことを知っている楓は、さっきまでの反感もどこかに忘れて、「しょうがないよ。タマはもうおばあちゃんだったんだし、幸せだったと思うよ」と優香を慰めた。
優香はうんと小さく頷くと、「この猫、捨て猫かな? 可愛いよね」と喉元をこちょこちょとくすぐった。すると猫は気持ちよさそうに優香の傍に近寄ってきて、優香の股の間にちょこんと座った。
「ほらこの猫、私に気があるみたいだよ。どうしよっかな、うちで飼ってあげようかな」優香が悩ましそうに言った。しばらく悩んだ末、結局、家で飼うことを決めた優香だったが、このままここへ残しておくこともできないため、猫も青龍寺に連れていくことになった。