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【聖書世界をモチーフにしたダークファンタジー小説】『リバイアサン』

 

はじめに

 この作品は、カクヨムで書いた長編の中で、最も多くの星(★)をいただいた作品で、聖書世界をテーマにし、神とは何かを問うダークファンタジーとなっています。ミステリーの要素も幾分混ざってますので、あまり肩肘張らずにお読みいただければと思います。

 かなりの大長編で、実はまだ完結していない作品です。なので、第一部までの分を連載形式で毎日投稿していきたいと思います。

 

本編

プロローグ

 この物語を始めるにあたって、どこから語り始めればいいのか思い悩む。始まりを探そうと思えば切りがない。もしかすると、歴史を全て語らねばならないことにもなりかねない。それではあまりにも冗長になるだろうし、読者の興趣をそぐことにもなるだろう。

 だから、あの事件のことから話そうと思う。確かにあの事件から急速に歴史は動き出した。歴史が動くときには、必ず始まりとなるようなエポック的な事件があるものだ。だが、いつの時代もそうであるように、同時代の人はその事件の重要性に思い至らず、いつの間にか忘れ去ってしまう。しかしあとから考えれば、あれが歴史の発端だったと気づかされる。この物語は確かにあの事件から始まった。

 

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第一章

(一)リュウという名の少年

 白い雲が流れていた。

 リュウは屋上に突き出した階段室の上で寝そべりながら、流れる雲をぼんやりとながめていた。くだらない授業など受けるつもりはなかった。かと言って、子どもたちが泣きわめく孤児院に戻るつもりもなかった。とにかく早くこの狭苦しい街から出たい。あの白い雲のように誰にも束縛されることなく自由に世界を歩きたい。雲を見ながら、そんなことばかり思っていた。

 太陽が東の空から中天に登り、そして今度は西の空に傾きかけたころ、突然下から話声が聞こえてきた。どうやら誰かが屋上に上がってきたらしい。

「――そうか、それじゃお前も大変だな。親父は酒であたって半身不随、母親は他に男を作って出ていったんじゃな」

 

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(二)マナハイムの夜

 リュウが住むマナハイムの街は人口三万人程度だが、国境近くにあるため隣国と交易するものたちの往来が盛んで街は大いに栄えていた。旅人が多いこうした交易都市で酒場や娼館が賑わうのは歴史の常であるのかもしれない。アルコール臭が混じったごみ溜めのような匂いを充満させたマナハイムの繁華街は毎夜毎夜、たまの憩いを酒で紛らわすものたちや、溜まりに溜まった性欲を満たそうとする男たちでいつも賑わっていた。

 そんな笑い声や怒鳴り声が飛び交うマナハイムの繁華街をリュウはいつものように黙りこくって歩いていた。旅の客を自分の店に誘い入れようとするけばけばしい化粧をした女たちがそこかしこに立っていたが、歩いてきたのがリュウだと知ると皆こそこそと話をしながらそっぽを向けた。だがリュウはそんなことは歯牙にもかけず、繁華街の外れにある古びた酒場の戸を開いた。

 

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(三)孤児院

 リュウが住む孤児院は国教会が運営している身寄りのない子どもや乳飲み子を抱えた寡婦を住まわせる施設であった。そう言えば聞こえはいいが、住んでるものにとってみればなんのことはない、浮浪者のたまり場のごとき施設で、個室などあるわけもなく、大きな広間の中で各々がわずかばかりのスペースを確保し、支給された薄い毛布一枚にくるまり、毎夜毎夜、寒さに震えながら夜を耐えているのだった。赤子がミルク欲しさに泣きわめこうものなら、至る所から「うれせえ!」、「静かにしろ!」とヤジが飛び、母親は赤子を担いで急いで外に出なければならなかった。ある意味、母親付きでここにいられる赤子は、ここに住む大半の子どもらに取ってみれば、嫉妬の対象以外のなにものでもなかった。ほとんどの子供が親を亡くし、親に捨てられ、親に虐待されてきたものたちだった。親の愛など感じたこともなく、人の善意など理解すらできないものたちであった。何かあればすぐに喧嘩。強いものが弱いものを脅し、恫喝する。結局、子どもたちは地獄を抜けてきたと思ったら、今度は修羅の世界で生き延びなければならなかった。

 施設の者はというと、日に三度の食事を与えることしか自分の職務と思っていないらしく、その他のことには一切干渉しなかった。一応、施設長と呼ばれる司祭がいたが、朝の朝礼の時に空疎な挨拶を長々としゃべるしか能のない男で、ここに住む子どもたちにとってみれば侮蔑の対象でしかなかった。

 

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(四)自由への歩み

 リュウは丘の上に立つとマナハイムの街を振り返った。月明かりに照らされて教会の尖塔が見えた。その隣にはリュウがいた孤児院があった。思い出とよべるようなものはなかったが、それでも何年かの時を過ごした場所には違いなかった。

 リュウには家族がいなかった。いや、家族の記憶がなかった。ある時、自分が孤児院で過ごしていることを不意に悟った。だが自分がどんな経緯でここにいるのか知りたいとも思わなかった。なぜなら、ここに住む子どもたちは誰一人として過去を語るものがいなかったからだった。誰もが心に闇を抱えていた。そういう子ども同士が一つ屋根の下に押し込まれればどんなことになるか。

 

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第二章

(五)預言者の死

 首都ウルクの外れにある森の中の質素な一軒家に多くの人が詰めかけていた。
 国王の側近、大司教、騎士団の総長、他にも商人組合の長や石職人の代表ら、各界の主だった顔が大勢集まっていた。重責を担い、国を支えるものたちが、かくも多くこんな辺鄙な場所に集まっているのには理由があった。今日、預言者エトが最後の預言を与えると連絡があったからであった。

 預言者エトは神の言葉を聞くことのできる唯一の人間であった。神は常にエトを通じて御言葉を伝え、その御心を世界に伝えてきた。ところがこの十年というものエトは黙したまま語らず、じっと家に引きこもり、国王や教会からの招請があっても、ついぞ家を出ることはなかった。そのエトが齢百を超えて己の死期を悟ったのか、最後に神の言葉を告げたいと言い出したのだった。

 

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(六)聖騎士レインハルト

「レインハルト! 紅茶が冷めちゃうよ!」

 台所の方からリオラの声が聞こえたが、レインハルトは返事をするのを忘れるほど目の前の手紙に目を奪われていた。レインハルトが読んでいるのは預言者エトからの手紙であった。エトが世を去ったことはもちろん知っていた。そして、その恐るべき預言のことも。レインハルトはここしばらくの間、そのことでずっと心を痛めていたが、ようやく待ちに待った手紙が届いたのであった。

 レインハルトは聖騎士であった。聖騎士とは神が必要に応じて、この世に遣わす戦士であった。神は預言者の口を通して聖騎士を選び、その任を与えるのであった。聖騎士はあらゆることを免れていた。国王ですら聖騎士を従わせることはできなかった。なぜなら聖騎士は預言者の言葉によって神の業をなすためだけに存在するものであるからであった。

 

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(七)追剥と商人

 リュウはマナハイムを飛び出した夜からいっときも休むこともなく、ひたすら道を急いでいた。どこに行くあてもなかったがマナハイムの近くに留まっているのは危険であることは分かり切っていた。

 騒がしい表街道は避けて裏道を歩いていたが、それでも至る所に関所ができているため大きく迂回せざるをえず、なかなか先に進むことができなかった。しかしその警備の物々しさには妙な違和感を覚えた。最初は自分が犯した殺人のせいかと思ったが、それにしては大げさすぎるほど早馬が何度も走ったり、騎馬隊や兵士の群れがときおり駆けて行った。結局、リュウは昼間は動くのをやめて、夜間のみ移動することにしたのだった。

 

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(八)狂気

 冷たい風が吹いていた。暗い雲が空全体を覆っていて、とにかく昏かった。草木一本はえていない荒涼たる大地が見果たす限り続いていた。空腹だった。なんでもいい、食べるものが欲しかった。それに寒かった。凍えるように寒かった。自分がなぜこんなところを歩いているのか分からなかった。いったい自分がどこから来たのか、どこに行こうとするのか……何も分からなかった。ただひたすら歩いていた。

 どこからか泣き声が聞こえていた。遠くの方……いや、誰かが近くで泣いている……誰かいるのか、自分のほかに誰かいるのか。誰でもいい、こんなところに一人でいたくない。誰でもいい、自分と一緒にいてほしい。どこにいるんだ。どこで泣いているんだ……どこにもいないじゃないか。誰が泣いているんだ。どこで泣いているんだ……もしかして、泣いているのは自分なのか……

 

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(九)豚の群れ

 同じように怒り狂っている男がいた。せっかく楽しみにしていた余興を台無しにされ、民衆の前で豚呼ばわりされた署長だった。署長はぷるぷると震えながら、物凄い形相でリュウの前に近づいてきた。

「――神など、どうだっていんだよ! てめえは俺に這いつくばらねえといけねえんだよ!」

 そう言うと、署長は思いっきりリュウの顔面を殴った。何度も何度も殴った。前歯が折れた。鼻梁が折れた。残った左目からも光が消えた。それは拳による虐殺だった。

 相変らず周囲は静まり返って、誰一人声を出すものはいなかった。みな署長の怒りが自分に及ぶの恐れて、見るに堪えぬ光景をひたすら我慢して見続けていた。

 

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(十)神意

「やめろ!」

 静まり返っていた広場に、堂々たる声が響いた。その声は戦場で万の兵を叱咤する将軍の命のように、その場にいた全てのものの腹に響き渡った。さしもの署長の耳にもその声は届いたと見えて、顔をあげてきょろきょろと声の主を探した。すると一人の剣士が群集の間から現れた。それを見た群衆がひそひそと話し始めた。そしてその声はだんだんと大きくなっていった。

「あの男、もしや聖騎士レインハルト様じゃないか」

「そうだ、あの方のお姿を一度お見かけしたことがある」

「ああ、あの胸当てに刻まれたエンブレムを見ろ。百合の紋章だ、聖騎士の紋章だ!」

 

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第三章

(十一)医師ルーク

 レインハルトはリュウが運び込まれた医者の家にいた。リュウはベッドの上に寝かされていたが、切り裂かれた腹は既に糸できちんと縫合されていた。リュウの傍にはリオラがいて、リュウの手を握り必死に祈っていた。

「どうだ。この男、助かるであろうか?」

 レインハルトは、手術をやり遂げて脱力したように椅子に座っていた医師に声を掛けた。医師はレインハルトの顔を見ると、答えにくそうに小さくつぶやいた。

「……だいぶ出血しております。内臓もだいぶ損傷しているようです。後は彼の生命力次第です。生きたいと願う力があれば、戻ってくるでしょう」

 

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(十二)ジュダという男

 この時代、敵の侵攻に備えるために国境都市は堅固な城壁に囲まれており、城の中央にその都市の最も重要な施設が集まっているのが普通で、マナハイムも同様の造りとなっていた。レインハルトは教会の尖塔が見える街の中央に向かって歩いていた。すると、そちらの方から兵士の一団が向かってくるのが見えた。一団はレインハルトの姿を見ると、急に走り出してきて、その周りを取り囲んだ。剣は構えてはいなかったが、明らかにレインハルトを連行するよう命令されていると見えて、どの兵士の顔にも緊張の色が見えていた。その中から隊長と思われる兵士がレインハルトの前に進み出て、硬い表情で言った。

「聖騎士レインハルトですか」

「いかにも、私がレインハルトだ」

 

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(十三)ジュダという男 2

 ジュダはレインハルトが部屋を出ていくと、にやりと笑った。その顔は神の名を口にして祈りを捧げたさきほどまでの真摯な顔とはまるで違っていた。その表情には傲慢で邪悪な笑みが宿っていた。ジュダは机にあった呼び鈴を鳴らした。すると数秒もせぬうちに執事のアモンが別な扉から現れた。アモンは目の前の美しい主人に腰をかがめると甘ったるい声で尋ねた。

「いかがでございました。あのレインハルトという男は」

 ジュダは優雅にソファーに腰を掛けると、くくと笑いをこらえきれぬように言った。

 

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(十四)リュウの過去

 一人で荒野を歩いていた。
 自分以外誰もいない荒野。
 いつも夢に見る孤独な世界。
 また、誰かの泣き声が聞こえていた。
 どこか遠くから聞こえてくるようでもあり、すぐ近くで泣いているようでもあった。
 ひどく体が重かった。
 足は鉛のように重く、一歩動かすことさえ苦しかった。
 だが歩き続けた。どこに行こうとしているのかも分からないが、とにかく歩き続けた。
 前に進みたいのか……いや、もしかすると、何かから逃げているのかもしれない。
 だがいったい、何から逃げているのだろう。もしかして、その泣き声の主から逃げているのだろうか。
 分からない。
 分からない。
 リュウの魂はいまだ冥府の中にあった。
 リュウの魂はいまだ行き先を決めかねていた。

 レインハルトが辿り着いたのは、リュウが育った孤児院だった。ルークのいうとおり、孤児院とは名ばかりで貧民窟のような汚らしい建物だった。建物の前ではみすぼらしい格好の子供が三人、しゃがんで石ころで遊んでいた。レインハルトはその輪にはまるように腰を屈めた。子供たちはいきなり輪に入ってきたレインハルトを興味深げに眺めていたが、意外にも子どもたちの顔には卑屈さはなく、目は澄んで光があった。

 

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(十五)エトの手紙

『そなたがこの手紙を見るとき、すでに、わたしの死とわたしが残した言葉が、風のようにそなたの耳にも入っていることだろう。

 レインハルトよ、私の死も、私の言葉も真実である。
 神は、私たちにいつも優しい眼差しを向けられ、温かい手を差し伸べてこられた。だが、私たちはいつもそれに甘え、それを当り前だと勘違いし、神の大いなる御意思によって、この世界が作られているのだということを忘れ果ててしまっている。よく考えてみれば、この世界がどれほど神の慈愛に満ちているか分かりきっているではないか。太陽が輝き、月が照らし、風が吹き、川が流れ、大地が実りをもたらす。神はあらゆる生き物にも意味を与えられ、あらゆる命が複雑に絡み合い、互いに支え合って生きている。それだけでも神の知恵と愛がどれほどのものであるか分かろうというものだ。

 

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(十六)暗闇の中で

 歩いていた。ひたすら歩いていた。
 ずっと聞こえていた泣き声はいつの間にか消えていた。
 その代わりに、はるか先の方に誰かが歩いているのが見えた。
 重い脚を引きずりながら、その背中を追った。
 見覚えのある背中だった。
 ローブを羽織って、少し腰が曲がって杖を突いていた。

 必死になって重い足を動かし、その背中に追いつこうとするのだが、その距離は縮まるどころか離れていくばかりであった。
 思わず叫んでいた。
 待てよ……待ってくれ! エト、俺を置いてかないでくれ!
 そうだエトだ、あれはエトだ。
 俺に言葉と歴史を教えてくれた。
 温かいスープと心地よい寝床を与えてくれた。
 初めて人の優しさを教えてくれた。笑い方を教えてくれた。 

 

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第四章

(十七)聖堂会

 リュウは順調に回復していた。
 ルークはリュウが回復してきたのを見計らって、少しづつリュウの身に起こったことを話していった。だがリュウはルークの話をまるでおとぎ話のように聞いていた。だいたい、神が神意を示されて、あの署長が豚に喰われて死んだなどと言われても、リュウには全く実感がわかなった。しかも聖騎士レインハルトが君を救ったのだとルークは熱っぽく語るが、肝心のレインハルトはどこに行ったのか、目覚めの時以来、リュウの前に姿を現さなかった。つまりリュウが信じられるのは、ルークと言う人の好さそうな医者の家で自分が寝ていることと、リオラと言う少女が自分の看護をしていることだけだった。

 そのリオラは、いつ寝ているのかリュウが訝しがるほどに、ずっとリュウのベッドの脇にいて、身の回りの世話をしていた。と言ってもリオラは必要以上のことは何もしゃべらなかった。時折、本を読んだり、窓からマハナイムの街を眺めたりはしたが、それ以外は優し気な面持ちでただ黙ってリュウの顔を眺めていた。

 

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(十八)恐怖

 ある朝、リュウが朝食を食べていると、今まで一度も顔を見せなかったレインハルトが突然部屋に入ってきた。レインハルトはリュウが朝食を全て平らげているのを見ると満足げに微笑み、リュウに声を掛けた。

「だいぶ、回復してきたようだな。そろそろ歩く訓練をした方がいいな。だいぶ体が鈍っているだろうからな」

 リュウは部屋に入ってきたときからレインハルトを睨みつけていたが、その言葉を聞いた途端、レインハルトに噛みついた。

「おい、てめえがレインハルトか」

 

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(十九)レインハルトの過去

 リュウはルークの指導のもとに歩行練習を開始していた。相変わらず側にはリオラがいて、リュウを見守っていた。

「だいぶ、歩けるようになったじゃない。この調子なら、あと二週間もすれば、すっかり元気になるね」リオラは嬉しそうに言った。

「なんで、てめえはいっつも俺の側にくっついてんだよ。目障りなんだよ、たまにはどっかにいけよ」リュウは憮然とした様子で言った。

「たまにはって、じゃ、だいたいは一緒にいてほしいんだ」リオラは笑った。

「ふざけんな! そんなわけねえだろ。てめえがいると気が散るんだよ。早くどっかいっちまえよ!」

 

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(二十)彷徨

 この一年という日々は、レインハルトにとってかけがえのない日々だった。生まれて初めて家族のぬくもりを知った。生まれて初めて人から愛された。自分が笑えるということを知った。自分が人の役に立てるということを知った。生きることの喜びを知った。この世界に生きていんだと知った。

 今朝まではこんな生活が一生続くと思っていた。それが一瞬のうちに失われた。自分の魂が一瞬のうちに打ち砕かれた。

 レインハルトは何も考えられなかった。ふらふらと外に出て、そのまま森を彷徨い歩いた。腹も空かなければ、喉も乾かなかった。目はうつろで足取りはおぼつかなかった。それでも、ふらふらと歩き続けた。

 

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(二十一)屈辱

 リュウの体はすっかり回復していた。

「ねえ、少しはゆっくり食べたら」

 リオラはもりもりと朝ご飯を食べるリュウの姿を見て、少し呆れ気味に言った。
 リュウは一気にスープを喉に流し込むと、ようやく満足したようにほっと息をついたが、すぐにリオラの方を向くと命令するように言った。

 

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第五章

(二十二)不審な男たち

 旅立ちの用意が整った。レインハルトとリュウとリオラは別れの挨拶をすべくルークの前に立った。

「ルークよ、お前には大変世話になった。お前は立派な医者だ。これからもお前の手で苦しみに喘ぐ人の苦痛を少しでも和らげてやって欲しい」

 レインハルトが感謝の念を湛えながら言った。

「聖騎士レインハルトよ。あなたは私に光を与えてくれました。あなたの言葉は私にとって、神の言葉と同じです。あなたのおっしゃるとおり、私は自分ができることを一生懸命に尽くしていきたいと思います」

 

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(二十三)不審な館

 半刻ほども歩いたろうか。レインハルトの前に古びた建物が見えてきた。三階建てのだいぶ大きい建物でいくつも窓があるのだがどこも真っ暗で一階にあるたった一つの窓からだけ灯りが洩れていた。

 男は建物の正面玄関の前に立つと、どんどんと戸を叩いた。しばらくすると中から足音が聞こえ、のぞき窓が開いた。

「誰だ」低い男の声が聞こえた。

「俺だ……」

 

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読者さまからいただいたコメント

 

ここからは、これをカクヨムで投稿した時にいただいた読者様からのたくさんのレビューやコメントの一部を紹介させていただきます。

 

 誇張ではなく、今まで読んだweb小説の中で一番読みやすい文章、一番読みやすい小説です。私は「完読」が苦手な方で、商業小説の方でも途中でやめることはありますし、いわんやweb小説となると最後まで読めた小説というのはほとんどありません。 でもこの小説は、読み続けることができます。一体なぜこれ程読みやすいのか。わかりませんw むしろ重厚なんです。改行が多いわけでもなく、一人称でもなく、地の文もしっかりしていて、重厚なのです。なのに恐ろしく読みやすい。多分、無駄が一切ないのでしょうね。そして内容ですが、かなりダークです。主人公含めて暴力的な登場人物がたくさん出て来ます。ちょっと次のページを捲るのが怖いような。その意味でホラー小説的な感覚もあります。怖いなあと思いつつも、引き込み力がすごいので次を読んでしまいます。(Nさん)

 

 この『物語』に出逢ってしまったとき、私がまず思ったのは『カクヨム』って凄い!という、ちょっとピントがずれた驚きでした。いや、でもまさか、こんなにも凄い『物語』に出逢えるとは思ってもいなかったので。古典的なスタイルをそのまま引き継いでいるというくらいに、正統的な物語展開。舞台設定や人物像も、古えから続いてきたような伝統的なものを感じます。でも、決して使い古されたような陳腐さはありません。むしろ、脈々と続いてきた『物語』の持つ力に、びしびしと圧倒されてしまいます。もう、とにかく夢中になって読んでしまいます。魅惑的な世界観。魅力的な人物像。壮大なテーマ。これぞ本物の『物語』。もう、ワクワクが止まりません。(Jさん)

 

 面白い。更新したらすぐ読みたくなる。序章のリバイアサンの厳かな雰囲気のまま、ストーリーも恐るべき真実とともに進行していきます。腐りきった世界、そこに現れた変化の兆しは果たして悪魔か、勇者か? 神は世界を見放されたのか? いや、そうではない。リバイアサンが……。話題作を続々と公開し続ける作者様の、渾身の一作。★とコメントが凄まじい速さでついていくところからもリピーターの多さが伺えます。是非、この世界の扉を開けてみてください、リバイアサンと対峙する勇気がおありなら……。(Kさん)

 

 旧約聖書で登場するリバイアサンをテーマにしてます。作者様の小説で『ツァラトゥストラはかくか語りき』という伝説の作品があります。これを読んだとき、「なんてすごい作品なんだ」と思いました。 それに匹敵するのが本作『リバイアサン』です。文体も内容も神々しいです。残酷さも時にはあり、それすら神の如くに感じられます。リュウをはじめとする魅力的なキャラクター。印象的なセリフ。神にまつわる深い考察。今後の展開が楽しみにです!(Sさん)

 

 文字ぎっしりです。でも、そこにはmessageの魂が散りばめられており。あたかも導かれるように、気が付けば最新話まで読み続けることができました。この熱量は、なんなのだろうと考えつつも、容赦のないすっぱりした文体、聖書をベースとした揺るぎない残酷さとしたたかさ、時折顔を出す、ちょっとした人の息遣いや、神への様々な考え方。神はいるのか。しかし、神の士師なる存在が、神はいるのだと訴えて来ます。リバイアサンという謎の言葉、片鱗があるのかと最新話まで読みましたが、もうこれはレビューで良いと判断しました。重厚です。残酷です。しかし、それはちゃんと「人間」に基づいた揺るがない本質とも言えるでしょう。不思議な話ですが、このお話を読んで、ちょっと人って愛おしいな、とも思いました。聖書という格調高き世界観に忠実に、真っ向から挑んだ本作。純文学ではありますが、ダークファンタジー好きにはたまらない魅力があります。時にこういった、底の見えないファンタジーも悪くないかも知れません。そこには、神を信じ、信じない、神だけを信じる、神を追い求める生きた人間たちが描かれています。一度、お立ち寄りください。(Mさん)

 

 硬質で上質なダークファンタジー小説。妥協のないシリアスさです。情け容赦ない展開や設定に重苦しい気持ちになることもあるのですが、どんどん引きこまれていってしまう。この重厚さは、本当に芸術的です。そして、重いだけでなくキャラひとりひとりの人生というものについても、しっかりと描かれていて深い。筆力が本当に素晴らしいと思います。(Aさん)

 

 旧約聖書の引用から始まり、グロテスクなシーンのあるプロローグ、乱暴な口調の主人公……と、もしかしたら出だしは結構好き嫌いの分かれてしまう作品かもしれません。私も最初は主人公以外の登場人物の中に苦手な言動をするキャラクターがいて少し「うっ」となりましたが、それでも読み進めていくと気付いた時には続きが気になってしょうがなくなっていました。終始淡々とした地の文で描かれていますが、かえってそれがこの物語のダークファンタジーとしての雰囲気を一層引き立てています。この作品を読む度に余計な装飾はいらないんだと感心させられますが、いざ自分でやろうとすると何かおかしくなるのでこれはこの作者様にしかできない表現だと思っています。(Hさん)

 

 聖書を基点にした世界観で、残酷で醜悪な現実が描かれています。でも、そんな世界の中でも誇り高く生きる人がいる。読者としても、そんな生き方を真似できるのかと問われたら、答えに詰まるほど彼らが素晴らしい人間に見えます。主人公リュウは、この世界がどのように見えているのか、どう生きていくのか。神の名の元に動く人々と世界の中で、どんなあゆみを見せるのか。目を逸らしている暇などありません。厚みのある文章で描かれる物語の行き着く先がどんなものか、是非見届けてほしいです。(Hさん)

 

 骨太のダーク・ファンタジーと言ったカンジですね。ダーク・ヒーローものは大好きなのでこちらも腰を据えて読まさせて戴きます。兎に角主人公のキャラが立っているコトと、彼のセリフだけで作品が成立してしまうくらい引き込まれるので、ストーリーにカタルシスがありますね。文体もきっちり「書き溜め」をし、何度も「推敲」をして磨き(ブラッシュ・アップ)を掛けているのが解るのでぎっちり埋まった行間が非常に読み易く、尚且つ完成度が高いです。どれとは言いませんがただ「毎日更新だけを目的」にして、書き溜めも推敲もロクにせずにうへぁ~…('A`)となる作品も多いので久しぶりのヒットという感じですね。応援しています、頑張ってください!(Sさん)

 

 聖書を基点にした世界観で、残酷で醜悪な現実が描かれています。でも、そんな世界の中でも誇り高く生きる人がいる。読者としても、そんな生き方を真似できるのかと問われたら、答えに詰まるほど彼らが素晴らしい人間に見えます。 主人公リュウは、この世界がどのように見えているのか、どう生きていくのか。神の名の元に動く人々と世界の中で、どんなあゆみを見せるのか。目を逸らしている暇などありません。厚みのある文章で描かれる物語の行き着く先がどんなものか、是非見届けてほしいです。(Hさん)

 

 

あとがき

 この物語には、たくさんの方から身に余るレビューと数えきれないほどのコメントをいただきました。今回それらを改めて読んでいるうちに、この物語が本当に多くの人に愛されていたんだなとつくづく感じました。

 最初にも書きましたが、この作品はまだ完結しておりません。おそらく、100万字を超える大長編になるであろうと思っています。

 プロ作家でもないのにおこがましいですが、僕はこの物語を書き終えた時、小説を書くということに一つの区切りをつけられるんじゃないかと思っています。それほどにこの物語には愛着があるし、ある意味、僕が一番書きたいテーマと僕の想いが詰まった作品になっています。

 ですが、書き終えるとしてそれはいったいいつになるのか、もしかすると、レオナルド・ダ・ヴィンチのモナリザのように、一生手元に置いて、書き続けていくことになるのかもしれません。

 そんな物語ですので、ここまで読んでいただいた方で、早く、二部を投稿しろと思う方についても、長い目で見ていただけますと幸いです。

 

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