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(六)聖騎士レインハルト

「レインハルト! 紅茶が冷めちゃうよ!」

 台所の方からリオラの声が聞こえたが、レインハルトは返事をするのを忘れるほど目の前の手紙に目を奪われていた。レインハルトが読んでいるのは預言者エトからの手紙であった。エトが世を去ったことはもちろん知っていた。そして、その恐るべき預言のことも。レインハルトはここしばらくの間、そのことでずっと心を痛めていたが、ようやく待ちに待った手紙が届いたのであった。

 レインハルトは聖騎士であった。聖騎士とは神が必要に応じて、この世に遣わす戦士であった。神は預言者の口を通して聖騎士を選び、その任を与えるのであった。聖騎士はあらゆることを免れていた。国王ですら聖騎士を従わせることはできなかった。なぜなら聖騎士は預言者の言葉によって神の業をなすためだけに存在するものであるからであった。そしてレインハルトこそ預言者エトが選んだ聖騎士であった。レインハルトはエトの手紙を繰り返し繰り返し読んでいた。それは信じられぬ内容であった。だが、レインハルトはエトの言葉を疑いはしなかった。レインハルトにとって、エトは父のような存在であった。レインハルトは意を決した。聖騎士として命を賭してもエトの命を果たさねばならぬと。それはまさしく、神の命そのものであった。

 

手紙を読む男

 

 レインハルトは手紙を読み終えると台所に向かった。

「もう、すっかり紅茶が冷えちゃったよ」

 まだあどけない顔をした少女が、レインハルトを見て軽く睨んだ。

「すまんすまん、とても大事な手紙だったので夢中になってしまった」

 レインハルトはそう言うと椅子に腰を掛けた。


 リオラはレインハルトの顔を睨んでいたが、急に頬を緩めると、
「もう一度、入れなおすね。ちょっと待っててね」とにこっと笑った。

 レインハルトはリオラの笑顔を見て微笑んだ。こんな他愛もないひと時がなんと愛しいものかと感じた。

「はい、どうぞ」

 リオラが新しい紅茶をレインハルトの前に置いた。紅茶の脇には、小さなビスケットが二つ添えられていた。レインハルトは紅茶を口に含んだ。甘みを含んだ紅茶がなんとも言えず美味しかった。この味ともしばらくの間お預けだな。レインハルトは寂しく笑った。レインハルトの様子がいつもと違うことを敏感に察したリオラが少し不安げな様子で尋ねた。

「どうかしたの、何かあったの」

 レインハルトはカップを置くと、リオラの顔を見つめた。

「実は旅に出ることになった。しばらくは帰って来られないかもしれない」

 リオラはじっとレインハルトの顔を見つめていたが、不意に言った。

「私も一緒に行く」

 レインハルトはリオラを見た。根は優しい子だが、心中には激しいものを持っていた。一度決めたら梃子でも動かない子だった。旅をするのにまだ大人ともいえない女の子を連れて行くのは危険であった。だが今の世情を見ればリオラをこの家に一人残していくのはなんとも物騒だった。どうせ危険があるとすれば、自分の目の届く傍にリオラを置いていた方が安心なことは安心だった。それにレインハルトはリオラとの約束を思い出した。もう二度とリオラを一人ぼっちにすることはしないと。レインハルトは決心した。

「しばらくは紅茶ともお別れになるぞ」

 その言葉を聞いたリオラの顔が花が咲いたようにぱっと明るくなった。

「レインハルト、知らないの。紅茶はパックに入れれば外でも飲めるんだよ」

 リオラはそう言ってにっこり笑った。

「そうなのか、知らなかったよ」

 レインハルトがそう言うと、二人は顔を見合わせて笑った。

「――ところで、どこに行くの」リオラが、何気なく聞いた。

「さて、最後どこに向かうのかは、俺にもよく分からないが、とりあえず最初に向かうべきところは決まっている――マナハイムだ。そこに行って、リュウという名の少年を探し出さねばならない」

 そう語るレインハルトの顔は少しだけ憂いを含んでいるように見えた。

 

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