アマチュア作家の面白い小説ブログ

素人作家がどこまで面白い小説を書くことができるか

【聖書世界をモチーフにしたダークファンタジー小説】『リバイアサン』(十七)聖堂会

 リュウは順調に回復していた。
 ルークはリュウが回復してきたのを見計らって、少しづつリュウの身に起こったことを話していった。だがリュウはルークの話をまるでおとぎ話のように聞いていた。だいたい、神が神意を示されて、あの署長が豚に喰われて死んだなどと言われても、リュウには全く実感がわかなった。しかも聖騎士レインハルトが君を救ったのだとルークは熱っぽく語るが、肝心のレインハルトはどこに行ったのか、目覚めの時以来、リュウの前に姿を現さなかった。つまりリュウが信じられるのは、ルークと言う人の好さそうな医者の家で自分が寝ていることと、リオラと言う少女が自分の看護をしていることだけだった。

 そのリオラは、いつ寝ているのかリュウが訝しがるほどに、ずっとリュウのベッドの脇にいて、身の回りの世話をしていた。と言ってもリオラは必要以上のことは何もしゃべらなかった。時折、本を読んだり、窓からマハナイムの街を眺めたりはしたが、それ以外は優し気な面持ちでただ黙ってリュウの顔を眺めていた。

 

窓際で本を読む少女

 

「――おい、あんた、他にすることはねえのかよ。毎日、俺の顔ばっかり見てて、よく飽きねえな」

 じっと見られることにとうとう耐えかねたと見えて、初めてリュウがリオラに声をかけた。

「あら、ようやく話してくれたのね。ちゃんと口が利けるんだ」

「馬鹿にすんな。まだガキのくせによ」

「わたしがガキだったら、あなたもガキじゃない。私とあなたは同い年なんですってよ」

「ふん、世間のこと何もしらねえ癖によ」

「じゃあ、教えてちょうだいよ」リオラは楽しそうに言った。

 リュウはリオラの天真爛漫な明るさに閉口した。

「――ったく、うるせえやつだな――ところで、お前の連れのレインハルトとやらはどこに行ったんだ。俺はそいつと話がしてえんだ」

「レインハルトはしばらく帰ってこないよ。あなたが旅に出られるようになるまでに調べておくことがあるんだって」

 リュウはびっくりしたような顔でリオラを見つめた。

「旅に出るって誰がだよ……まさか、俺がお前らと一緒に旅に出るっていうのかよ」

「そうだよ」

「勝手に決めるんじゃねえよ! 俺は自分の好きなように生きるんだ。聖騎士だろうが誰だろうが、てめえらの言うことなんか聞いてたまるかよ」

「それはレインハルトが帰ってきたら、本人に言って」

「ふざけんな! こんなところ、いますぐ出てってやる」

 リュウはそう言ったか思うと、ベッドから起き上がろうとしたが、その瞬間、腹部に激痛が走り、苦痛に顔をしかめて腹を抱えた。

「まだ無理だよ。ルークの話だと、あと一週間は安静にしてないとお腹の傷がまた開いちゃうって言ってたよ」

 リオラが心配そうにリュウの肩に手をやろうとしたが、リュウはうるせえと手を払うと、そのままベッドにもぐりこんだ。リオラは呆れたようにその様子を眺めていたが、急ににこっと笑うと、毛布を頭からかぶったリュウの体をつんと指でついた。

 

 レインハルトはマナハイムの近隣にある街を巡りながら、聖堂会のことを探っていた。
 エトの手紙には十五年前に悪が生まれ、急速に力をつけて、この世を覆うだろうと書かれていた。聖堂会はまさにその頃に設立され、それ以来飛躍的に力をつけてきた組織だった。
 聖堂会にはマスターと呼ばれるものがいて、そのものたちの合議により、全ての方針が決せられるのだった。聖堂会のマスターの名前は秘匿されていたが、噂では国教会の大司教や国務大臣、そして現国王の弟であるマナセ大公もその中に入っていると噂されていた。マナハイムの州知事であるジュダは聖堂会の創設メンバーの一人といわれ、聖堂会のマスターであることは公然の事実として知られており、本人もそれを否定しなかった。既に大臣として政界入りするよう中央から懇請されているという噂もあり、ジュダの声望と権威は地方の州知事としては異例なほどで、マナハイムの統治に関してはほぼ独立国家に近いまでの権力を与えられていた。

 ところで聖堂会が力を持つに至った理由だが、実は民衆によっても支持されたからであった。聖堂会は貧しいものに食事と住処を与え、親を失った子どものために孤児院をつくり、無償で通える学校を至る所に作っていた。祭りや祝い事があれば酒や肉を提供し、民衆に憩いと笑いを提供した。民衆のために治水や干拓などの事業を国に提言し、国の動きが遅いとみるや会の資産を投入して事業を行ったことも何度もあった。こうしたこともあって、民衆は聖堂会に喝采と万雷の拍手を送り、富裕なものは聖堂会に加入するために列をなし、惜しげもなく私財を寄付していった。そして聖堂会は、いよいよ財を積み、いよいよその力を強めていったのだった。

 レインハルトの目の前では工夫たちが忙しそうにレンガを積んでいた。ここにも聖堂会の寄進による孤児院が建設されることになっていた。たくさんの工夫たちが立ち働いていたがどの工夫の顔を見ても生き生きとして、いかにも楽し気であった。突然、誰かが陽気な声で歌い始めた。すると他の工夫たちも笑いながら、その声に併せて歌い始めた。

 ――神は真理を示されるが――

 ――聖堂会はワインを与えてくれる――

 ――おいらは、ワインの方がいい――

 ――真理は、おいらの頭にゃ、難しすぎる――

 ――ワイン片手に、楽しく歌うくらいが――

 ――おいらにゃ、ちょうど合っている――

 ――神は厳しく、冷たいが――

 ――聖堂会は、暖かい――

 ――おいらは、聖堂会の方がいい――

 ――神は、おいらの頭にゃ、難しすぎる――

 ――神より、愛しのあの娘と過ごす方が――

 ――おいらにゃ、ちょうど合っている――

 工夫たちの声には神を冒涜するなどという風はまったくなかった。陽気な歌い声は道を通る人々の顔もほころばせていた。その中で、ただ一人レインハルトだけが寂しげな面持ちでその様子を見守っていた。そして、ふっと一つため息をつくと、悲し気にその場を去っていった。

 

作業現場

 

次話へ

TOP