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【聖書世界をモチーフにしたダークファンタジー小説】『リバイアサン』(二十二)不審な男たち

 旅立ちの用意が整った。レインハルトとリュウとリオラは別れの挨拶をすべくルークの前に立った。

「ルークよ、お前には大変世話になった。お前は立派な医者だ。これからもお前の手で苦しみに喘ぐ人の苦痛を少しでも和らげてやって欲しい」

 レインハルトが感謝の念を湛えながら言った。

「聖騎士レインハルトよ。あなたは私に光を与えてくれました。あなたの言葉は私にとって、神の言葉と同じです。あなたのおっしゃるとおり、私は自分ができることを一生懸命に尽くしていきたいと思います」

 そう語るルークの面持ちは誇りに満ち、その目は光輝いていた。ルークの心が既に神とともにあることを知り、レインハルトは優しく微笑んだ。

 ルークはリオラの方を向いた。

「リオラよ、あなたは太陽のような人だ。あなたがいるおかげで、この家もどんなに明るくなったことでしょう。この家の周りの人々の心さえも、あなたのおかげで美しさを取り戻したような気がします。わたしなどがいう言葉ではありませんがどうかその美しい心で、この世界を少しでも明るく照らしてください」

「あら、ルーク、知らないの? あなたこそ太陽なのよ。今ではたくさんの人があなたに照らされ、喜びを抱いて帰っていくのよ。私もあなたに照らされて、たくさんの喜びをもらったわ。本当にありがとう」

 リオラはそういうとルークに近づき、その頬に口づけをした。

 ルークは最後にリュウの方を向いた。

「リュウ、私は君に何を言える義理もないのだがどうしても君にお礼をいいたいのだ。確かにこの街には目を覆いたくなるような悪がいまだ残っている。だが君のおかげで希望の灯を心に抱くものたちが確かに生まれている――リュウ、これは私からのほんの気持ちだ。どうか受け取ってほしい」

 ルークはそういうと、立派な装飾が施された鞘に入った剣をリュウに差し出した。リュウは何か言おうとしたが、レインハルトが口をはさんだ。

「リュウよ、もらっておきなさい。お前は、何もしていないと言うかもしれない。だが、お前は確かにこの街に施しを与えたのだ。そしてルークは自分で考え、感謝の言葉とこの剣をお前に返したのだ。施しを与えたものは、その報いをも受けなくてはならないのだよ」

 レインハルトが言い終わるのを待って、今度はリオラが口をはさんだ。

「ほら、せっかくルークがプレゼントしてくれたんだから、もらっておきなさい。それにあなたの剣はもうぼろぼろじゃないの。あれじゃこの先、役には立たないわよ」

「……うるせえな」

 リュウはむすっとしてリオラに文句を言ったが、その目と手はルークが差し出した剣に向いていた。立派な剣だった。自分などが一生触ることもできないような剣だった。
 リュウはルークの顔を見た。ルークはこくんと頷いて一言だけ言った。

「この剣は、あなたにこそ相応しい」

 リュウは剣をつかんだ。そして、ルークに小さく頭を下げた。
 ルークは三人が見えなくなるまで手を振っていた。ルークは確信していた。あの三人こそこの世に残された最後の希望であり、神が人間を愛している真の証であると。

 

旅立ち

 

 三人は首都ウルクに向かっていた。
エトの手紙によれば、リュウは首都ウルクにある精神病院にいたらしい。レインハルトはマナハイムを出発する前夜、リュウに過去のことを尋ねていた。リュウは口が重そうだったが、それでもとつとつと自分の覚えている過去を話してくれた。

 リュウは子供のころのことは何一つ覚えていなかった。生まれたところや遊んだ記憶、それどころか親の顔や名前すら覚えていなかった。どこかの山の中の一軒家で老人とともに生活していることがリュウの記憶の最初だった。その老人はエトといった。なぜ自分がエトと一緒に暮らしているのか――そもそも、このエトは自分の何なのか、それすら分かっていなかった。エトはリュウに字を教え、歴史を教えてくれたが、ただそれだけだった。ある日、エトはリュウをマナハイムの孤児院に預けて、そのまま消えていった。そのあとの孤児院での暮らしのことは、レインハルトもよく知っていることだった。

 リュウが語ったことはエトの手紙に書いてあった言葉どおりであった。言い換えれば、それ以上のことは何も分からなかった。リュウの過去を知るためにはさらに過去を遡る必要があった。そのためには、リュウがいたというウルクの精神病院を訪ねることがどうしても必要だった。

 だが、レインハルトはウルクに向かう表街道ではなく、今ではほとんど人も通らない山深い裏街道を通って、迂回しながら進んでいた。なぜ、レインハルトがそんな行動を取るのか、リュウとリオラにはよく分からなかったが、とにかくついていくだけだった。

 ある日、山深い裏街道を歩いていた三人はようやく日も西に傾いてきたので、程よい窪地を見つけて野営の準備を始めた。レインハルトとリュウは薪を集め、リオラは手際よく夕食を作り始めた。手慣れたもので三十分もしないうちに、三人はパンとシチューを食べていた。

「リオラ、相変らずお前の作るシチューは美味しいな。お前と一緒だと、まるで家にいるようで、毎回、美味い料理を味わえる」

 レインハルトが笑いながらリオラに言った。

「だから私と一緒の方がいいって言ったでしょう。ちゃんと食後には紅茶も用意するからね」

 リオラはうれしそうに答えたが、レインハルトの隣で物も言わずにむしゃむしゃと料理をかき込むリュウを見ると、からかうように言った。

「ねえリュウ、私の料理美味しい?」

 リュウは返事のつもりなのか、ぶっきらぼうに空になった椀をリオラに差し出した。

「黙ってちゃ、分からないじゃない。美味しいの美味しくないの、どっち? 言わなきゃ、お代わりはあげません」リオラはつんと横を向いた。

 リュウはそれを見ると、
「……だから、お代わりするってことだ」と仏頂面でいった。

「それじゃ分からないわ。美味しいの美味しくないの、どっちなの?」

 リオラは問い詰めるようにリュウに迫った。

「……ったく、めんどくせえな……美味いよ」

 リュウはリオラの視線を避けるようにして、小さく言った。

 リオラはその言葉を聞くと、ぱっと花が開いたように笑った。

「よろしい! それじゃ、お代わりさせてあげる」

 リオラはそう言うと、リュウの椀を取り、溢れんばかりにシチューを入れた。レインハルトはそんな二人のやり取りを微笑ましく見つめていた。

 

シチューを煮る

 

 食事も終わり、三人は食後の紅茶を味わっていた。森の中はしんとして静寂に包まれていたが、よく耳をこらすと木や草がかすかにささやき、虫たちがかさこそと動いている音が聞こえてきた。森の中にぽっかり空いた天上を見れば、まるで降ってきそうな星たちがきらきらと光を放っていた。

 突然、レインハルトとリュウが紅茶を置いて、剣を手繰り寄せた。レインハルトはリオラにしっと手を口に当てて、黙っているように指示した。そして、リュウには木の陰に隠れているように合図すると、自分も近くの木立の陰に隠れた。

 すると、リオラの耳にどこからか、がさごそと音がするのが聞こえてきた。明らかに何人かの集団が近寄ってくるようであった。リオラは同じ場所に座って、音がする方を黙ってみつめた。

「おい! こんなところに女が一人いるぞ」

「本当だ。こりゃ、たまげた」

 リオラの前に男が二人現れた。驚いたことに男たちの後ろには小さな男の子や女の子が五,六人ばかり青白い顔をして連れ立っていた。

「おい、お前の連れはどこにいる」

「お前一人ってわけじゃねえだろ」

 男たちは乱暴にリオラに尋ねた。だが、リオラは黙ったままだった。

「てめえ、聞こえねえのか! 返事しろってんだ。連れはどこにいやがる、それとも本当にてめえ一人なのか?」

「おい、構わねえ。今のうちにこいつも連れて行こう。なかなか綺麗な顔してるじゃねえか。こりゃ、良い金になるぜ」

 男がそういって、リオラに近づこうとしたときだった。いつの間に寄ったのか、男の首にレインハルトの剣があてられていた。そして、もう一人の男の肩越しからは背後に立ったリュウの剣が覗いていた。

「……お、おまえら、何者だ」

 レインハルトに剣を突き付けられた男が声を震わせて言った。

「それはこちらのセリフだ。見れば年端もいかない子どもたちを連れて、こんな夜更けにいったいどこに行こうと言うのだ。隠し立てすれば、その首は飛ぶぞ」

 そう言うと、レインハルトは刃を首に押し付けた。鋭い刃が男の肌に触れた瞬間、赤い血がうっすらと滲んだ。

「や、やめろ! は、話すからから、刀をどけてくれ……」

 男は冷や汗をたらしながら叫んだ。

 レインハルトは恐怖に慄く男の様子をしばらく伺っていたが、話ができるように少し剣を緩めた。男は観念したように話し始めた、

「お、俺たちは、この先の孤児院にこの子どもらを預けにいくところだ」

「孤児院だと?」

 レインハルトはそう言うと、男たちの後ろに突っ立っている子どもたちを見つめた。身なりはどれも汚いが、黒髪に茶髪、大きい子、小さい子、男に女、顔かたちも全然異なっており、どう見ても、この男の身内とは思えなかった。

「……貴様らは人買いか」

 レインハルトがつぶやくように言った。

「人買いだなんて、そんなあくどいことはやっちゃいねえ。食うに食えねえやつらから子どもを引き取って、せめて、食えるところに連れて行ってやってるだけだ。言うなれば、人助けってやつだ」

「ものはいいようだな――それでこの先に、その孤児院があるというのだな」

「あ、ああ」

「ならば、そこに案内しろ。そこがまっとうな孤児院かどうか見分してやる」

 レインハルトはそう言うと男を突き放し、後ろでもう一人の男を黙らせているリュウに向かって言った。

「リュウよ、俺はこいつらのいう孤児院とやらを見てくる。その間、お前はその男を縛り上げて、リオラとその子ども等をここで守っていてくれ」

 リュウは黙って頷くと、リオラが手渡したロープで手際よく男を縛り上げた。

「さあ、案内しろ。お前のいう孤児院とやらへな」

 レインハルトはリュウたちの準備が整ったのを見届けると、浮かない顔をしている男を急き立てた。

 

不審な男たち

 

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