リュウたちが子どもたちとともに焚火の周りで暖をとっていると、レインハルトが戻ってきた。
「レインハルト、お帰り!」リオラが笑顔でレインハルトを迎えた。
しかし、レインハルトの顔は冴えず、疲れたように腰を下ろした。リオラは温かい紅茶をカップに注いでレインハルトに渡すと、その横に座った。
「どうしたの? 何かあったの」
「――リオラの入れてくれる紅茶はいつも美味しいな」紅茶を喉に含ませたレインハルトが初めて笑顔を見せた。
リオラは安心したように笑顔を返すと、ここで起こったことを話し始めた。レインハルトはそのことを聞くと、夜空を見ながら寝っ転がっているリュウを見つめたが、何も言わなかった。代わりに焚火の周りに座っている子どもたちの方を興味深げに眺めた。
子どもたちの顔は初めて会ったときの顔とはまるで違っていた。どの子の瞳の中にも強く、強靭な光が宿っていた。レインハルトは紅茶を脇に置くと、子どもたちに向かって尋ねた。
「きみたちはこれから、どうしたい?」
その言葉を聞くと、子どもたちは一斉に顔を見合わせた。すると、その中で一番小さな子どもがレインハルトに顔を向けて力強く言った。
「僕はリュウのようになりたい。リュウのように強く生きたい」
リュウは聞いているのか聞いていないのか、相変らず、寝っ転がったままだった。
レインハルトはその少年を見つめた。その少年はこの中で一番小さかった。顔は膨れ、目の周りは紫色に腫れていた。
「きみの名は」
「サムソン」
「サムソンよ、どうしてリュウのように生きたいと思うのだ」
サムソンはその言葉を聞くと、リュウの方に目をやった。
「……あの人は自分の力で生きるている。強い信念を持っている……それに……優しいんだ」
最後の言葉にびっくりしたように、リュウが初めて顔を向けた。レインハルトも驚いたようにサムソンを見つめた。見ればまだあどけない少年だった。だがその少年の心の中に、一つの根がしっかりと根付いているのを感じた。
レインハルトは微笑んだ。
「サムソンよ、お前は今夜、素晴らしいものを授かったようだ――優しさ、そう、優しさこそが大切なことなのだ。人の痛みを分かってあげなさい、人の苦しみを一緒に背負ってあげなさい。それは力のある人間にしかできないことだ。そういうことができる人間こそが一番強いのだ。サムソンよ、それを己の宝として大事にしていきなさい。それはきっとお前を正しく、立派な人間へと導いてくれる」
レインハルトはそういうとサムソンに歩み寄った。そして何を思ったのか、サムソンを強く抱きしめた。そして他の子どもたちも一人ひとり、まるで我が子のように愛をこめて抱きしめた。リオラとリュウは驚いたようにその光景を眺めていた。
レインハルトはみんなを抱きしめ終わると嬉しそうに、さあ今日はもう休もうと声をかけた。その言葉を聞いた子どもたちは思い思いに横になって目をつぶった。だが子どもたちは、しばらくは寝付けなかった。人に抱きしめられることなど、生まれて一度たりともなかった。町の子どもたちが親に抱きしめられているのを見ると、なぜか暗い気持ちになって顔をそむけた。いつしか、その行為そのものを嫌悪するようになっていた。だがレインハルトの大きな体にすっぽりと包み込まれ、心臓が触れ合うぐらいに強く抱きしれられたとき、子どもたちはなんとも言えない思いに包まれた。人の体とはなんて暖かいんだと初めて知った。こんなに心が休まるものなんだと始めて感じた。子どもたちは、レインハルトに抱きしめられたことを思い返しながら、いつの間にか寝入っていた。野外で決して心地いいベッドとは言えなかったが子どもたちにとって、その夜はかけがえない思い出になった。初めてなんの不安もなく、憂いもなく、人の愛情を感じながら心地よく安らぐことができたのだった。
翌朝、太陽が輝かしい光を放ちながら東の空に現れた。すでに小鳥が囀り、森は生き物たちの活気に満ちていた。レインハルトは出発の準備が整った子どもたちに向かって言った。
「みんな、今朝話した通り、この道をまっすぐに進んで、マナハイムに向かいなさい。そして、ルークという医者を尋ねなさい。そしてこの手紙を渡しなさい。彼はきっとお前たちの面倒を見てくれる。愛情をもって接してくれる――レオンよ、お前が一番の年長なのだから、みんなの面倒をしっかり見るんだよ」
レインハルトの言葉に、レオンは力強く頷いた。そしてまるで本当の兄のように、他の五人の子どもたちに目を配らせながら、マナハイムに向かって歩いていった。
その様子を見ながら、レインハルトはリュウに声をかけた。
「リュウよ、私はお前に感謝しなければならない」
リュウはいぶかし気にレインハルトを見た。
「お前は昨日、あの子供たちに施しを与えてくれた」
リュウが何か言おうとするのをレインハルトは手で制すると、そのまま続けた。
「リュウ、お前は何も施しなど与えていないというかもしれない――それでいいのだ。だが、彼らはお前から多くのことを学び、そして一番大事なものをその身に宿すことができたのだ。それは全てお前が蒔いた種から出た果実なのだ。彼らはきっと素晴らしい人間になってくれるだろう……わたしはお前のようにはできなかった。あの施設に住む子どもたちに種を蒔いてやることができなかった……」
最後、つぶやくように語るレインハルトをリオラが心配そうに見つめた。
「どうしたの、レインハルト? 昨日から様子が変よ」
「……いや、リオラ。私はうれしいのだよ。お前たちとともに旅することができて、本当にうれしいのだよ。さあ行こう、我々には我々の道がある。ウルク、そこにこそ我々が求めるものがあろう」
そう言って、レインハルトは力強く歩き始めた。リュウとリオラは顔を見合わせながらも、そのあとを追っていった。