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【聖書世界をモチーフにしたダークファンタジー小説】『リバイアサン』(二十六)鉱山都市ゴラン

 ゴランは首都ウルクとマナハイムのちょうど中間に位置する鉱山都市であった。この付近の山々には金鉱脈が走っており、街には金を掘り出すものや金細工師、金を商うもの、金を贖うものたちがあふれ活況を呈していた。またこの街は現国王の弟君であるマナセ大公の直轄地であり、ここから掘り出される金には目方に応じて税金が掛けられ、その収入は莫大なもので大公の懐を大いに潤していたのだった。

 

 

 レインハルト一行がこの街についたのは、もう日も暮れようという頃であった。一行は街に入るとまずは繁華街を目指した。この時代、宿屋を利用するなどというものは素性のしれないものたちであり、犯罪者であることもままあるので、そういったことを承知で泊めてくれるところなど、日頃から荒くれ物相手に商売している酒場以外にはありえなかったからである。

 レインハルトたちは繁華街の中でも比較的小奇麗で、なるべく騒がしくない酒場を選ぶと、中に入り宿を求めた。店主は最初、うさんくさそそうに三人をみていたが、レインハルトが金貨をちらつかせると急に態度を変えて、二階の一番奥の一番上等な部屋に案内した。ベッドが三つあってシーツは少し汚かったが、これでも上等な方だと思うと贅沢は言えなかった。

 レインハルトたちは荷物を置くと下に降りて、空いたテーブルに座り食べ物とワインを注文した。しばらくすると、まだ十かそこらの子どもが料理とワインを持ってきて、手際よくテーブルの上に置いた。それくらいの子どもが日銭を稼ぐために、こうした場でウェイターのような仕事をするのはマナハイムでも同様で特段珍しいことでもないので、最初リュウは気にも留めていなかったが、レインハルトがその子を食い入るように見ているのに気づくと、リュウもその視線の先を追った。レインハルトが見ているのはその子の二の腕に付けられた烙印の跡であった。そこには▲の形がくっきりと浮き出ていた。その少年が皿を置いて去っていくと、リュウはレインハルトに尋ねた。

 

少年給仕

 

「あいつの腕にあった烙印、ありゃ、なんだ」

 レインハルトはリュウの方に顔を向けると、難しい顔をして言った。

「あれは異教徒に刻み付けられる烙印だ。▲は神を暗喩するシンボル、つまり異教徒が神のもとに服従したのだと見せつけるためにつけられたものだ」

「異教徒ね……つまり、隣の国から引っ張ってきた奴隷ってことか」

「まあ、そういうことだ」

「しかし、神も容赦ねえな。いままで神のことなど聞いたこともなかったはずのあんな小さいガキに鉄ごてをあてて自分の名前を刻ませるんだからな」

「リュウよ、それをしているのは人間であって神ではない」

「そんなこと言ったって、その神が自分の教えを広めろって言ってんだろ」

 レインハルトは憤慨したように言い放つリュウを見つめた。

「一度、お前に聞いてみたいと思っていた。リュウ、お前は神をどう思っている」

 リュウは目の前のワインを飲みほすと、厳しい目でレインハルトを見つめた。

「……神か……神なんてもんがほんとにいるのか、俺にはさっぱり分からねえ。だがもし、いたとするなら、そいつは随分ひでえ奴だろうな。こんな腐った世の中を作っといて、人を苦しめておきながら、それ見て、天国とやらでダンスでも踊って楽しんでんだろうからな」

「ならば、神がいなかったとすれば、お前は満足か」

「まあ、その方が妙に頭を悩ませる必要がなくなるんだから、分かりやすいちゃ、分かりやすい……だが俺にとってはどっちにしたって同じことだ」

「どういうことだ」

「なんの救いも与えてくれねえ神なんかに頼っててもしょうがねえ。要はてめえのことはてめえがなんとかするしかねえってことだ。だからこそ俺は、この世を生きていくための力が欲しいんだ」

 レインハルトは真剣な表情で熱く語るリュウを見て、ふとドラコという少年のことを思い出した。レインハルトはふっと笑った。

「なんだよ、何がおかしいんだよ」

 リュウが声を荒げた。

「いや、すまん。お前の言葉を聞いて笑ったのではない。私が探りに行った施設にお前と似たようなことを言う少年がいてな。その少年のことを思い出していたのだ」

 レインハルトはリュウをなだめるように言った。リュウは不平面をして、しばらくレインハルトを睨んでいたが、一言ぼそっとつぶやいた。

「……じゃあ、そいつは強くなるかもな」

 レインハルトは我知らずリュウの言葉に頷いていた。そして独り言のように言った。

「……そうかもしれない……その少年は、いつか強大な力をもって、お前と対峙することになるのかもしれない」

 その間、二人の様子をずっと眺めていたリオラがうんざりしたようにつぶやいた。

「ねえ、もう食べようよ。せっかくのパスタが冷めちゃうよ」

 レインハルトは、そういうリオラの顔を見ると生き返ったように微笑んだ。

 

 翌朝、レインハルトは少しこの街の様子をみてくるからと言って一人で外に出て言った。残された二人だったが、このまま宿で待っているのも芸がないし、リオラがぜひ街の様子を見たいというので、結局二人も出かけることにした。

「わたし、旅するのって初めて。こうして、いろいろなものを見るのって、本当に楽しい」

 リオラは露店を覗いたり、大道芸の見世物に拍手を送ったり、店先に並んだ果物の匂いをかいだりしながら、楽し気に街を歩いていた。

「ったく、だから田舎者はいやなんだ。見物に来たんじゃねえんだからな」

 リオラはリュウの嫌味を意に介するそぶりも見せず、

「ねえ、あそこに金細工の店があるから行ってみよう」とリュウを誘った。

 リュウはいい加減うんざりしたようにため息をついたが、しぶしぶその後ろをついて行った。

 そこはゴランの表通りと見えて、金細工の店が軒を連ねていた。
 リオラは目を輝かせてあちこち物色していたが、ガラス越しに商品を飾っている店を見つけると、その前に立って美しい金細工をじっと見つめていた。リュウは少し離れたところで、そんなリオラの様子を呆れたようすで眺めていた。ところが店の前に薄汚い少女がいると思ったのか、急に店主が外に出てきて怒鳴り声をあげた

「ああ、汚い手でガラスを触りおって、さっさと消え失せろ! ここはお前みたいな貧乏人がくるところじゃないんだ!」

 いきなり怒鳴られて、リオラは慌てて手を引っ込めたが、リュウがすかさず駆け寄ってきて、リオラを庇うように前に立った。店主は目の前に立ったリュウの汚らしい恰好を蔑むような目でじろじろ見ていたが、リュウが腰に佩いている剣を見た途端、態度が豹変した。

「いや、これは私としたことがなんという失言を! いや、お許しください。お連れの方に大変失礼なこと申してしまいました。見ればなんとも気品のあるお美しいお嬢様で。なにとぞ、なにとぞ、お許しを――さあ、どうぞ、中に入ってご覧ください。喉も乾いておいででしょう。お茶を準備しますので、どうぞ、ゆっくりとおくつろぎください」

 さきほどとは打って変わって愛想笑いを浮かべて世辞をいう店主をリュウとリオラはあっけにとられて見ていたが、ようやくこの店主がルークからもらった立派な剣を見て、リュウを名のある剣士と勘違いしているのだと分かった。リュウとリオラは顔を見合わせて少しばかり苦笑したが、どうせならと店主の勘違いに乗じて中に入ってみることにした。

 店の中には黄金の宝飾品が所狭しと並べられ、リオラは思わず声をあげた。店主は使用人にお茶を持ってくるようにいいつけると、リュウに向かってとろけるような声音で声を掛けた。

「いや、剣は私の専門ではありませんが、その剣が大変な価値があることくらいは私にだって分かります。おそらく、貴方様はいずこかの貴族様の御子弟様か何かで、世を忍んでこちらに立ち寄られたのでしょう。違いますかな」

 リュウは揉み手をしながら満面に笑みを浮かべる店主を見ると、

「まあ、そんなところだ。少しばかり眺めさせてくれ」とぶっきらぼうに言った。

「どうぞ、どうぞ、ご自由に。いいものがあったら、どうぞ手に取ってご覧ください。ここに置いていない品もありますので、何かご希望の品がありましたら、お気軽に声を掛けていただければ、すぐにご用意いたします――ああ、こちらにお茶もご用意しましたので、どうぞ、ごゆっくりとおくつろぎください」

 そう言うと、店主はまるで上得意の客をもてなすように丁寧に頭を下げた。こういう時のリュウは腹が座っているというのか、物おじすることなくどかっと椅子に座ると、さも当たり前かのように出されたお茶に口をつけた。リオラは金細工などよりもそんなリュウを見ている方が面白いとばかりにくすっと笑った。

 

金細工の店

 

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