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【聖書世界をモチーフにしたダークファンタジー小説】『リバイアサン』(二十九)息子

 翌朝、レインハルトたちはゴランの街を後にした。

 あのあと三人は宿に戻ったが、レインハルトは昼間のことについては何一つ言わなかった。それがリュウには気に食わなかった。街を出た後もリュウはむすっとしたままで、リオラが何度かリュウに話しかけたが、その都度うるせえと言って、前を歩くレインハルトの背中をじっと睨みつけるのだった。夜になり、適当なところに場所を見つけて夕食をとった後、いつものようにリオラが入れてくれた紅茶をみんなで味わった。そこでもレインハルトは美味そうにお茶を啜るばかりで、リュウには一言も声をかけなかった。とうとう堪忍袋の緒が切れたリュウがレインハルトに向かって文句を言い始めた。

「おい、なんで俺のことを何にも言わねんだ。内心じゃ、面倒かけやがってって思ってんだろうが。文句あるなら言えばいいじゃねえかよ!」

 レインハルトは怒鳴り声をあげるリュウをしばらくみつめていたが落ち着いた声で言った。

「お前は自分に非があると思っているのか」

「そんなことは思っちゃいねえ。やつをぶっ殺したことには何の後悔もねえ。もし次同じことがあったとしても同じようにぶっ殺してやる」リュウが吠えた。

「ならば、何も恥ずることはあるまい。自分が決めた道を堂々と歩けばいい」

「俺が言ってんのは、面倒なことになったって思ってるくせに、それを腹に溜めて善人面してるのが気に入らねえって言ってんだよ! 俺なんかと付き合ってれば、お前の名声ってやつに傷がつくだけだ。とっとと別れた方がお互いのためってもんだ。実はお前だって、本当はそう思ってんだろ!」

「リュウ、レインハルトはそんなこと思ってないよ」リオラがなだめるように言った。

「うるせえ、お前だって俺のせいで面倒に巻き込まれて、内心じゃ、愛想つかしてんだろ。お前のいうことを聞かずに俺がやつをぶっ殺しちまったもんだからよ。いい加減、うんざりしてんだろ! 邪魔だって思ってるんだろ、お前の気持ちは分かってんだよ!」

 リュウがリオラに毒づいたその時、リオラが思いっきりリュウの頬を引っぱたいた。
 リオラの思いがけない行為に一瞬頭が真っ白になったリュウだったが、すぐに、かっとなって、手を振り上げた。だがその手は宙で止まった。
 自分を見つめるリオラの目には涙が溢れていた。

「……なんであなたはレインハルトのことを信じてくれないの。なんであなたは自分のことを大事にしないのよ。あなたのことを邪魔だなんて、いつ私が言った。いつ言ったのよ!」

 リオラはそう言うと、リュウの胸を何度も叩いた。小さな拳を握り締めて、両手で何度もリュウの胸を叩いた。リュウはそんな風に叩かれるのは始めてだった。ちっぽけな拳だったが、それはリュウの心をひどく打った。レインハルトに殴られた時よりもひどく心に堪えた。

 

涙を流しながら怒る女

 

「――リュウよ」それを見ていたレインハルトが言った。

「お前は自分が正しいと思うことをした。同じように私もリオラも自分が正しいと思うことをしたのだ。誰に何を恥じることがあろう。お前が今、そんなに声を荒げたのはバラムを殺したことが原因じゃない。お前の中に私たちを思う心が生まれたからこそ、自分の行いが正しかったどうか不安に思ったのだ。それはとても大事なことなのだ。お前は警察に囲まれたとき、剣を収めて敢えて連行されたそうだな。それはなぜだ」

 リュウは自分の胸に頭をつけて泣いているリオラの重さを感じた。何か言おうとしたが、なぜか言葉が出てこなかった。

「それはお前がリオラを巻き添えにしたくなかったからだろう。リオラが私に語ってくれたよ。リュウよ、お前はあの場で一人の人間を殺したが、一人の人間を救ったのだ。もしお前が私の息子であったなら、私はお前を誇りに思ったことだろう」

 レインハルトは重ねて言った。

「お前は強い心を持っている。もちろんまだ粗削りだ。いたるとこに角が立って、それが人とお前自身を傷つける。それをしっかりと磨くのだ。そうすればお前の心は輝きを増し、世界を照らすようになる。わたしなどよりはるかに輝かしい光となる。この旅はそのための旅なのだ。お前のための旅なのだ。お前という人間を磨き、鍛えるための旅なのだ。そして私とリオラは、お前の歩まねばならぬ旅に必要だからこそ一緒にいるのだ。それをしっかりと心に刻むのだ」

 その晩、リュウはなかなか寝付けなかった。
 私の息子……レインハルトが言った言葉がリュウの頭に響いていた。今まで感じたことがない思いがリュウの心に生まれようとしていた。
 自分は一人ではない。
 自分のために泣いてくれる人がいる。
 自分のことを認めてくれる人がいる。
 自分のことを誇りに思ってくれる人がいる。

「私の息子か……」

 リュウは小さくつぶやいた。悪い気分ではなかった。いや、それ以上の感情が湧き上がってきたが、リュウはそれをあえて抑え込むように目をつぶった。そんなリュウを見守るように焚火が暖かく燃えていた。

 

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