レインハルトたちは病院を後にして、看護婦から教えられたジェームスという男の家に向かった。運よくジェームスは家にいて、レインハルトたちを快く迎えてくれた。
ジェームスは聖騎士レインハルトの来訪にも驚いたが、リュウがあの事件の唯一の生き残りだった少年だと聞いて、腰を抜かさんばかりに驚いた。だが、リュウの立派に成長した姿を見ているうちに感極まったのか、ジェームスは涙ぐみながらリュウの手を取った。
「……あの少年がこんなに立派になって……良かった、本当に良かった」
リュウはその姿をみて、不思議な気持ちがした。さきほどの看護婦といい、この老警官と言い、自分が知らない過去の自分を知っている人がいて、こんなにも自分の成長を喜んでくれている。リュウはこれまでずっと一人だと思っていた。自分のことを気にかけるものなど誰もおらず、自分一人で生きてきたと思っていた。だがそれは間違いだった。こんな自分でも人に支えられて生きてきた。人の愛情を受けてきたのだと初めて知った。
ジェームスは涙を拭くと、今度はうれしそうに皆に椅子をすすめた。そして、いまお茶を出しますからと言って、勝手場の方に立っていった。
レインハルトは部屋をざっと見回した。殺風景な部屋であったが、壁に飾られた一枚の新聞記事に目が留まった。そこには大見出しでこう書いてあった。
『町外れの館で六人のバラバラ死体発見される。精神異常者の犯行か!』
レインハルトがその記事をじっと眺めていると、お茶を持ったジェームスがやってきた。ジェームスは皆の前にお茶を置くと、心を落ち着けるようにゆっくりとお茶を啜った。
「――さて、今日、皆さんが私のような老いぼれ宅を訪れたのは、きっとあの事件のことをお聞きになりたいからでしょう」茶碗を置いたジェームスがレインハルトに言った。
「そのとおりだジェームスよ。私たちは、あの事件のことをもっと詳しく知りたいと思っているのだ。もし良かったら、そなたの知っていることを教えてくれぬか」レインハルトは茶碗を置くと、真剣な目つきでジェームスに請うた。
「わたしはあの事件をずっと追い続けました。結局、犯人は分からずじまいでしたが、それでもいくつか分かったことがあります――わかりました。これも神の思し召しでしょう。私が知っていることを全てあなたがたにお話しします」
ジェームスはそう言うと、もう一度お茶を口に含み、そしてレインハルトたちに向かってあの事件のことを話し始めた。
「あの事件は恐ろしい事件でした。わたしも長いこと警察官をやってきましたが、あの事件の現場を見たときは衝撃のあまり一歩も動けず立ち竦んでしまいました……あれはまさに地獄絵図でした。とても忘れることはできません。今でも夢に見ることがあるんです。そして、その都度、脂汗をかいて飛び起きるのです」
そう語るジェームスの顔には既に汗がにじんでいた。
「とにかく、あまりに凄惨な事件で、館に入った途端、捜査員全員が口をあけて一言もしゃべることができませんでした。死体などというものではありません。ただの肉の塊です。至る所に肉の塊が飛び散っているのです。だから最初は何人死んでいるのかすら分かりませんでした。おいおい捜査員たちが動き始め、スケッチしたりメモを取ったりし始めましたが、私は異常がないか二階にあがっていきました。二階には居間や寝室がいくつかありましたが、いずれも使ってはいないようで、荒らされた形跡もありませんでした。私は下に戻ろうとしましたが、何か音がするのが聞こえました。どこからかカタカタと音がするのです。私は音の方角を探っていきましたが、その音は大きな置時計の中から聞こえてきました。私は恐る恐るその時計をあけました。そこに、あなたがいたのです」
ジェームスはそういうと、リュウをじっと見つめた。
「あなたは上半身裸でぶるぶる震えていました。私は急いで隣の寝室から毛布をとってきて、あなたにかけて体をさすりました。そして、大丈夫か名前はなんと言うのだと何度も尋ねたのです。しかしあなたはあらぬ方向をみて、ぶるぶると震えているだけで何も答えることができません。私は下にいる捜査員を呼びました。そしてあなたを一階に下ろすために肩に手をかけて立ち上がらせようとしました。その時、あなたは言ったのです、リバイアサンと。そしてその後もリバイアサン、リバイアサンと繰り返しつぶやき、終いには何か恐ろしいことでも思い出したのか、ものすごい力で暴れ始めました。私たちはなんとかあなたを抑えて下に連れて行き、そのままウルクの精神病院に連れて行ったのです。私は何度もあなたに面会に行きました。だがあなたは一切の記憶を無くし、言葉すら忘れてしまったようで、あの事件に関する情報は何も得られませんでした。結局、捜査チームの中では、血まみれの剣が現場に残されていたことから、精神に異常をきたした誰かが館に侵入して、犯行に及んだんだろうという意見が趨勢を占めました。だが私はどうにも納得できず、もっとリバイアサンの意味を探るべきだと進言しましたが、他の捜査員たちからは所詮子どもの戯言だと一蹴され、その子の――いや、あなたの言葉は記録に残ることはありませんでした」
そう語る、深い皺が刻まれたジェームスの顔にはやるせなさとリュウに対して申し訳なかったという悔悟の念が溢れていた。