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【聖書世界をモチーフにしたダークファンタジー小説】『リバイアサン』(三十三)糸口

 ジェームスは空になったお茶を注ぎなおすと、乾いた喉を潤すように口に含んだ。そして、再び話し始めた。

「被害者は六人で、誰も彼もある程度の地位を築いていた、いわば名士と呼ばれる人たちでした。ですが、とりたてて懇意に付き合っていたということはありませんでした。そして、まさにその点が私たちを一番悩ませたのでした。いったいなんだって、そんな連中があんな街外れの山中の館に集まっていたんでしょう。私たちはあらゆる角度から、この六人に何か関連がないか調べたんですが、結局は何のつながりもみつけることはできませんでした」

「その館というのは?」レインハルトが聞いた。

「その館はこの街から五キロほど離れた山の中にあり、殺された六人のうちの一人で金貸しをしていた男が所有していたものでした。ですが、近くに住む木こりの話によると、ほとんど使われることはなかったようです。ただ月に一、二度夜中に何人かが集まって何かしていたとのことでしたがどんなやつらが来ていたのか、そいつらが殺された六人だったのかどうかも分からずじまいでした。ですが、殺されたのが町の有力者ということで、上の方からの要請もあって、国中に通知を出して捜査の網を広げました。結果、怪しい奴は何十人もあがってきましたがどれも今一つ証拠に欠けて、結局、犯人を挙げることはできず、捜査は打ち切り。私も今年で退官の年になってしまったんです」そう語るジェームスの顔は心底悔しそうだった。

「すると、手掛かりは何もなしということか……」レインハルトがそうつぶやいた時、ジェームスの目が光った。

「いや、レインハルト殿、私は今でもあの事件のことを折に触れて探っているのですが、一つ手掛かりらしきものを見つけたのです」

 それを聞いていた全員がジェームスの顔を見つめた。

「実はその館は今、聖堂会が孤児院だか職業施設だかを建てるとかで現在、改装中なのです」

「……聖堂会」レインハルトがつぶやいた。

「そう、聖堂会なんです。それで、もともとの所有者であった金貸しの素性をさらに探ってみたところ、実はその金貸しは聖堂会のメンバーだったようで、あの館は聖堂会に寄進したものだというのです。後で登記所にいってみると、確かに所有者は聖堂会になっていました。そして、備考欄には付記があって、『既所有者の生前の申出により、この館に関する権利一切は聖堂会に移譲された』とこう書いてあったのです。その申出書も確かにあって、本人の直筆で確かにそう書いてありました」

 ジェームスは少し緊張した様子で全員を見渡し、話を続けた。

「それで、私はもしや他の男たちも聖堂会のメンバーではないかと、いろいろと探ってみました。結果は私の思ったとおりでした。残りの五人も全員聖堂会のメンバーだったのです。実は聖堂会には、入会するにあたり、自分の財産の一部を会に寄進する義務があります。他の五人も土地であったり、金であったり、宝石であったり、とにかく自分の財産を聖堂会に寄進した事実がありました。つまりあの六人はみな聖堂会のメンバーだったんです」

 

改装中の館

 

 聖堂会。十五年ほど前に設立され、急速に力をつけてきた謎の組織。慈善事業や公益活動を通じて、今や教会を凌駕する人気と声望を誇るようになり、国の有力者が次々とその門を叩き、その富は溢れんばかりに膨れ上がり、その権力は国王を凌ぐとまで言われている。現国王の弟君のマナセ大公、そしてマナハイムの州知事、いや、近々司法大臣に就任するあのジュダらが会のマスターとして実権を握るとされる秘密組織。

 レインハルトの脳裏にエトの手紙の文句が過った。手紙の中で、神はこう語っていた。

『この世界に悪が生まれつつある、そのものたちは、今この瞬間も私の座を奪わんとして、謀議をこらしている。その悪は急速に力をつけて、この世を覆うに至るだろう。人々は悪徳に耽り、私を弊履のごとく地に投げ捨てることを意にも介さぬようになるだろう。だから、私はこの世界にリバイアサンを投げ入れた。リバイアサンは今はまだ赤子だが、時が満つれば、この世界を破壊するものとして成長するだろう。リバイアサンはこの地上の中で、並ぶものなく、恐れを知らぬ生き物である。あらゆるものを睨みつけ、あらゆるものを治める地上の王である。リバイアサンは今から十八年後には、この世界のすべてを悉く焼き尽くし、すべての人間を滅ぼすに至るであろう』と。

 神の座を奪わんと謀議をこらしていたのは聖堂会ではないのか。レインハルトの耳に、マハナイムの街で聞いた大工たちの歌声が蘇ってきた。

――神は真理を示されるが――
――聖堂会はワインを与えてくれる――
――おいらは、ワインの方がいい――
――真理は、おいらの頭にゃ、難しすぎる――
――ワイン片手に、楽しく歌うくらいが――
――おいらにゃ、ちょうど合っている――
――神は厳しく、冷たいが――
――聖堂会は、暖かい――
――おいらは、聖堂会の方がいい――
――神は、おいらの頭にゃ、難しすぎる――
――神より、愛しのあの娘と過ごす方が――
――おいらにゃ、ちょうど合っている――

 神の預言は成就した。今や人々は神を棄てて、まるで聖堂会を新たな神のごとくにみなして信奉している。であるならば、リバイアサンとは聖堂会を懲らしめるために神が放たれた使徒ではないのか。その使徒を殺せというのか。己の命を捧げてまでリュウを育て上げ、そして、その使徒を殺させよと言うのか。

 エトの手紙によると、リバイアサンは人であるという。そして、その子は十五年前に神の御意思によって、この世に生まれたという。であるならばその子は今年十五歳になるはず――そう、まさにリュウと同い年ということになる。いったい、その子とリュウとの間にどんな関係があるというのだろうか。そもそもリュウがその館にいたのは単なる偶然なのであろうか――いや、そんなことがありえようはずがない。リュウもまた神によって選ばれた少年なのだ。リュウは人智を超えた大いなる意志によって、あの館にいたのだ。そして、リバイアサンと呼ばれる子どもを見てしまったのだ。そして一切の記憶を失った。
 
 レインハルトはしばらく考えていたが、ようやく面をあげるとジェームスに尋ねた。

「一つ聞くが、メキドという言葉を知っているか」

 ジェームスは頭をひねっていたが、何か思い出したと見えて棚から地図を取り出してきた。そしてようやく探し当てると、あったあったと言って指を指した。

「ここにありました。メキドは北の国境近くにある街の名前ですよ」

 レインハルトたちはその地図を眺めた。ウルクから百キロほども離れた国境の山脈の中に位置する小さな町だった。

「国境の小さな町ですが密輸業者や異教のやつらが出入りしているとかで、あまり評判はよくありません」ジェームスが眉をひそめた。

 レインハルトはリュウに知っているかと尋ねたが、リュウは頭を振るばかりであった。レインハルトは気を取り直して、再びジェームスに尋ねた。

「ときに国王の容体はいかがか?」

 ジェームスはその言葉を聞くと暗い面持ちとなった。

「……あまり思わしくありません。最近では食事もあまりとられていないご様子と聞いております」

 その言葉はレインハルトの顔も心をも曇らせた。 

 現国王のヨセウスは名君の誉れ高い王であった。若干、二十歳にして王位に就くと率先して神を称え、誰よりも神に謙虚であった。預言者エトの意見を重んじ、神の御心が叶えられんことを政道の第一義とした。二十年前、東方の異教の蛮国が攻め寄せてきたときは、自ら陣頭に立ち敵と対峙した。

 レインハルトを実の弟のように遇していたヨセウスはエトの進言もあり、レインハルトに威勢を誇る敵の先鋒隊の討伐を命じた。レインハルトはわずかな手勢を持って、万を超える軍勢に攻め込み、獅子奮迅の働きで敵軍の将の首を取ってきた。そして、その余勢をかってヨセウスは敵軍に総攻撃を仕掛け、見事に敵軍を退けたのだった。

 だがその後数年を経てヨセウスは病に伏せるようになり、この十数年ほとんど国民に顔を見せることもなくなってしまった。そして、まるでヨセウスの健康が悪化するのを見計らったように、国に悪弊が広まりだしたのだった。

 ヨセウスには子どもがいなかった。よって、ヨセウスが天に召されたのちは、ヨセウスの弟であるマナセ大公が国王の座に就くことになっていた。そうしたこともあって、マナセ大公の権力は日増しに増して、今では国を牛耳っているのはマナセ大公とそれを取り巻く側近たちだということは誰もが知る周知の事実であった。

 レインハルトたちはジェームスに礼を言うと、ジェームスの家を後にした。
 いずれ、リュウがつぶやいたというメキドにはいかねばならぬが、まずは聖堂会のことを探る必要があった。聖堂会が本当に神に唾する組織であるのか、それを確かめねばならなかった。だが、聖堂会の実権はマスターと呼ばれる一握りのものたちが握っており、外部から組織の内情を探るのは困難であった。真実を知るためには聖堂会のマスターに会う必要があったが、誰が聖堂会のマスターであるかは秘密とされ、巷で噂されているのは憶測でしかなかった。しかし、ヨセウスの命が風前の灯となっている今、もはや猶予はなかった。もし、噂どおりマナセ大公が聖堂会のマスターだとしたら、それはつまりこの国を導く次期国王が、神の敵であるということと同じであった。レインハルトはマナセ大公に会うことを決意せざるをえなかった。

 

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