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【聖書世界をモチーフにしたダークファンタジー小説】『リバイアサン』(三十四)訓練

「おい、ブラム! お前、何度言ったら分かるんだ! こんなもんでお客が満足すると思ってるのか! 覚える気がねえなら、さっさとやめちまえ!」

 リュウとリオラはやることもなく工房の作業を見物していたが、相変らずのマッテオの大声に思わず微笑んだ。マッテオと弟子たちの間には深い愛情と信頼があることを知っていたし、怒鳴り声をあげるマッテオも、その傍らで一生懸命、刀を研いでいるブラムも、その眼は真剣そのもので、いいものを作り上げることに全ての情熱を注いでいるのが素人目にも分かるからであった。

「あんな風に接してくれる親がいたら、幸せなんだろうね」

 リオラが独り言のようにつぶやいた。それを聞いたリュウがぼそっと言った。

「……お前も親を憎んでいるのか」

「……そんな……私もリュウと同じで、あんまり昔のことは覚えていないんだ……」

 リオラは顔に翳を過らせて小さくつぶやいた。

「……お前も、親に捨てられたんだったな」

 リオラはリュウの顔を見ると寂しそうに笑って、話し始めた。

「あんまり、覚えていないの――お母さんが一人いたけど、ほとんどしゃべらない人だった。わたしが話しかけても、遊ぼうっていっても、わたしの話を聞いているのか、いつも窓際に座って、外をぼおっと見ているだけだった……だけど、時折、気が狂ったように怒り出して、私を殴るの……わたしは、許して、許してって何度もお願いするんだけど、お母さんは、死んでしまえ、お前なんか死んでしまえって、私を何度も何度もぶつの……」

 リュウはリオラの方を向いた。リオラの目にはうっすらと涙が浮かんでいた。

「……ある日、母が突然いなくなった。私はどうしていいか分からず、ぶるぶる震えて、じっと家にいたの。そしたら、いきなり男の人が二人入ってきて、私を連れ出そうとするの……わたしは必死に抵抗したんだけど、その男の一人がお前は母親に売られたんだ。だから、これから買い手のところに連れて行くから、大人しくしろって言って……後のことは、あんまり覚えていない……隙を見て逃げ出したのか、とにかく一人で荒れ野を彷徨っていたんだって……」

「そこで、レインハルトに拾われたんだな」

「うん……後でレインハルトに聞いたら、わたしの服はぼろぼろで足も裸足で、ほとんど裸同然で歩いていたんだって……レインハルトは私にローブをかけてさすってくれたらしんだけど、わたしは、きちがいのように暴れて……でも、これだけは覚えているの。レインハルトが、もうお前は一人じゃないよって。二度と一人ぼっちにすることはしないから、安心しなさいって耳元で何度も言ってくれたのを」

 リオラはリュウの顔を見た。その顔にはもう暗い影はなかった。レインハルトとともにいられる幸せだけがあった。いつか、リオラが言っていたことを思い出した。 

――レインハルトが死んじゃったら、生きている意味がないし……もし、あなたがレインハルトを殺したら、そのときは私も殺してね。約束だよ、絶対だからね――

 今思うと、なぜだかリュウはリオラの気持ちが分かるような気がした。

 

 二人がものも言わず黙っていると、マッテオの大声が聞こえてきた。

「おい、リュウ、そろそろ始めるか」

「――なんだよ、いきなり」リュウは我に返ると、びっくりしたように言った。

「レインハルトに頼まれてな。お前に剣術を教えてやってくれだとよ」マッテオは笑いながら言って、木刀をリュウに放り投げた。

 リュウは木刀をつかむと、「レインハルトならいざ知らず、お前なんかに教えてもらう必要なんかねえよ」と喧嘩口上で言った。

「まあ、そう見くびるな。俺も千人力のマッテオと言われた男だ。まあ、万に適うレインハルトにはちと劣るがな」そう言って、マッテオは豪快に笑った。

 リュウはしばらくマッテオを睨んでいたが、久しく暴れてなかったので、力が有り余っているのか、面白えと言うと木刀を握りマッテオの前に立った。

「お前は突きが鋭いらしいな。だが、突きだけでは敵に勝てんぞ、受けることも覚えんとな」

「俺の突きをかわせる奴なんて滅多にいねえ。だから、受け身なんていらねんだよ」リュウが豪語した。

「そうか、こりゃ久しぶりに面白い。俺も一線を退いてもう十年になる。どんだけ俺の腕が落ちたか試してみるか。さあ、突いてこい!」マッテオが大声で叫んだ。

 一瞬にして、あたりが緊張に包まれた。今まで、工房にいたブラムたちも出てきた。リオラは不安そうな顔で二人を見つめていた。

 リュウとマッテオの間の空気はぴんと張りつめて、物音ひとつしなかった。リュウの額に浮かんだ汗がこめかみを流れた、その瞬間だった。

 リュウは飛んだ。まるで空を飛んでいるようだった。木刀の切っ先がマッテオの喉元にあたった。だがマッテオはそれをぎりぎりのところでかわしていた。

「ほおお、早え、喉を潰されるところだったわ」

 マッテオが笑いながら言うのをリュウは信じられないというような顔つきで聞いていた。実は、リュウはレインハルトに負けて以来、ずっと隠れて練習していた。その突きは以前よりさらに早く、さらに鋭さを増していたはずだった。だがその自信は木っ端みじんに打ち砕かれた。いまやただの鍛冶屋の親父にすぎない男に渾身の突きをかわされたのだ。

「それではこちらの番だ! さあ、しっかり受けて見ろよ!」

 マッテオはそう言うと、無造作に木刀を振り上げた。そしてリュウの頭に振り下ろした。リュウは木刀で防ごうとしたが、ものすごい衝撃が襲った。木刀を持つリュウの手がびりびりと痺れた。

 マッテオはにやりと笑うと、もう一度、渾身の力を込めて木刀を振り下ろした。すると今度は、マッテオの木刀はリュウの木刀をたたき折り、リュウの肩を叩いていた。当たる瞬間、マッテオは力を抜いたが、それでも肩が砕け散るような衝撃がリュウを襲い、思わず片膝をついてしまった。リュウは苦痛に顔をしかめて、目の前にたつ大男を眺めた。そこに立っているのは紛れもなく、千人力と謡われた戦士マッテオの姿であった。

 

苦痛に顔をしかめる若者

 

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