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【聖書世界をモチーフにしたダークファンタジー小説】『リバイアサン』(四十三) 聖騎士の務め

 食事も終わり、寝室に入ったレインハルトは、この間ずっと黙ったままで今も隣のベッドに寝っ転がって天井を見ているリュウに目をやると静かな声で言った。

「リュウよ、お前にだけは真実を話しておこう」 

 リュウはその言葉を聞くと、体を起こしてレインハルトの方を向いた。

「今回、私がイラルの兵を相手にすることになったのは王宮の陰謀によるものだ。おそらく、王宮は私を亡き者にするためにイラルと共謀して事を起こしたのだろう」レインハルトはまるで他人事のように言った。

「……だったら、断ればいいじゃねえか。なんで、みすみすそんな罠に自分から飛びこもうとするんだ」リュウは低い声で言った。

「リュウよ、お前にはまだ、なぜ私がお前とともに旅をしているのかその訳を話してなかったな。ちょうどいい機会だ。今日お前にその訳を教えておこう」

 レインハルトの言葉にリュウの眼が光った。

「リュウよ、もうお前も分かっている通り、お前はある日記憶を無くした。それは恐ろしい惨劇の夜だった。お前はそこで何かを見たのだ。その何かこそが、我々が探し求めるものなのだ。そのものこそが、この世界を破滅に導くリバイアサンと呼ばれる怪物なのだ。エトはそのことを神から伝えられた。そして、記憶をなくしていたお前をウルクの病院から引き取り、一年余の間、お前とともに過ごして学問を教え、そしてマナハイムの孤児院に預けたのだ。それは全て神がエトに命じて行わせたことだったのだ。いったい何ゆえに、神はそんなことをお命じになったのか? それは、エトにも私にもわからぬが、おそらく神がお前の成長にどうしても必要と考えられたからなのだろう」

「ちょっと待ってくれ……神はいったい俺に何をしろってんだよ」

 レインハルトは、途方にくれたようなリュウの顔をじっと見つめた。

「神はエトに語った。今から三年後にリバイアサンは世界を滅ぼすだろうと。だが、その前にリバイアサンを見つけ出し、殺すことができれば世界は救われる。そして、リバイアサンを殺すことができる唯一の人間――それがお前なのだよ」

 

ベッドに座る若者

 

 リュウはレインハルトが何を言っているのか理解できなかった。
 リバイアサンという怪物が世界を滅ぼすという話は聞いたことがあった。レインハルトがどうやらその怪物を探しているということも、ウルクに来てからなんとなく気づいていた。だがその怪物を殺すことができるのは世界でたった一人、自分だけだとレインハルトは言う。そんなことは到底信じられなかった。

「……ちょっと、待てよ。あんたの言ってることが全然分からねえ。冗談なら大概にしろ……」

 リュウはレインハルトを睨みつけて、さらに言葉を続けようとしたしたが、レインハルトの顔は真剣そのもので、その顔を見ると言葉が喉にひっついて出てこなかった。

「リュウよ、お前が混乱するのも当然だ。だがこれは真実なのだ。エトは神の言葉を聞くことができる唯一の人であった。神はエトを通じて、その預言を民衆に伝えてきた。私もこれまでエトの言葉に従い多くの不思議の業をなしてきた。だがエトは死の間際に世界の破滅を預言し、その詳細を手紙で私に伝えてきた。私はその手紙を読み、エトの指示に従い、マナハイムで死に瀕しているお前を救い、お前とともに旅して、リバイアサンの謎を解き明かさんとしてきたのだ――エトの手紙によると、リバイアサンという怪物は、今から十五年前にこの世に生を受け、今もどこかで息を潜めてその力を蓄え、あと三年後に世界を滅ぼすという。つまり、リバイアサンはいま十五歳ということになる」

「……十五歳」リュウがつぶやいた。

「そう、リバイアサンは奇しくもお前と同じ年なのだ。そして、お前は今から六年前に、どういう経緯があったか分からぬが、この町はずれの館でその怪物を見たのだ――だが、ジェームスに発見されたお前は、リバイアサンという言葉だけを残し、他の記憶を一切失ってしまった。それが真実なのだ」

 リュウは、レインハルトの言葉の一語一語を体に刻み付けるように聞いていた。

「そこで手掛かりは切れたと思ったが、病院でお前はメキドという言葉を口にしたそうな。メキドに何があるのか分からぬが、もしかすると、そこはお前にゆかりのある町なのかもしれん。お前はそこにいくのだ、そして自分が何者であるのか知る必要がある。そして、それはリバイアサンとは何者であるかを知る手掛かりにもなるだろう」

 レインハルトの言葉にリュウが反応した。

「だったら、すぐに行こうじゃねえか。何も、イラルなんぞに関わる必要なんてねえ。だいたい、イラルに行けってのは、あんたを陥れようとしている罠なんだろ」

 レインハルトは声を落として言った。

「リュウよ、もう一つだけ教えておこう。神がどうして、リバイアサンを世に放ったのか――それはおそらく、聖堂会という秘密結社が恐るべき陰謀を企てていることを天から見通されたからなのだ」

「聖堂会?」

「ああ、聖堂会はいまや民衆に大いに支持され、その力は王宮に匹敵する……いや、もしかすると、既に王宮の力を凌いでいるのかもしれぬ。聖堂会はマスターと呼ばれるごく少数のものたちによって運営されているのだそうだが、そのメンバーには現国王のマナセや、おそらく国教会や王の騎士団の有力者も名を連ねていることだろう。そしてその中には、お前と深い関りをもっている人物も入っている」

「……俺と」

「ああ、それはお前が手にかけたカイファの父、マナハイムの前の州知事であり、現在は、司法大臣として国政の中心にいるジュダという男だ」

 リュウはその名前を聞いて、押し黙った。
 マナハイムの学校で知り合った金髪の少年はカイファと名乗った。横柄で傲慢な奴だった。何の力もないくせに、自分の父親のことを笠に着て、学校中で威張り散らしていた。結局、カイファはマナハイムを旅立つ夜に、暴漢どもと一緒にリュウの剣であっけなく死んだ。だが、リュウはその咎で捕まり、ジュダの部下だった警察署長にリンチに等しい拷問を受けた。幸いにして、リュウは生き残った。だが酒場の馴染みだったサラは死んだ。あの時、リュウに口づけして自ら死を選んだサラの姿と言葉は、ずっとリュウの心に残っていた。

「……そいつが、聖堂会のマスターとやらで、今では国を牛耳って、しかも、お前を殺そうと企んでいる親玉ってことか……」

 リュウは低い声で言った。

「……そのとおりだ」レインハルトがつぶやいた。

「だったら、リバイアサンなんてわけのわかんねえ奴を必死こいて探すよりも、むしろそいつらをぶっ殺せばいいじゃねえか! その方が神も喜ぶんじゃねえのか。だいたい、神は、そいつらをぶっつぶすためにリバイアサンを放ったんだろうが。そいつらを一人残らずぶっ殺せば、神だって満足して、世界を滅ぼすなんて馬鹿くせえことやめちまうんじゃねえのか」

 リュウが吠えた。

「リュウよ、神の御心は人間には量り知れん。神はこう言ったのだ、人を救うためにはリバイアサンを殺さねばならぬと。だから我々は、どうあろうともリバイアサンを殺さねばならぬのだ」

「だからといって、聖堂会が企てた陰謀にあんたがのこのこ引っかかってやる必要はねえだろうが。なんで、そんな罠に自ら飛びこもうと言うんだ」

 レインハルトはその言葉を聞くとふっと笑った。

「確かにな――だがもし私が赴いてイラルのものたちに兵を引くよう言葉をかければ、本当に彼らは兵を引くかもしれぬ。そうすれば無駄な血が流れることもないではないか。どんなにわずかでもその可能性があるというなら、私は行かなければならない。それが聖騎士たるものの務めだ」

 レインハルトはにこやかに笑いながらリュウを見た。

「私は、病に侵され余命いくばくもないヨセウス国王に、命が尽きるまで戦ってくれ、最後の時まで、国民のために苦しみに耐えてくれと言った。国王は私の言葉に頷き、最後の一瞬まで戦おうとされた。その私が、わずかな手間を惜しんで、尊い命が失われるのをみすみす見過ごしているようでは、私はあの世でヨセウス国王に合わせる顔がない。私もヨセウス国王のように、最後の一瞬まで己に与えられた使命のために戦い続けたいのだよ。ヨセウス国王との約束を果たすためにも行かねばならぬのだよ」

 リュウはレインハルトの微笑みを見ているともはや何も言えなくなった。結局、リュウはレインハルトとともに国境に赴くことを承知せざるをえなかった。

 こうしてレインハルトは、リュウにエトの預言に関する全てを話したのだった。たった一つ、自分がリュウの手によって殺されねばならぬということを除いて。

 

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