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【聖書世界をモチーフにしたダークファンタジー小説】『リバイアサン』(五十四) 託されたもの

 目を開けると天井が見えた。あたりを見渡したが、そこは見たこともない部屋で、リュウは自分がベッドの上に寝ているのをようやく知った。体が鉛のように重かった。体を動かそうとしたが力が入らず、リュウは諦めたように頭を枕に沈めた。

 いきなり扉が開いて誰だか知らない女が部屋の中に入ってきた。だがその女はリュウが目を覚ましていることに気づくと、びっくりしたような顔をしてすぐに出ていってしまった。

 リュウはなんで自分がここにいるのか思い出そうとした。確か、自分はイラルの勇者イロンシッドと戦っていたはずだった。危うく死にかけたがなんとか相手の肩を貫いたはずだった。膝をついたイロンシッドは負けを認め、首を刎ねろとリュウに言った。リュウは剣を振り上げた。だが突然、胸に衝撃があったかと思うと、頭が痺れたように真っ暗になった。リュウが覚えているのはそこまでだった。

 ただ、夢現ながら自分の側に立つレインハルトをぼんやり眺めていたような気がした。レインハルトの体はまるで神のように光り輝いていた。そして、その光がリュウの体をも包み込んでいた。レインハルトの顔はいつもレインハルトの顔のようではなかった。恐ろしい顔だった。だが、その光に包まれていると何の不安も恐れも感じなかった。ずっとこの光に包まれていたいと思った。体の中にあった嫌なもの、汚らわしいものがすべて消えていくような気がした。そして、その記憶はそこで途絶えた。

 だが、つい今し方、妙な夢を見た。

 奇怪な仮面をつけたものたちが、恐ろしげな儀式のようなものをしていた。そこには縄で縛られた自分がいた……いや、もう一人いた……もう一人のそいつも縛られていた。だがそいつは、いつの間にか縄を解き、龍の形をした仮面をつけ、手には剣を持ってテーブルの上に立っていた。そして、そいつは男たちの悲鳴をバックにダンスでも踊るようにそこにいたものたちを切り刻んでいた。いつか悲鳴は途絶え、男たちの体はただの肉塊と化していた。そして、そいつは俺の前に立って俺に言った、リバイアサンと。そして、そいつはつけていた仮面を脱いだ……

 だが、覚えているのはそこまでだった。リュウはなんとか思い出そうとしたがどうしてもそれ以上思い出すことができなかった。

 リュウはため息をついた。するとドアが開いて、一人の男が入ってきた。その男はリュウを見るとにっこりと微笑んだ。それはレインハルトだった。

「……結局、どうなったんだ……それに、いったいここはどこなんだ」

 リュウはベッドの脇に座ったレインハルトに尋ねた。レインハルトはリュウの顔を見ると、ゆっくりと話し始めた。

「リュウよ、お前はイラルの勇者イロンシッドと戦い、見事に勝利を収めたのだ。だがイラルは卑怯な手を使い、お前に毒矢を放った。お前は意識を無くしその場に倒れてしまった。すると、イラルの軍勢はイロンシッドがお前に勝ったのだと騒ぎ立てた……だが、イロンシッドは、そのような卑劣な行為を許すことができなかった。彼はイラルの卑劣な行為を暴き、糾弾したが、イラルの将は問答無用とばかりに、お前とイロンシッド目掛けて目もくらむほどの矢を浴びせかけたのだ。だが彼はその前に立ちはだかると、身を呈してお前を守り、そして数え切れぬほどの矢を浴びて死んでいった」

 レインハルトの言葉を聞いて、リュウの脳裏にイロンシッドの姿が蘇った。恐ろしいほどに強い相手だった。まともに戦ったなら、きっと自分が負けていた。そのイロンシッドが自分をみて言っていた。

「……何を躊躇している。お前は俺に勝った。勝ったものだけが生きられる……力があるものだけが生きられるのだ。それがこの世の真実だ……お前だってわかっていよう」

 その通りだった。それこそがリュウの信念であり、これまでの自分を支えてきた。そのために力を求めた。最強の男になろうと思ったのだった。だが、その言葉を聞いたリュウははたと思い至った。本当に強かったのはこの男だったと。自分はたまたま運が良かっただけだった。もう一度五体無事で戦えばきっと自分は負けただろう。それなのになぜ自分が生き残る……強いものが生きられるのだったら、生き残るべきはこの男であるはずではないか。その思いがリュウの体を動けなくさせた。その思いが、剣を持つリュウの手を止めたのだった。だが、そのイロンシッドが自分の身を呈してまで、リュウを守り死んでいった……

 レインハルトは、リュウの思いが分かるかのようにじっと黙ってリュウの顔をみつめていた。

 リュウはつぶやくように言った。

「……なぜ、俺は生きている……あの男の方が俺より何倍も強かった。勝つべきはあの男だった。あんただって、分かったはずだ」

 レインハルトはそんなリュウに諭すように言った。

「リュウよ、力があっても負けることがあるのだよ、いかに強かろうといつか負ける日が来るのだよ。だから本当に力があるものが求めるのは戦いに勝つことでない。自分の信念を曲げず、戦い続けることだ。イロンシッドは自分の信念を最後まで貫き、死の瞬間まで戦い続けて死んでいった。イロンシッドは真の強者であり、イラル一の勇者であった。だが、そのイロンシッドはお前に自分の誇りを託して死んで言った。リュウよ、イロンシッドの誇りを託されたお前はどう生きようとする――お前はそれを考えねばならぬのだ。それが生き残ってしまったものの努めなのだ」

 レインハルトの言葉が身に染みた。リュウの心を激しく叩いた。

「リュウよ、お前はかつて私に言った。力とは何なのか、教えてくれと――私とて、いまだその答えを探している途中なのだ。だがおそらく、イロンシッドの生きざまこそが、その答えの一つなのだろう。お前はこれからも多くを学ぶだろう。そうして探していけばいい。自分が求める本当の力とは何かということを」

 そして、レインハルトはその後に起こったことも手短に話した。神が御力を放たれ、レインハルトの兵二万は悉く死に絶え、今、リュウとレインハルトは、イラルの軍勢から開放されたダンの街で休ませてもらっていることを。

 リュウは、レインハルトの話を聞き終わると、自分が見た夢の話をし始めた。レインハルトはその話を静かに聞いていたが、リュウの話が終わると最後にこう言った。

「リュウよ、神はお前がリバイアサンと戦うことを望んでいるのだろう。その勝敗がどうなるのかはわからぬ。だが、神は明らかにされようとしている。お前とリバイアサン、どちらがこの世界の運命を決めるのかを」

 

ベッドに横たわる男と見守る勇者

 

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