「マッテオ、じゃあ、出かけてくるね!」
「リオラ、今日もいくのか? そんなに慌てなくたって、レインハルトたちはそのうち帰ってくるさ」
「だって、ここでじっと待っているなんて耐えられないわ! レインハルトもリュウもきっと疲れているに違いないから、早く、美味しいお茶を飲ませてあげたいの」
リオラはそう言うと紅茶葉にビスケットに湯沸かし用のポットやカップをいっぱいに詰め込んだバスケットを肩にかついで、表に飛び出していった。
マッテオはその後姿を見て苦笑したが、これまでどんな思いでリオラが日々を過ごしてきたかを思えば、一刻も早くレインハルトたちに会いたいというリオラの気持ちは分からなくもなかった。リオラはレインハルトたちがシオンを発って以来、暇さえあれば部屋にこもって祈りを捧げていた。食事もあまり進まない様子で、マッテオが声を掛けても、その時は元気に受け答えするのだが、またすぐにぼんやりとして手が止まってしまうのであった。だから、レインハルトがイラル軍を打ち破ったという知らせがウルクに届いたときは、それを聞いたリオラは思わず倒れそうになってしまったほどだった。
それ以来、リオラは毎日街外れの街道まで行って、レインハルト達の帰りを待っているのであった。最初は女が一人で城を出るのは危険だから、誰か弟子と一緒にいけと言ったのだが、日が暮れる前には帰ってくるから大丈夫だとリオラが言うし、前の国王のマナセの陰謀が明らかにされ、英邁と評判のアイン皇子が国王についてからと言うもの、アイン国王の即位を祝おうと国中から人々がウルクを訪れ、その整理に警官隊も増員されて至る所で目を光らせているので、マッテオもそれほど心配することもなく毎日送り出していたのだった。
リオラは、いつものようにマッテオの家を出るとウルクの目抜き通りを歩いていった。
今日も通りには人が多く行き交い、街全体がお祭りのように沸き立っていた。どの顔を見ても笑みがこぼれ、みな楽しそうに歩いており、その姿を見るリオラの顔も自然とほころんだ。リオラの足は軽やかで、すれ違う子どもたちには手を振り、馴染みの店の店員たちには、おはようと声をかけ、その姿はまるで妖精が楽しげに踊るようであった。
城の門衛ともすっかり仲良しになっていたリオラは行ってくるねと手を振ると、門をくぐって元気に街道を歩いていった。そこから三キロも歩くと小高い丘があり、リオラやいつもそこで国境方面から来る旅人たちがウルクを目指して歩いてくるのを眺めながら、レインハルトとリュウが現れるのを首を長くして待っているのだった。
街道に出てもリオラは陽気だった。太陽はきらきらと照り輝き、暖かな風が舞い、花は咲き乱れ、鳥が楽しそうに囀っていた。リオラはなんだか今日こそレインハルトたちが帰ってくるような気がして、うれしくなった。
すると、街道に出てからずっと目の前を歩いていた老婆が急に立ち止まったかと思うと、道端にしゃがみこんでしまった。リオラはその老婆の方に駆け寄ると、「どうしました?」と声を掛けた。
すると老婆は、「……ちょっと息苦しくなって……良かったらお水を少しいただけませんか」と息も絶え絶えの様子でつぶやいた。
リオラはバスケットから水筒を取り出すと、老婆の口にあてがって飲ませてやった。
「……ああ、美味しい……生き返ったようだわ。本当にありがとう」老婆はほっとしたように言った。
「おばあさん、どこまで行くの? 街に戻った方が良くはない?」リオラは老婆を見て心配そうに言った。
「私のうちは、この道をちょっといったところにあるの」老婆は街道から分かれて森の中に続いている小径を指して言った。
「だったら、おうちまで送っていくわ」リオラはそう笑顔で言った。
老婆は悪いわと遠慮していたが、リオラが何度も言うので、それじゃとリオラと一緒に歩き出した。
二人は街道を離れ、森の小径を歩いていったが、老婆はやはり息が苦しそうで時折足が止まった。その都度、リオラは老婆の背中を摩り、大丈夫と心配そうに声を掛けた。老婆はそんなリオラに何度も頭を下げて感謝の言葉を述べると、よろよろと歩き出すのであった。
十分ほど歩くと、森の中に一軒の家が見えてきた。
「ああ、あれが私の家です」老婆はようやくほっとしたように言った。
老婆はリオラに支えられるようにその家の戸口まで行くと、ポケットから鍵を取り出して戸を開けた。リオラが戸の中を覗くと、中はカーテンが全て閉められていたので薄暗かった。
「おばあさん、カーテンを開けるわね」リオラは老婆が転ぶと危ないと思ったので、老婆を置いて一人小屋の中に入っていった。
リオラは窓の方に近寄り、カーテンを開けようとした。その時だった。いきなり後ろから抱きすくめられ、強い臭いが染み込んだ布を鼻にあてられた。必死に抵抗したが急に全身の力が抜けていき、意識が遠のいていった。リオラが最後に見たのは、冷たい目で自分を眺めている老婆の姿だった。