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【ダークファンタジー小説】『リバイアサン』(六十) 乱入

 豪奢な部屋の一室で、ジュダはゆっくりとブランディを飲みながら、アモンの報告を聞いていた。

「……そうか。レインハルトは承知したか」ジュダがつぶやくように言った。

「はい。いささか拍子抜けするほど、あっさりと承諾しました」アモンが囁くように言った。

「何か、言いはしなかったか」

「……たいしたことは何も……」アモンが少し口ごもった。

「構わん。言え」ジュダが言った。

「はっ、……恐れながら、彼奴め、こんなことを言っておりました。『神の御心は測り知れない。お前たちの策謀が成功したなどとはゆめゆめ考えぬことだ。神はお前たちの不実をよくご存じでいられるのだ。お前たちの破滅のときは迫っているのだ。それを忘れるな』と」

 それを聞いたジュダは氷のような表情で言った。

「あの男は相変わらずだな。以前も同じようなことを私に言っていた」

 アモンはそんなジュダの姿を仰ぎ見ると、恭しく言った。

「あの時、ジュダ様は私目に仰りました。『あの男はいずれ、想像すらできぬほどの苦しみを味わう羽目になるであろう――まさに神のごとき力によって』と。あなた様のお言葉どおりとなりました。あの男もようやく悟ることでございましょう。この世で最も力を有するのが誰であったかを」

「……アモン。お前はレインハルトが私に負けたと思うか」ジュダはそう言うと、静かにグラスを傾けた。

 アモンは不審げにその姿を眺めた。

「……レインハルトは自ら死に赴くのだ。なぜなら、やつは神を信じているからだ。神が必ず、私を罰すると信じているのだ。だから、私はまだレインハルトに勝ったとは言えん。私がレインハルトに勝つとしたら、それは私が神に勝った時だ。その時こそ初めて、私はレインハルトに勝利したと言えるのだ」そう語るジュダの顔はいつになく真剣であった。

 

豪華な椅子に座る金髪の美しい男

 

 その時だった。ジュダ様と叫ぶ従者の声がドアの向こうから聞こえた。

「騒がしいぞ。こんな夜更けに何事か!」

 アモンがジュダの声を代弁するかのように大喝した。

「誠に申し訳ありません。ただ今、屋敷に乱入者がありまして、従者の一人が捕らえられました。そやつは、ジュダ様に会わせろ、さもなくば、その従者を殺すと申して騒いでおります」扉の向こうから再び声が聞こえた。

 アモンはいかに応えるべきかジュダの顔色を伺ったが、ジュダはアモンを手で制すと、外に向かって鷹揚に言った。

「そのものの名はなんと申す」

「はっ、そやつは、自分のことをレインハルトの従者であり、恐れ多くもジュダ様の御子息カイファ様を殺害したものだなどと騒いでおります」

 その言葉を聞いた瞬間、ジュダの顔に笑みが浮かんだ。

「……確か、リュウと言ったか」

「はい。マナハイムで処刑寸前のところをレインハルトに救われたあの小僧に違いありません」アモンが困惑したように言った。

「面白い。会おうではないか。そのものを大広間に通しておけ」

 そう言うと、ジュダは初めて面白くて溜まらぬとばかりに笑った。

 

 リュウはマッテオの家を飛び出すと、まっしぐらにジュダの屋敷に向かった。リオラが誘拐されたのは、レインハルトの周りに張り巡らされた陰謀の一つであることは火を見るより明らかだった。そしてそんなことを企むのは、あの男以外にいなかった。レインハルトが神の敵とみなしている聖堂会の親玉であり、今やこの国を牛耳っている司法大臣のジュダ。しかもジュダはリュウが殺したカイファの父親でもあった。マハナイムでのリンチがあの狂った署長の独断だったのか、それともジュダが裏で糸を引いていたのか真相は分からなかったが、とにかくリュウはジュダの息子であるカイファを殺した咎で捕らえられ、サラは、それがもとで死んだのだった。ジュダはリュウにとっても因縁ある男であった。

 イラル征伐に赴く前夜、リュウはレインハルトに言ったものだった。リバイアサンなんてわけのわからない奴を殺すより、神を貶めんとするジュダとその一党を殺した方が手っ取り早いと。その思いは今も変わっていなかった。いや、こんなことになってしまった今となっては、そうしていれば良かったという思いが募るばかりであった。

 ジュダの屋敷はシオンに住むものであれば誰でも知っていた。それは前国王マナセが大公時代に住んでいた家を改築したもので、その規模といい、豪華さといい、王宮にもひけをとらぬほど壮大華麗な建物であった。だが孤児院で育ち、盗みや強盗まがいのことまでしてきたリュウにしてみれば、でかい家というのが警備の目が行き届かず、侵入しやすいということを肌で知っていた。

 

警備兵たち

 

 リュウはジュダの屋敷につくと、人目が少ない裏手から柵をよじ登って忍び込んだ。そして、緊張感もなくのこのこと庭を巡回していた衛兵の背後に回って刃を突き付けると、ジュダに会わせろと騒ぎ立てたのだった。

 リュウが本気であることは、人質となった衛兵もリュウを取り巻くものたちもすぐに分かった。いやしくも司法大臣の屋敷に忍び込むなど正気の沙汰ではなかった。よほど切羽詰まったか、それとも気が狂った狂人であるかそのどちらかとしか思えなかった。

「おい、さっさとジュダを連れてこい! いつまで待たす気だ!」

 リュウは、自分を取り巻く衛兵たちを睨みつけた。衛兵たちは何と答えてよいやら、顔を見合わせるばかりだったが、それがさらにリュウの怒りを増幅させた。

「てめえら、俺が本気じゃねえとでも思ってるのか。それとも、こんな奴は殺しても構わねえってか!」

 そう言うとリュウは剣を人質の喉に押し付けた。ルークからもらった切れ味鋭い刃は、肌に軽く触れただけで血がうっすらと滲み出てきた。人質となった衛兵は既にしゃべることもできず、満足に立つこともできぬありさまだった。

「まて! 待つんだ! いま、ジュダ様に伝えにいったところだ。じきお返事があるだろう」隊長と思しき男が慌てたように言った。

「それじゃ、一分だけ待ってやる。それで返事がねえなら、こいつの首はねえと思え。そしたら、てめえら全員皆殺しにして、俺一人でジュダを探しにいかしてもらうぜ」リュウはそう言うと、周りの衛兵たちを睨みつけた。

 五十人以上いるようだったが不安など微塵も感じなかった。イラルの勇者イロンシッドと対峙したあの時と比べれば、目の前にいるものたちはただの案山子であった。こんな奴らが何人いようが負ける気はしなかった。それは強がりでも捨て鉢の勇気でもなかった。レインハルトとともに旅した中で得た確かな感覚であった。だがリュウの目的はこんな雑魚を殺すことではなかった。リオラを救い出さなければならない。ジュダと刺し違えても、それだけは果たさねばならないと思っていた。そのためにはジュダと交渉する必要があった。人質を取ったからといって、あのジュダがすんなりということを聞くとは思えなかったが、会うことさえできればリュウにも考えがあった。今のリュウなら、こんな取り巻きが何人いようが隙を見てジュダの首に刃を突きつけることができると思っていた。そうして、ジュダ自身を人質として、リオラを取り戻せばいい。リュウはそう考えていた。

 自信と決意に満ちたリュウからは一部の隙も見つけることはできなかった。衛兵たちは言葉もなく、ただリュウを取り巻くことしかできなかった。物音ひとつしなかった。衛兵たちの呼吸すら聞こえそうなほど空気が張り詰めていた。約束の一分が過ぎようとしていた。

「どうした、もう一分たったぜ。どうやら、ジュダはこんな下っ端の命はいらねえと見えるな。もしかして、もう逃げ支度でもしてるんじゃねえだろうな。しょうがねえ、じゃあ、てめえらをぶっ殺して、ジュダを探しにいくだけだ」

「待て!」

 リュウが人質の首を掻っ切ろうとしたその時だった。奥の方から声がして、ちょび髭を生やした執事のような男が間を割って進み出てきた。

「ジュダ様がお目通りなさるそうだ。私についてこい」

 リュウは不審げな顔で執事を見たが、執事はリュウが人質をとっていることなど眼中にもないように、そのまま背を向いて歩き出した。

 リュウは用心深く、周囲を取り囲む衛兵たちを見渡すと、人質を引きづって歩き出した。それを見守る衛兵たちは一歩も動くことなく、リュウと執事が屋敷の中に入るのを見守っていた。

 屋敷の中に入ると、メイドや使用人たちが壁にはりつくようにして、恐ろし気な様子でリュウたちが歩むのを見守っていた。リュウはその者たちを睨みつけながら警戒を怠らず、一歩一歩慎重に前に進んでいった。しばらくすると廊下は行き止まりとなり、大きな扉の前に着いた。執事はその前に立つと、中に向かって声を掛けた。

「ジュダ様、連れてまいりました」

「――入るがいい」

 中から、ひどくこの場にそぐわない軽やかな声が聞こえてきた。その言葉を聞いた執事は、重々しく扉を開いた。そして、人質を抱きかかえたままのリュウに向かって、中に入るように手を伸ばした。リュウはすぐに動くことをせず、外から部屋の様子を伺った。だが中には人がいるようには見えなかった――いや、たった一人、奥の方の一段高いところに、豪奢な椅子が据えられ、そこに金髪の男が座っているのが見えた。リュウはその男がジュダであることを確信した。そしてゆっくりと中に入っていった。

 

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