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【ダークファンタジー小説】『リバイアサン』(六十三) 戦士

 店に戻ってきたマッテオは、店の扉を締め切ると、弟子たちに集まるように言った。そして、みんなの顔を見ると、ゆっくりと話し始めた。

「ブラム、レビ、メースよ。俺は良い師匠ではなかったが、お前たちは今日まで頑張って俺についてきてくれた。もう俺がお前たちに教えることは何もない、お前たちはもう一人前の立派な鍛冶職人だ。これからはみんな一人でやっていけるだろう。だから、お前たちは今日で俺のもとを去るがいい」

 マッテオの言葉にびっくりしたブラムが叫んだ。

「師匠、私たちはまだまだいたらない弟子です。どうして、急にそんなことを言われるのですか……まさか、レインハルトさんを!」

 マッテオは驚く弟子たちの顔を見るとにっこりと微笑んだ。

「お前たちも知ってのとおり、俺は昔は戦士だった。だが、いつか俺はただの人殺しになり果てていた。人の命なんぞ蚊ほどにも思わなくなっていた。人を殺すことに何の感情も感じなくなっていた。そんな俺を救ってくれたのがレインハルトだった。レインハルトはそんな俺の噂を聞きつけるとわざわざ俺に会いに来て俺を叱りつけた。だが俺はもはやレインハルトの言葉すら耳に入らなくなっていた。俺はこの薄汚れた世界で神だ愛だ正義だと綺麗事を言うレインハルトが気に食わず、しゃらくさいと切りかかった……いや、実際のところは単に万の敵と称されるレインハルトを倒して、どうせなら俺が天下一になってやろうと思っただけだったのもかしれない――だが、レインハルトは俺の叶う相手などではなかった。レインハルトは俺が立てなくなると、今度は剣を捨てて、その拳で俺のひんまがった根性を叩き直そうと俺を何度も殴りつけた。でもその時、俺を殴りつけるレインハルトは涙をこぼしていた。レインハルトは泣きながら俺を殴っていた。馬鹿野郎、馬鹿野郎と叫びながら、俺を殴っていた。それは俺にはまるで親父の声のように聞こえた。俺は殴られながら、ガキのころを思い出していた。悪いことをすると、こんな風に親父によく殴られたもんだった。あの時も、親父は赤い目を腫らして、泣きそうな顔をして、俺を叩いていたってな。そうして俺はようやく人の心を思い出すことができたんだ――おまえたち、人ってのは生きる中でどうしてもやらなきゃならないことが一つや二つはあるもんだ。俺は、レインハルトに命をもらった。だからレインハルトに命を返さないといけない。レインハルトがどうしてあんな目に遭ったのか分からないが、俺にはそれを黙って見過ごすことはできない。もしかして、俺はレインハルトともども反逆者の汚名を着ることになるかもしれん。だが、レインハルトとともに死ねるならこんなにうれしいことはない。でも、お前たちにまでそんな汚名を着せるわけにはいかない。だから分かってくれ、今日を最後に俺はお前たちを絶縁する。もう、お前たちは俺とは何の関係もない。これからもそうして生きるんだ」

 マッテオの言葉を聞いたブラムたちの目からは涙が溢れていた。皆、何かを言いかけたが、その言葉はうまく喉から出てこなかった。マッテオはそんな弟子たちをみてにっこりと笑うと、三人を優しく抱きしめた。

「俺は幸せ者だ。お前たちみたいな弟子をもって、レインハルトのような友をもって。この世に生きてこれ以上の幸せがあろうか」

 レビもブラムもメースも涙を浮かべてマッテオの体を思いっきり抱きしめた。いつもこの大きくて暖かい体に抱きしめられながら技を学んできた。ブラムたちにとって、マッテオは戦士でも人殺しでもなんでもなかった。厳しく、そして暖かい、かけがえのない人生の師だった。

 マッテオは三人から手を離すと、奥の方に行き金庫をもってきた。そして、そこにある金をのこらず三等分すると紙に包んでそれぞれに渡した。

「これは少ないが俺からの門出の祝いだ」

 三人はそれを大事に受け取ると、一人一人マッテオに深く礼をして、店を出ていった。

 マッテオはその姿をうれしそうに眺めていたが、全員が出ていき一人きりになると、裏にある物置の方に歩いていった。そして扉を開けると、奥の方に眠っていた斧と鎧を引っ張り出した。それはレインハルトに諭されて以来ずっと封印していたものだった。

 マッテオは鎧をつけ、斧を握ると、店を出て王宮に向かって歩き出した。その姿を見た通りの人々は皆唖然として誰一人声をかけるものはいなかった。その姿はまさにあのイラルとの大戦において、レインハルトとともに勇名を馳せた千人力のマッテオそのままの姿だった。

 

千人力の戦士

 

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