アマチュア作家の面白い小説ブログ

素人作家がどこまで面白い小説を書くことができるか

【ダークファンタジー小説】『リバイアサン』(第一部 完) 残されたものたちの決意

 雨はまだ降り続いていたが、いつの間にか雷鳴は止み、今は糸のように細い雨が静かに降っていた。それは天が涙しているような、あるいは大地に染まった血を洗い流しているかのようでもあった。あれだけいた群衆はいつの間にか誰一人いなくなっていた。アインやジュダたちの姿も今はなかった。その中でリュウはたった一人、雨に濡れながら広間に佇んでいた。リュウの前には数え切れないほどの矢を浴びた男が横たわっていた。それは千人力のマッテオだった。リュウはマッテオの脇にかがみこんでその顔を見た。マッテオの顔もまたレインハルトと同じく穏やかな笑みを湛えて、まるで眠っているようですらあった。

――おい、リュウ。今のは完全にやられたよ。真剣だったら俺は死んでいたな。全く、お前ってやつは、あっという間に強くなっていきやがる。こりゃ、レインハルトもうかうかしてられないな――

――あんたにだいぶしごかれたからな。今日もまた、背中を思いっきり叩かれるんじゃないかとびくびくしたぜ――

 リュウは、マッテオに剣の業を教わったことを思い出していた。あの訓練のおかげで、リュウはさらに成長し、あのイラルの勇者イロンシッドにも勝つことができたのだった。リュウはマッテオの顔を見て、小さくつぶやいた。

「あんたのおかげで、俺はイロンシッドってすげえ奴に勝つことができたんだぜ。あんたが死んじまったら、礼が言えねえじゃねえかよ……あんたもレインハルトとリオラのために命を捧げたんだな……マッテオ、ありがとう」

 マッテオはまるでその声が聞こえているかのようにうれしそうに微笑んでいた。
 その時、後ろから自分を呼ぶ声が聞こえた。リュウが振り返ると、そこにはブラム、レビ、メースが立っていた。そして、もう一人、彼らの後ろにリオラの姿があった。

 リオラはまるで夢遊病者のようにふらふらと前に出てくると、リュウのことを見向きもせずに十字架に掛けられたレインハルトの前にいき、その体を摩った。

「……リオラ」

 リュウはリオラに言葉をかけようとしたが、それ以上何も言うことができず、リオラの肩に手を置いた。ところがその途端、リオラは狂ったように暴れだした。

「どうしたリオラ! 落ち着け、落ち着くんだ!」

 リュウは必死にリオラを押さえつけようとした。そして、それを見たレビたちも慌ててリオラの体を抑えようとした。だがリオラはそこにいるのが誰が誰だか分かっていない様子で、喚き散らしながら、ひたすらもがき続けた。

「いったい、どうしたっていうんだ!」リュウが叫んだ。

「それが、王宮からリオラさんがたった一人で出てくるのを見て、思わず声を掛けたんですがなんだかいつものようじゃなくて……なんだか気がふれたような感じで……」暴れるリオラの手を押さえつけながらブラムが言った。

 リュウは驚いてリオラの顔を見た。その目は確かに虚ろで焦点も合わず、リュウの顔も分かってないようだった。リュウは、きちがいのように暴れもがくリオラを力一杯抱きしめた。そして耳元で言い続けた。

「リオラ、俺だ、リュウだ! リオラ、お前は一人じゃない! 今度は俺がお前のそばについてやる。決してお前を一人にしやしない! だから、心配するな!」

 それでもリオラは獣のように暴れ続けた。リュウは初めて会った時にリオラが言った言葉を思い出していた。

――レインハルトが死んじゃったら、生きている意味がないし……もし、あなたがレインハルトを殺したら、そのときは私も殺してね。約束だよ、絶対だからね――

 リオラはそんなことを真顔で言っていた。その時、リュウは冗談言ってんじゃねえと怒鳴りつけた。だが今、リュウはその言葉に込められたリオラの想いが分かりすぎるほど分かった。

「……リオラ……ごめん……ごめんな……レインハルトを殺したのは俺だ……俺が殺したんだ……恨むんなら俺を恨んでくれ……俺を憎んでくれ……でも、俺はお前を殺すことなんてできねえよ……お願いだ、生きてくれ、レインハルトのために生きてくれ……俺のために生きてくれ」

 リュウの目から涙がこぼれた。リュウは涙をこぼしながら、リオラを必死に抱きしめ、そしてリオラに詫び続けた。

 その声が、その心がリオラの心に届いたのだろうか。リオラは力尽きたように膝を落とした。それに合わせるようにリュウも膝を崩した。リュウは膝をつきながらリオラを抱きしめ続けた。リオラはぐったりとして、リュウの肩に顔を落とした。その目から涙が一筋流れていた。

 リュウは、しばらく赤子をあやすようにリオラを抱いていたが、リオラが完全に眠りについたの知ると、その様子を黙って見ていたブラムたちを見上げた。

「みんな、お願いがある。レインハルトとマッテオをこんなところに残しておけない……二人に墓を作ってやりたいんだ。エトの娘のエリザって人の墓の隣に二人を葬ってあげたいんだ」

 レビたちは、リュウが言ったことにびっくりしたが、すぐに頷きあった。

「喜んでやります。やらせてください」ブラムは強い口調でそう言ったが、言葉を切ると今度は恥ずかしそうに下を向いた。そして訥々と語りだした。

「……僕たちは師匠から絶縁すると言われました。おそらく、このことを決めていたんでしょう。僕たちに累が及ばないようにしたかったんでしょう。僕たちは、そのことをなんとなく感じました……そして、そう感じた僕たちは……僕たちは正直ほっとしたんです。反逆者の弟子だと思われたくない、関係者だと思われたくないという気持ちが心のどこかにあったんです。だから僕らは師匠を置いて出ていってしまいました……でも、やっぱり気になって、ここに来てしまったんです。そこで僕らは師匠が人々に訴えるのを聞きました。師匠がレインハルトさんの代わりに自分に石を投げろというのを聞きました……でも、その時も僕たちは何もできませんでした。人々の前に立って、やめてくれという勇気さえなかったんです。僕たちは師匠が石に打たれるのをただ見ていたんです……だけど、あなたの姿を見て、あなたの声を聞いて、僕たちはどんなに自分たちが臆病で、恥知らずだったか知りました――リュウさん、僕たちはもう迷いません。師匠は立派な人でした。レインハルトさんと同じく立派な人でした。僕たちは胸を張って、鍛冶師マッテオの弟子として生きていきたいと思います」

 そう語るブラムの目は光り輝いていた。リュウはその目を見て思い出した。マナハイムで会ったルークを、シオンへの旅の途中で会ったレオンや他の子どもたちの目を。みんな、同じように光り輝いていた。それは全て、レインハルトという男が撒いた種から出た果実だった。人の心の中に撒いた種が、勇気や誇りや愛となって実ったのだった。そして、その種はいまやリュウの中でも大きく育ち始めていた。

 

 埋葬が終わり、リュウはレビたちと別れの挨拶を交わしていた。

 リオラは、まだ正気を取り戻すことができず、まるで魂が抜けた人形のように虚ろな瞳でリュウの後ろに突っ立っていた。

「あんたたちは、これからどうするんだ」リュウはブラムとレビとメースに聞いた。

 三人は顔を合わせると、まずブラムが口を開いた。

「僕はあのマッテオの店に残ってマッテオの跡を継ぎたいと思います。このウルクにマッテオという男がいた証をずっと残していきたいんです」

「僕は故郷に帰って、そこで店を開き、マッテオの業を広めたいと思います」レビが言った。

「僕はイラルに行ってみたいと思います。そして、そこで店を開けたらと思っています。師匠はいつも言っていました。俺はイラルの奴らに大変な借りがある。いつかあそこに行って、自分がした償いがしたいんだって。だから、師匠の代わりに僕が行ってみたいんです。そして、師匠の代わりに僕ができる償いをしたいんです」メースが力強く言った。

 リュウは三人の言葉を聞いて嬉しそうに頷いた。それを見たブラムが聞いた。

「リュウさんたちは、どこへ行くんですか」

「リオラがこんなことになっちまったんで、とりあえずマナハイムに戻るよ。そこには良い医者がいるんだ。そして、少し落ち着いたら、メキドに行こうと思う」

「やっぱり神がお示しになった道を歩かれるんですね」ブラムが感慨深そうに言った。

 だがリュウは首を振った。

「俺は神の預言なんて信じないし、神の言うことを聞くつもりなんて毛頭ない。俺がそこにいくのは、レインハルトが……俺の親父がそこに行けと命じたからだ。そして、俺自身、自分が何者なのか知りたいと思ってきたからさ」リュウは少し照れ臭そうに言った。

 ブラムたちは、いかにもリュウらしい言葉にうれしくなった。

「リュウさん、また会いましょう。ウルクに来たら必ず寄ってください」

「当たり前さ。必ず寄るよ……絶対もう一度ここにこなくちゃなんねえ……あの男と決着をつけるためにな」そう語るリュウの目は、火のように燃えていた。

 こうして、リュウと正気を失ったリオラは、マナハイムへと旅立っていった。それは、ちょうどエトが死んだ日の一年後のことだった。
 エトが残した預言のとおり、リュウは大きく成長し始めていた。だが同じように、この世界のどこかにいるリバイアサンも着実に成長していた。神が預言した終わりの日まであと二年。リュウとリバイアサンが見える日は確実に迫っていた。

 

丘の上にたつ少年たち

 

           第一部 完

 

∞∞∞∞∞∞∞

 作者より

 

 この長い作品をここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。

 ご覧の通り、この作品はまだまだこれからも続きます。

 第二部は書き終えましたが、それでも、この作品が完成するまでにはまだまだ時間がかかりそうです。

 この作品を完成させ、皆様にご覧いただけることが、僕の目標でもあります。

 ですが、早く書き終えたいという気持ちとは裏腹に、この物語をずっと書いていたいという気持ちも少なからずあります。

 リュウがこの先、どんな運命をたどるのか、リバイアサンとは一体何者なのか、もしかしたら、この作品の続きを一番読みたいのは僕自身なのかもしれません。

 ということで、『リバイアサン』については、一旦、ここで終了し、明日からは、これまでの作品とはガラッと変わった現代を舞台にした推理ミステリーをお届けしたいと思います。

 こんなアマチュア作家の僕ですが、もし興味を持っていただければ、次作もお読みいただければ幸いです。

 なお、次作は完結していますので、ご安心ください。

 

 

目次に戻る

TOP