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【哲学ミステリー小説】『ツァラトゥストラはかく語りき』(十八)

 翌日、定時の捜査本部会議が開催されたが状況は芳しいものではなかった。内藤ゼミのOB全員から聞き取りした結果、宮澤や内藤に恨みをいだくような人物は見当たらず、殺人を想起させるような事実は何一つ浮かび上がってこなかった。

 上條和仁に関しては例外なく好印象の人物として捉えられており、殺人を犯すというイメージからは縁遠い人物に思えた。佐々木や田口についても、現在はごく普通のサラリーマンとして働いており、事件前後から最近の動向についても綿密な調査がなされたが、特に不審な点は見当たらなかった。

 内藤教授については、最近めっきり老けたとか元気がなかったという報告はあったが、これとても、末期癌に侵され余命いくばくもないという事実を考えれば、さほど不思議ではないように思われた。

 アリバイについても確認がなされ、二十四日の深夜と翌二十五日の午前に上條と田口が買い物にいったというコンビニの防犯カメラを調べたところ、どちらにも二人の姿がはっきり映っていた。それぞれの正確な時間は午前0時四十一分と午前九時十三分となっていた。御茶ノ水駅から青梅行の最終電車は午前0時四分発の中央線なので、二人が電車に乗った可能性は完全に消えた。

 宮澤が利用したタクシーについては都内のタクシー会社に照会していたが、それらしいタクシーが一台だけ見つかった。運転手に写真を見せたところ、宮澤が佐々木のアパート前から乗車し、青梅街道沿いの集落で降りたことと証言した。暗かったので判然とはしなかったが待ち合わせているような感じではなかったし、車内でもずっと黙ったままで、窓の外を見ていたと運転手は語った。一応、宮澤が下車した集落付近を聞き取りをしたが、事件について関係がありそうな情報は一切上がってこなかった。宮澤が降りた場所は死体発見現場から三キロほど離れた奥多摩の最奥の集落で、歩いていけない距離ではなかった。

「どうやら上條たちのアリバイは完璧ですね。ちなみに始発は四時四十三分というのがありますけど、青梅までは一時間以上かかりますし、だいたい青梅駅から殺害現場まで二十キロ以上あるんですから、始発で行ったとしても九時十三分までに戻ってこられるはずもありません」会議が終わると桜は途方にくれたように浩平に話しかけた。

「死亡推定時刻は八月二十五日の午前三時だったな。あいつらの供述が全部でたらめだとしても少なくても上條と田口は午前0時四十一分と翌朝九時十三分には御茶の水にいたってわけだ。その間、九時間か。宮澤を殺して戻ってくる可能性がないわけじゃないが――」浩平は途中まで言って顔を曇らせた。

「時間だけ見れば可能性はありますけど、現実的に考えると不可能ですよ。まず移動手段がないですもん。青梅に向かったタクシーは宮澤が使った一台しかないようですし、あの三人は自動車免許も持ってないから車やバイクも使えません。そりゃ誰かに乗せてもらえば別ですけど。そうすると四人以上の共犯ってことになってしまいます」
浩平は顎に手をやり、しばらく考え込んだ。

「なあ、不思議だと思わないか?」

「何がですか」

「宮澤は青梅街道沿いの山林の中で殺された。あそこで殺されたことは血痕の状況を見れば一目瞭然だ。だが、そもそもなぜそんなところに行ったんだ。タクシーを降りて山道を三キロも登って、さらにそこから森の中に分け入って――なんで、そんなところに行かなくちゃいけないんだ。宮澤が自分でそこに行ったことは間違いない。誰に呼び出されたかは不明だが、あいつは自分の意思でタクシーに乗った。そして青梅街道沿いの集落で降りた。一人で歩き始めたのか、それとも途中で誰かと落ち合って山道を行ったのかそれは分からない。が、いずれにせよ普通なら考えられない場所で誰かと会ったんだ」

 浩平は桜を見つめた。

「お前は、深夜に山の中に呼び出されて、のこのこ出ていくか?」

「絶対いきません!」

「それが当たり前だ。俺だって、普通だったらそんなところにはいかない」

 浩平はまたしばらく考え込んだ。そして、つぶやいた。「でも、普通の状況じゃなかったとしたら――」

「どういうことですか」桜は眉をひそめた。

「たとえば、死を覚悟していたとしたら……」

 

闇の中を歩く男

 

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