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【哲学ミステリー小説】『ツァラトゥストラはかく語りき』(十九)

「なんだと!」

電話を手にした近藤管理官の怒鳴り声が室内に響いた。「おい、テレビつけろ! 帝都テレビだ!」壊れんばかりに受話器を置いた近藤が叫んだ。

 桜が急いでテレビのリモコンのスイッチを押すと、室内にいた全員がテレビの周りに集まってきた。テレビに映った番組は桜も知っていた。芸能界や社会のゴシップ情報を中心に扱う番組で、メインキャスターがニュースを一刀両断するやり方がうけていた。

 

ニュースアナウンサー

 

『皆さん、こんにちわ。今日は予定を変えてこのニュースから始めます。皆さんは今、都内で奇妙な事件が起こっているのをご存知でしょうか。帝都大学の元教授と元学生が相次いで不審な死を遂げているのです。現在、警視庁はこの事件を殺人事件とみなして捜査を行っていますが、なんと今日、その犯人と名乗る人物が帝都テレビあてに手紙を送ってきたのです。その封筒には犯人しか写しえない写真が同封してあり、明らかにこの事件の関係者からのメッセージに違いないと思われるのです』

 そう言うとキャスターはどこにでもあるような白い封筒を手に取った。そしてもったいぶった手つきで封筒から手紙と一枚の写真を取り出すと、その写真を重々しくカメラの前にかざした。捜査本部にいた全員がテレビの前ににじり寄った。

 それは暗い写真に見えた。しかし写真がズームされるに従って、ある物体が明確に映し出されているのが分かった。写真の中に写っていたのは宮澤の死体であった。暗い森の中で顔をこちらに向けてうつぶせに倒れている宮澤。写真の暗がりから判断すると撮影した時間は日没後と思われた。桜は死亡現場を思い出し、この写真が宮澤の死体写真に間違いないと確信した。しかし、一つだけ妙なことがあった。横を向いた宮澤の顔には例のカードは挟まっていなかったのだ。

『我々はこの写真が八月二十六日に奥多摩で発見された帝都大学OB、宮澤拓己さん二十五歳の死体であることを確認しております。そして、この写真の中にはこれがこの事件の犯人から送られてきたものであるという証拠がはっきりと写っているのです。実は警察がこの死体を発見した時には被害者の口には名刺サイズのカードが挟まっていたのです。これがそのカードと同様のものです』

 そう言って、キャスターは白いカードを掲げた。カードには犯行現場に残されたものと全く同じく『死の説教者』を意味するドイツ語 Von den Predigern des Todes が印字されていた。

『しかし、みてください。この写真に写っている男の口にはこのようなカードは挟まれていません。つまりこの写真は警察が発見した前に撮影されたものであり、この事件の犯人しか映しえないものなのです』キャスターは顔を紅潮させて話を続けた。

『そして、これは犯人からのメッセージが書かれた手紙です。私たちはこの手紙を見て警察に届けるべきか悩みました。しかし、ここに書かれている内容を世間に公表することを犯人が望んでおり、また事実を正しく伝えることが報道の使命であると信じることから、この場でメッセージを公表することを決断いたしました』

「何が報道の使命だ!」近藤が真っ赤になって、足元のゴミくず入れを思いっきり蹴とばした。その様子を見てにんまり笑っているかのように、キャスターは満足げな表情を浮かべて手紙を読み始めた。

 

――私は奥多摩で発見された宮澤拓己を死に至らしめたものである。同封した写真は宮澤を殺した後に撮影した写真である。私はこの写真を撮ったあと、同封したカードと全く同じものを宮澤の口に押し込んだ。警視庁の諸君がこの写真を見れば、これがどういう意味を持つかよく理解できるだろう。私はこの一週間、私の踏み出した一歩が世間にどう伝わり、社会の変革がどのように始まるのか大いなる期待を持って待っていた。だが警視庁の諸君の捜査ぶりを見るにつけ、彼らに任せていてはいつまで待っても私の待ち望むものが始まらないと確信にするに至った。もはや、私自身の手で明らかにせざるをえない。私がなそうとしている偉業の意味と目的を。
 権力に屈せず、国民に真実を伝えることを社会的使命とするマスコミ諸君。私がこれから語る内容を全世界に公表してもらいたい。これは人間という種に与えられる最後の啓示になるであろう――

 

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