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【哲学ミステリー小説】『ツァラトゥストラはかく語りき』(四十二)

 ツァラトゥストラの手紙はその言葉通りマスコミ各社にも届けられており、メディアはこの一大イベントを大々的に報じていた。警視庁が依頼するまでもなく、東京キー局全てからライブでこのイベントを報道したいと申し入れがあり、全国民がこの戦いを見ることになるであろうと思われた。

 警視庁の一挙手一投足が注目される中、警視庁からツァラトゥストラと討論するものの人選結果を報じる旨の通達がマスコミ各社になされると、広報には各社からの問い合わせが殺到し職員は休む暇もなく対応に追われた。

 数時間後、警視庁のプレスルームは数えきれないほどのメディア関係者で埋まった。カメラが立ち並ぶ室内は、まさに立錐の余地もないという言葉通りで、入りきれなかったメディア関係者が廊下にあふれ、警視庁の担当者は右往左往しながら対応に追われた。

 会見が始まると、近藤管理官が緊張した面持ちで手元にある紙を読み上げ、選定者の氏名、年齢、経歴、選定理由などを発表した。質疑が始まると至る所から質問が相次ぎ、結局、質疑応答の時間を大幅に延長せざるをえない羽目になった。会見終了後、プレス用の資料が配られたが、まさに奪い合いといった状態で、資料を手にした記者たちは一刻も早く本社に情報を届けようと、至る所でキーボードをマシンガンのように叩いていた。警視庁が配ったプレス用の資料には宮城浩平の顔写真が大きく写っていた。

 日比谷公園には警察官が各所に配備され、侵入規制区域が設定された。工事現場さながらに重機が持ち込まれ、まるでコンサート会場と見まがうようなステージが突貫工事で組み上げられていた。ステージには大きなスクリーンが設置されるとともに照明機材や音響設備も準備されていた。またステージ脇には仮設のプレハブが建てられ、警察官が忙しそうに机やテーブル、電話などの機材を運び入れていた。散歩がてらの通行人や通りすがりのサラリーマンたちがその様子を物珍しそうに眺めていたが、なかには既に会場の一画にブルーシートを広げて場所取りしているような人も見受けられた。また会場周辺にはテレビ局の中継カーがずらりと並び、各局はステージ建設の様子を逐一リポートしていた。

 

ステージ組み立て

 

「大変なことになりましたね」桜はずっと警視庁に泊まり込んでいる浩平に話しかけた。

「まあな。まあ、これも宮仕えの宿命だと思って諦めるよ」浩平の声は桜が想像してたより、張りがあって明るかった。

「でも、すごい騒ぎですよね。連日テレビは先輩のことばっかり報道して、今や先輩は警視庁のエースってことになってますもんね」

「……マジか、勘弁してくれよ。芸能人じゃないんだからさ」浩平がぞっとしたように言った。

「もしかして、先輩、テレビ見てないんですか?」驚いたように桜が聞くと、

「あたりまえだろ。こんなことになったら、とてもテレビなんて見る気にもならないよ。だいたい、そんな時間もないしな」

 桜が不思議そうな顔をした。

「いや、実は特別講座を受けることになってしまってな。朝から晩までニーチェだ、ツァラトゥストラだとくだらない授業受けてるんだよ」浩平がげんなりしたように言うと、ようやく得心が言ったというように桜が笑った。

「笑いごとじゃないぜ。その上、上層部のやつら、ここんとこ毎日呼び出しかけてきて、やれこの勝負には警察の威信がかかっているだの、警察の名誉を失うようなことがあっては断じてならないだのと、とにかく、うれせえのなんのって。そのくせ説教がすむと、俺がどんなこというつもりなのか心配顔で探ってくる始末だ、ったく、たまったもんじゃないぜ」吐き出すように浩平が悪態をついた。

「まあ、これで先輩が変なこと言っちゃったら、あの人たち全員懲戒ものでしょうからね」桜は笑って言ったが、急に「でも、本当に大丈夫ですか?」と心配顔で浩平を覗き込んだ。

「何がだよ?」

「ツァラトゥストラに勝てると思いますか」

「そんなことは俺の知ったことじゃないね。もし負けても、それは俺みたいな奴を選んだ上の責任だ。まして勝負を決めるのは、顔も知らないただの市民ってやつだ。心配するだけ時間の無駄ってやつだよ」

「あいかわらずですね」桜には、投げやりなように見えてまったく動じてない浩平が頼もしかった。

「そんなことより、桜。五日の二時からツァラトゥストラは必ずパソコンに向かってるはずなんだ。俺とライブでやりあうには奴もそうするしかないからな。だからその時間、内藤ゼミの連中すべての行動を監視しろ。一番は上條だが田口や他のやつらも手を抜くな。手を貸してるやつがいないとは限らないからな。怪しいそぶりを見せたやつがいたら即座に確保するんだ。分かったか」

「分かりました。そっちの方は任せてください」桜は大きく頷いた。

 

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