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【哲学ミステリー小説】『ツァラトゥストラはかく語りき』(五十四)

「――ところで、どこで何してたんですか」空いた湯飲み茶わんにお酌しながら、桜が聞いた。

「いや、ちょっと東北の方に行ってきてな、さっき帰ってきたばかりだ。アパートに帰ろうとしたら、マスコミ連中がうじゃうじゃいたから、あわてて、ここに来たってわけさ」

「東北? そう言えば、先輩の実家、仙台でしたもんね」

 浩平は、ははと笑った。「どうやら里帰りはもう少し先になりそうだけどな。実は岩手まで行って、上條の故郷を尋ねてきた」

「上條の?」

「ああ、叔母の菅原百合子と絵梨という娘からいろいろと話を聞いてきたよ――」そう言うと、浩平が少し含み笑いをした。

「なんですか、変な笑い方して」桜がじろっと浩平を見た。

「いや、その絵梨ってのが、なかなか可愛くて面白い娘でな――」

「……人がこんなに心配してたっていうのに、関係者の身内と楽しくおしゃべりしてたってことですか」桜は信じられないとばかりに浩平を睨むと、むすっとしたように言った。

「いや、そうじゃなくてだな――」

「じゃ、どういうことなんですか。全部、白状してください!」

「白状ってお前な――」

「全部しゃべらないと、怒りますよ」

「分かった、分かった。話す、話す」浩平は慌ててそう言うと、岩手での出来事を桜に話し始めた。

 

「――ふうん。じゃ、その絵梨って娘が先輩の大ファンだったってことですか」

「だから、その娘じゃなくて、そいつの同僚の看護師がだな――」

「冗談です。話はよく分かりました」ずっと浩平を睨むように話を聞いていた桜が、ようやく笑顔を取り戻した。

「まあ、つまり、上條にはやはり何か大きな秘密があったってことだ」浩平はほっとしたように岩手での話を終えると、「ところで、あのイベントの最中の尾行のことだが、結局どうなったんだ。芳賀が用意してくれたタブレットでは、上條一人だけが残ったようだったが」と改めて尋ねた。

「あの結果のとおりです。先輩とツァラトゥストラとの討論が始まったのが二時ちょうど。ツァラトゥストラが掲示板から消えたのが四時八分です。その間、上條以外の人間には必ずどこかでアリバイがありました」

「田口もか?」

「田口は一番先に消えました――というか、朝から一日中、公園のベンチに座って本を読んでましたから」

 浩平はそれを聞くと苦笑した。

「ま、あいつからしてみれば、自分の容疑を晴らしたいというのが一番なんだろ。危うく殺人犯にされちまうところだったんだからな」

「だからと言って、あまりに軽薄すぎませんか? あんな奴に慕われてても、何にもうれしくないですよ。私、それ聞いて、上條のこと可哀そうに思っちゃいましたもん」

「確かにな。だがこれでやつが完全に白だってことははっきりした」浩平が確信をもってつぶやいた。

「で、上條はずっと生徒宅で家庭教師をしていたんだな」

「はい、上條の自宅だったら訪問することもできたんですが、さすがに生徒宅の家まで行って、上條を呼び出すのはできなくて」桜が悔しそうに言った。

 浩平は少し考えるようにしていたが、「その生徒ってのは、以前、お前に悪態をついたっていう生徒じゃないのか? ほら、上條さんをいじめたら許さないとかなんとかって言ってた」と尋ねた。

「あっ、そうです。なんでわかったんですか」桜は急に思い出しようたように叫んだ。

「前に話したろ。この事件には、上條を崇拝する人間が関わっているんじゃないかって」

「それじゃ、その生徒が上條とグルになって、今回の討論の間のアリバイをつくったってことですか」

「ああ、おそらくな」

「宮澤殺しも?」

「いや、それはないだろう。あいつは、そんなことに他人を巻き込むような奴じゃない。それに、もし上條がそんな奴だったら、その生徒もそこまで義理立てしないだろう」

「でも、叩いてみる価値はあるんじゃないですか」

「さすがに、こんな理由じゃ未成年を尋問できないさ。もし聞いても、前回同様、睨みつけられて知りませんの一点張りだろうしな」

「じゃ、どうすれば」

 浩平は少し黙ったのち、再び桜に尋ねた。「佐々木はどうだった」

「――佐々木?」

「ああ、宮澤拓己の同期の佐々木隼人だ」

 桜は意外な人物の名前を告げられ、すぐに思い出せなかったようで、カバンから手帳を取り出した。

「えっと、佐々木隼人は自宅にいたようです。でも捜査員が二時四十分に訪問し、十分ほど彼と直接話をしています。その間の時間帯にツァラトゥストラは書き込みを行っていたので、佐々木がツァラトゥストラではないことは確認済みです」桜はそう言い終えると浩平の顔を見つめて言った。「佐々木が今回の事件に何か関係してるっていうんですか」

「もしかするとな」そう言うと、浩平は桜を見つめた。

「お前に二つほど頼みがある」

「なんですか?」桜は緊張した。

「一つ目は、明日、佐々木から話を聞いてきて欲しんだ。俺は停職くらってる身なんで、そうそう派手にうろつけないんでな」

「いいですけど。何聞いてくるんですか」

「それは、あとでいう。二つ目は芳賀を明日ここに連れてきてほしい」

「ハッカーですか」桜がいぶかしげに言った。

「そうだ」

「先輩何考えているんですか? 一応、先輩は停職中なんですから、大人しくしてなきゃだめですよ」

 桜の言葉を聞くと浩平は薄く笑い、

「まあ、ほんとは、大人しくしてなきゃだめなんだろうけどな」と、まるで人ごとのように言ったかと思うとさらに言葉を付け加えた。

「お前も知ってのとおり、俺は負けず嫌いだから、このままじゃ気が済まなくてな。どうせ一年間も停職食らったんだ。このあと、少しくらい騒いだって、どうってことないだろ」

「これ以上やったら、ほんとに首になっちゃいますよ」桜が不安そうに言った。

「やつともう一度勝負するためには、俺もそのくらいのものは賭けないとな」

「本気ですか」桜はごくっとつばを飲んだ。

「ああ、だが今の形勢じゃホームラン一本打ったくらいじゃ、とうてい勝ち目はない。でも満塁ホームランなら逆転できる。そのためには、まず満塁にすることが必要だ」

 そう言うと浩平は茶碗酒をぐいと飲み干した。その目はまさしく獲物を狙う獅子の目だった。

 

獅子の目

 

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