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【哲学ミステリー小説】『ツァラトゥストラはかく語りき』(五十七)

 十月十二日の土曜日の昼時、天気予報が終わり、いつもなら、ここでバラエティ番組が始まるところなのだが、画面は急にニュースセンターに切り替わった。慌ただしさが伝わってくる中、ニュースキャスターが手元に届いたばかりの原稿を読み始めた。

『ここで臨時ニュースを伝えます! 帝都テレビが掴んだ情報によりますと、先週、ツァラトゥストラと対峙した警視庁の宮城警部補が再びツァラトゥストラとの討論を希望し、現在日比谷公園でスタンバイしているとのことです。現場には既に取材班がいっております。現場とつながりますか?』キャスターが何度か現場に呼び掛けると、ようやく映像が切り替わった。

『え~、私は今、日比谷公園特設ステージに来ています。私の隣には警視庁の宮城浩平警部補がいらっしゃってます――宮城さん、再度、ツァラトゥストラとの対決を希望されていると伺いましたが、本当でしょうか?』

『はい、本当です』

『宮城さんは現在停職中と聞いておりますが、これは捜査本部の指示によるものでしょうか』

『いや、今回のことについては私個人の意思で行うものです。上司にも報告しておりませんし、警視庁は一切関与しておりません』

『しかし、これは大変なことだと思いますが、この責任はどう取られるおつもりですか』

『もちろんしかるべき処罰は覚悟しています』

『ということは、宮城さんは自身の進退を掛けて、あくまでも一個人としてツァラトゥストラともう一度対決がしたいということでしょうか』

『ま、そういうことですね』浩平は薄く笑った。

『しかし、ツァラトゥストラが再び現れるという確証はありますか?』

 浩平はリポーターからマイクを借りるとカメラに向かって語り始めた。

『ツァラトゥストラ、前回俺は警察の代表としてお前と戦った。結果、俺はお前に負けた。俺は心のどこかでお前の言葉に共感するものを感じお前に反論することができなかった。だが同じように心のどこかでお前の考えが間違っているということも感じていた。この一週間、俺は自分なりに考え、ついにその答えを探し当てた。ツァラトゥストラよ、お前は人類の覚醒を促したいと考えているんだろう。ならばお前の言葉が俺に何を生み出したか、しっかり聞く必要があるんじゃないのか。お前と話すために自分の人生を懸けた俺の言葉をお前は聞く必要があるはずだ。お前の都合の良い時にいつでもアクセスしてこい。俺はここでお前をずっと待っている』

 

 この映像がテレビで流れるや、警視庁は右往左往の大混乱に陥った。警視総監をトップとする鳩首会議が開かれ、警視庁としての対応が協議された。すぐにでも引きずり降ろせという意見が大半であったが、すでに日比谷公園の様子は生中継で報道され続けており、前回と同様に観客が集まり始めていた。しかも、警視庁上層部の予想とは裏腹に、浩平の職を賭したこの行動はある種の共感を世間に与えたらしく、警視庁には激励や応援の電話が殺到していた。世論の動向を感知したメディアもいち早く浩平を擁護する論陣を張り始めた。こうした結果、警視庁上層部はこの浩平の独断的な暴挙をやめさせるわけにはいかない状況に追い込まれた。

 

警察上層部の会議

 

「――いや、あれは宮城が独断で行ったものでして、私もまったく承知しておりませんで――指示があればすぐにでも引きずり降ろしますが――はい――承知しました――」

 近藤は直立したままの姿勢で何度も頭を下げながら電話を取っていたが、話が終わると恐る恐る受話器を置いた。その一秒後、室内に怒声が響き渡った。

「おい、藤原はどこ行った! 今すぐ、俺の前に引きずって来い!」

 

 上條のアパートの様子を伺っている桜のバッグの中で、またもや携帯が鳴り響いた。鳴っているのは分かっていたが、そのまま放っておいた。どうせ近藤や近藤の命を受けた同僚からの電話に違いないと思っていたし、桜はこの件については全てが終わるまでは、一切、上に報告しないと心に決めていた。桜は携帯を取り出すと着信音の音量をゼロにした。

「私も首だな」そう言って、桜は苦笑した。

 桜も警視庁に入るのには大変な努力をしてきた。女だてらにと皮肉を言われながら、人並み以上に頑張ってきたし、もし、今回のことで処分されるようなことになれば実家の両親が悲しむに違いないと思った。

 だが、何をするにも常に何か人ごとのように感じていた自分が初めて心が震えるような感覚を味わい、自分の力で何かを成し遂げたいという強い思いを感じていた。そして、理由は分からないが、もしここで逃げ出したら、自分は一生後悔するだろうと確信していた。浩平を支えたいという気持ちはもちろんあった。しかし、それだけではなかった。これは桜にとっての戦いでもあった。

 

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