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【仏教をテーマにした和風ファンタジー小説】『鎮魂の唄』 ~国津神編~ 第一話 本山よりの使者

 第二部 国津神編

 

「梱包し終わった箱はどんどんお寺の方に運んでいいよ!」

 ジャージ姿の楓が大きな声で三蔵に言ったが、梱包し終わった箱がうずたかく積まれているのを見て、三蔵はげんなりとした。

 あの事件が終わり、大吾の葬儀が済んだ後、楓は親戚たちから一緒に暮らさないかという誘いを断り、青龍寺に住むことを決めたのだった。楓の決意を聞いた檀家衆は、女子高生の楓が僧侶とは言え若い男と二人だけで暮らすことに眉を顰めるどころか、それがいいと手放しの喜びようで、結局、三蔵の意向などお構いなしにそう決まってしまったのだった。

 だいたいが三蔵という男は料理もろくにせず酒ばかり飲んでいるので、さすがの檀家衆も三蔵の健康を案じて誰か身の回りの世話をする人を探さねばと思っていた矢先だったので、楓の提案を渡りに船とばかりに、中には三蔵殿の世話をよろしく頼みますなどとあからさまに言うものまでいる始末であった。たださすがにシャワーもないボロ寺では生活するのも不便だろうと、突貫工事で風呂とトイレは小奇麗に改修し、納戸だったところは楓の部屋として使えるように改装して、一応、女子高生が済むのに最低限の環境は整えたのだった。

 三蔵自体はこのことに関しては特に反対もせず、といって格別うれしがるようでもなく、行きがかり上、しょうがないとでも思っているのか、ああそうですかと言ったきりだったが、いざ引っ越しの手伝いをする段になると、こんなに荷物があるとは思ってもいなかったようで、今日も朝から働かされ続けて疲労困憊の体であった。

「――ところで、お前の友達はまだ来ないのか」

「優香ね、手伝いに来るって言ってたけど、確かに遅いなあ――まあ、でもあいつは時間なんて守ったことないしね」

 楓は優香のことは最初からあてにもしてないというように淡々と言うと、今度はクローゼット一杯に詰まった衣服を折りたたんで段ボール箱に入れ始めたが、それを見た三蔵は、はあと小さくため息をついた。

 

 その優香であるが、三蔵に久しぶりに会えるというのでおめかしに時間がかかってしまったようで、とても引っ越しの手伝いにいくとは思えないような服装で、それでも一応は急ぎ足で楓の家を目指していた。三蔵に会ったら何を話そうかと、そんなことを考えながら歩いていると、前方に笠をかぶり僧衣を身に着けた童子が道端に立ち止まっているのが見えた。その童子は思案気な様子で手元の地図を広げていた。

 

幼い僧侶

 

 「――ねえ、どうしたの。道に迷ったの?」童子に近づいた優香が声を掛けた。

 童子は優香の顔を見上げると、

「ちとお尋ねするが、青龍寺に行くにはどちらの道を行けばよいであろうか」となんとも大人びた口調で尋ねた。

 やんちゃな顔をした童子が大人びた口調で語るのがなんともアンバランスで、優香は思わずぷっと噴き出してしまった。それを見た童子はむっとした様子で、「何か、おかしいことがおありか」と睨みつけた。

「あっ……こめんなさい……えっと、青龍寺ね……ちょうどいいわ、私も今からそこに行くとこなの」優香は慌てて答えた。

 その言葉を聞くと、童子はむっとしたことなどけろっと忘れたようで、

「おお、そうですか。ならばご案内願いたい」と満面の笑みを浮かべて言った。また吹き出しそうになった優香だったが、なんとか堪えると一緒に歩き始めた。

 この童子、背丈は優香の肩くらいで、明らかに十をいくつか超えたくらいの童子にしか見えないのだが、笠をかぶり、脚絆をはき、托鉢僧のような僧衣を着ているところを見ると、既に立派な僧侶のようにも思われる。しかもだいぶ衣服が汚れており、風呂敷につつんだ荷物を首から下げているところを見ると、かなり遠いところから旅をしてきたようにも見えた。興味を覚えた優香は隣を歩く童子の方を見て尋ねた。

「ねえ、あなたは青龍寺に何か御用があるの?」

 童子は優香を見上げると、

「青龍寺の住職の三蔵という男に会いに来たのです」と丁寧に答えた。

「三蔵さんのお知り合いなの」

「ええ、三蔵はわたくしの兄弟子なのです」

「そうなんだ。あなたは三蔵さんの弟弟子なのね」

「三蔵を知っておいでか」童子も興味をそそられた様で優香の顔を覗き込んで尋ねてきた。

「ええ、まあね」

「失礼だが、お名前は」

「私は優香っていうの、松本優香」

「ほう、優香殿と申されるか」

「ところで、あなたの名前は」

 優香が尋ねると、童子は急に立ち止まって優香の方を向き、

「わたしは、制托迦せいたかと申します」と、慇懃にそう答えた。

 

 楓の実家から青龍寺にものを運び終えた三蔵と楓が広間で一休みしていると、戸口の方から楓を呼ぶ声がした。優香が来たみたいと楓は土間の方に走っていったが、すぐに笑い声とともに廊下をみしみしと歩いてくる音が聞こえてきた。三蔵が戸口の方を向くと楓と優香が現れたが、三蔵の眼は二人の間に立っている托鉢姿の童子に吸い寄せられた。

「お前、制托迦じゃないか!」三蔵は、びっくりしたように声を上げた。

 その途端、制托迦と呼ばれた童子は、すたすたと三蔵の前に歩み寄り、顔を真っ赤にさせて怒鳴り始めた。

「おい三蔵、いったいお前は何やってんだ! お前のせいでお山が今どんなことになっているのか分かっているのか! 上の方々はお前を呼び戻せとお怒りなのを浄空兄者が一人で必死に抑えていらっしゃるんだぞ。それなのに封が一つ破られたというではないか! 封が全て破られたら、一体どんなことになるか、お前だって分かっているだろう!」

 楓と優香は制托迦がいまにも噴火しそうな勢いで三蔵を面罵しているのをあっけにとられて見ていたが、とうの三蔵は苦笑を浮かべて頭をポリポリと掻いていた。

「おい、三蔵! 真面目に聞いているのか!」さらに怒りが倍加したように制托迦が声を張り上げた。

「俺はお前の身を案じた浄空兄者に頼まれて、わざわざお前の様子を見に来たんだ! 

 それなのになんだ、その態度は! どうせまた酒ばかり飲んでいたんだろう! しかも女人と二人だけで暮らすなどと、なんと破廉恥なやつだ!」

「いや、それは俺が好き好んで……」

「うるさい! 言い訳をするな! とにかく俺は、お前がここでどんな体たらくで過ごしているのか、しっかりと見分して、浄空兄者に報告してやる!」

 三蔵は分かった分かったと頷きながら、まず座れと制托迦に言った。不服そうな顔をしながらも、それでも三蔵の前にちょこんと正座した制托迦を見ると、三蔵は楓に声を掛けた。

「楓、こいつは俺の弟弟子で制托迦というものだ――まあその、今聞いた通り、しばらく、こいつも寺にやっかいになると言うので、すまんがこいつの面倒もみてやってくれ」そう言うと今度は制托迦の方を向き、「制托迦、彼女は小楢楓、この寺の檀家総代だった大吾さんの娘だ。大吾さんが亡くなったため、やむなくこの寺で生活することになったのだ。まあそういうことだから、仲良くしてやってくれ」と言って頭を下げた。

 制托迦は楓と優香の方を振り向くと、

「楓殿、優香殿、ただいま三蔵より紹介のあった制托迦と申します。いろいろと事情があるのですが、しばらくの間、この寺に逗留させていただきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いします」そう言って、礼儀正しくお辞儀した。それを見た楓と優香は慌てて正座すると、こちらこそと言って二人同時に頭を下げた。

 そのやりとりを聞いてるものがもう一人いた。スサノオはその様子を物陰から伺っていたが、スサノオの視線は制托迦一人に向けられていた。しかしその眼は決して、柔らかいものではなかった。まるで敵を見るような目つきで制托迦を睨みつけていた。

 

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