「金時よ、そなた何も獲物をもっておらんが、何で戦う気だ」
頼光らが一条戻り橋に向かう中、季武が金時に話しかけてきた。確かに他のものは皆、腰に刀を差し、季武も太い鉄棒を握っていたが、金時一人は武器と言えるようなものは何も持っていなかった。
「俺は昔から手ぶらでやってきたし、この方がやりやすいんだ」金時はそう言って明るく笑った。
「お前らしいが……だがこりゃ、もう喧嘩じゃない。しかも相手は鬼だ。鬼相手に手ぶらで戦うなど聞いたこともないぞ」
「まあ、とにかくやってみるさ。それに別に俺はずっと手ぶらで戦うと決めているわけでもないぜ。手近に何かあればそれを使うかもしれんし、相手の獲物を自分のものにして戦うかもしれん。要は臨機応変。それが喧嘩じゃ一番強いぜ」
「だから喧嘩ではないと言うに。まあいい、お前が素手でどこまで鬼と戦えるか、こりゃみものだな」そう言って季武は大笑した。
そんなことを話しているうちに、一行の目の前に一条戻り橋が見えてきた。そこには青い狩衣をきた男が一人、ふらりと立っていた。安倍吉平であった。
「参られましたな」
「吉平殿の申される通り、屋敷には綱と何人かを残してまいりました」
「それは重畳」
「……したが、これはなんでござる」
頼光はそう言うと、道の真ん中に転がっている妙なものを見つめて眉をひそめた。なんとそれは切り落とされたばかりと見える男の腕であった。
「これですか――これはついさっき処刑されたばかりの盗賊がおりましたので、これ幸いとその腕を切り落としてきたものです」吉平はなんとも物騒なことを飄々と言った。
確かにその腕の切断部からはまだ血が滴っており、なんとも生々しい感じが残っていた。金時と季武は腕の近くに寄って興味深げにその腕を覗き込んでいたが、急に季武がわっと声をあげた。
「……ゆ、指が動いた!」
その声を聞いて頼光も腕の傍に寄ったが、確かに季武の言う通り五本の指がかすかに動いているのであった。すると吉平が後ろから声を掛けてきた。
「この腕には茨木童子の腕に生えていた毛を一本貼り付けておるのです。それがこの手に悪戯をさせるのでしょう」
それを聞いた頼光が吉平の方を振り向いた。
「茨木童子の毛を……」
「左様、あの鬼の手はまだ生きております。髭切の太刀があるので、自在には動けませんが、あの腕は手も動くし指も動く。毛の一本ですらゆらゆらと動いているのです。そして主のもとに帰りたいと叫び声をあげているのです。私は此度、その毛の一本を拝借しこの腕に貼り付けることによって、もう一つ茨木童子の手をこしらえたのでございます。いかがでしょう、これほど鬼を呼ぶのに相応しいものがありましょうか。鬼どもの中にはきっとこの腕を茨木童子の本物の腕と勘違いして、この場に参るものがおりましょう。それらのものどもを頼光様とご配下の皆様が悉く退治すればよいのです」
吉平はいつものように飄々と言ったが、頼光は改めてこの不思議な男の中にある凄みを感じ、この男を味方に招くことができた幸運を喜んだ
「そうそう、せっかくの機会だ。此の度私の配下に加わったものたちを吉平殿に御引き合わせいたそう」そう言うと、頼光は金時たちを順繰りに吉平に紹介していった。吉平は一人一人と丁寧にあいさつを交わしていったが、金時の番になると思わず笑みがこぼれた。
「あなたが酒田金時どのですか。あなたのことは頼光様から聞いております。あの渡辺綱殿と互角の戦いを繰り広げられたと伺っております」
金時は吉平の言葉を聞くと困ったように頭を掻いた。
「いや、互角どころかこてんぱんにやられてしまいました。あの綱……いや、あの綱どんにはまだ勝てそうにはありません。しょうがないので鬼を倒してさらに強くなってから、また勝負したいと思ってます」金時がそう言うと、その場にいた皆は思わず噴き出した。
「金時よ、お前にとっては、鬼も単なる練習相手でしかないようだな」頼光が笑いながら言った。
「まこと、あなたのような方が相手では鬼も面倒な男よと、一目見ただけで逃げ去ることでしょうな」吉平もははと笑った。
「みんな、そんなに笑うことねえだろ。俺は真面目にそう思ってんだぞ」金時がすねたように言うと、ますます皆が笑い声をあげた。
