頼光たちは吉平が張った結界の中でじっと様子を伺っていた。吉平が言うには、この結界の中にいれば鬼は頼光たちの姿が見えず、油断して近づいてくるだろうということだった。路の真ん中には茨木童子の腕に生えていた毛を貼り付けられた右腕がごろりと転がっていたが、その右腕がなんとか動こうと指を動かしているのがなんとも言えず不気味であった。空には少し異様とも思えるくらい大きな満月が浮んでいた。月の光が冴え冴えとあたりを照らす中、頼光たちは固唾を飲んで鬼が現れるのを待ち続けた。
ちょうど半刻も過ぎた頃であろうか。かすかに吹いていた風が止み、あたりは完全な沈黙に包まれた。吉平が小さな声でつぶやいた。
「……来たようです」
その言葉を聞いた頼光たちが目をこらして通りを見ると、いつ現れたのか、赤い狩衣を来た男が路の真ん中に立って繁々と地面に転がった右腕を眺めているではないか。傍目には普通の公達のように見えるが、外出禁止令が出されている昨今、こんなところを一人で歩く公達がいようはずがない。不審な思いでその男を眺め続けていたら、なんとその男、転がっていた右腕を手に取り、まだ血が滴っている切断部をぺろりと舐めた。そしてなんともうれしそうな顔をして、その手を大事そうに胸の内にしまいこんだ。それを見た瞬間、頼光が立ち上がり大声を上げた。
「鬼よ、待っておったぞ! 皆のもの、名をあげるのは、今この時ぞ!」
その声とともに金時たちが一気に姿を現した。赤い狩衣を来た男はいきなり現れた男たちを見て一瞬驚いたようであったが、その中に陰陽師らしいものがいることを知ると嘲笑うように言った
「こざかしい真似を――陰陽師の業で我らに勝てると思っておるのかよ」
「鬼よ、お前を倒すのは私ではなく、頼光様と天下に名だたる勇士たちですよ」吉平がにやと笑いながら言った。
「……頼光か、いつもは女しか喰わん俺だが貴様と綱だけは容赦ならん。この場でわしが喰ろうてやる」
そう言うや否や、男の頭から一本の角がにょきにょきと生え、鋭い牙が口から飛び出した。眦は裂け、目は真っ赤になった。その体も急に大きくなり、着ていた狩衣はいつの間にか赤い地肌に変わっていた。
「頼光よ、貴様の首を取れば、あのお方も大層お喜びになろう」赤鬼に変じた男はそう言うとにやりと笑った。
頼光は刀を抜いて赤鬼に対峙しようとしたが、頼光の前にすっと鉄棒を持った季武が立った。
「殿、こやつは私一人で十分で、どうぞお任せを」
頼光はその言葉を聞くとふふと笑い、他のものに声を掛けた。
「皆のもの手出しすな。ここは季武に任せてみようぞ」
金時は先を越されたと悔しがったが頼光の命とあって、やむなく一歩下がった。
赤鬼は目の前に現れた男を見ると、ふんと鼻をならした。
「おい貴様、いきがって出てきてはいいが、貴様のようなごみ屑が俺に勝てると思っているのか」
「どちらがごみ屑かはすぐに分かる。俺もお前のような屑ではなく、茨木童子とかいう鬼と対して見たかったが、まあ贅沢は言うまいよ」季武がそう言うと、鬼の顔が一気に紅潮した
「生意気な糞猿が! 貴様など一息に殺してくれる!」そう言うや鬼は季武に飛び掛かった。
季武は手に持った鉄棒を構えると、飛び込んできた鬼の首目がけて突きを食らわせた。まさに電光石火の突きであった。突きをくらった鬼が喉を押さえてよろよろと下がった。
「……き、貴様」
「どうした、早くかかってこい。そちらが攻めてこぬなら、次はこちらから行くぞ」
季武はそう言うと、鉄棒をぐるぐると振り回し始めた。六尺近くある季武が自分の背丈と同じく六尺はある鉄棒をぶんぶんと振り回すと、空気がうなりを上げ砂埃が宙を舞った。そのうなりを聞けば、触れただけで骨は砕け、肉は飛び散るかと思われた。さすがの鬼も近寄りがたいようで、季武が一歩前に出ると鬼は一歩後ずさった。そして鬼を壁まで追いつめた時、季武が一気に鬼をなぎ倒さんと頭目掛けて鉄棒を振り降ろした。
だが鬼はすんでのところでそれをかわし、一気に跳ねて季武の喉笛に喰らいついた。そう見えた。だが鬼が喰らいついたのは季武の喉笛ではなく、鉄棒であった。季武は敢えて隙を与え、自分に喰らいつかせるようにして鬼を引き寄せたのだった。季武の眼前には怒りに燃えて、鉄棒をがちがちと噛んでいる鬼の首があった。それを見た季武はにやりと笑うと鉄棒を素早く風車のようにぐるりと回転させた。それが最後であった。鬼の首はねじり切られ、吹っ飛んでいった。首を無くした鬼の体はどちらへいったらいいか分からず、ふらふらと歩いていたがついにはそのまま崩れ落ちた。一方、地面に転がった首は季武を睨みつけると悪罵を投げつけ始めた。
「おい、貴様! 俺を倒したからと言っていい気になるなよ! 俺たちの仲間は数え切れぬほどいるのだ。しかもあの恐ろしいお方は全国に散っていた四人の童子を呼び寄せられた。あのお方は人の世を悉く破壊しつくし、貴様らを一人残らず喰らい尽くすとお決めになったのだ。貴様らが安穏としていられるのは今のうちだ。いいか、貴様らは全て死に絶える。俺たちに骨まで残さず喰らいつくされるのだ。へへへ、貴様が喚き声上げて泣き叫ぶ姿を見るのが楽しみだぜ」
「そうか、そりゃ俺も楽しみだ。そのお方とやらに言っとけ。人に戦いを挑むのであれば、もそっと強い奴を用意せんと笑い話にもならんとな」
「き、きさま! 殺してやる、貴様はなぶり殺し……」
それ以上鬼の口が動くことはなかった。季武が振り下ろした鉄棒によって鬼の頭は粉々に粉砕されていた。それに呼応するかのように鬼の体も燃えかすのように崩れ去った。
