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【平安を舞台にした和風ファンタジー】『異形の国』 (二十二)

 頼光の屋敷の奥にある御堂の前で綱と貞光がわずかな家人とともにじっと座っていた。初めは本当に鬼が来るのかと少々疑っていた貞光だったが、貞光の肌は既に異変を感じ始めていた。貞光もこれまでに何度か妖の類と遭遇したことがあったが、こうしたものが出てくるときというのは必ず空に漂う気が変わるのであった。そしてさきほどから妙に空気が重たくなってきているのを感じていた。 

「……綱殿」貞光が我慢しきれず声を掛けた。 

 その思いは当然の如く綱も感じていたと見えて、しっと口に手をやると、しばらく様子を見るようにあたりを見やった。そして周りにいる家人にだけ聞こえるように小さな声で言った。 

「ただものならぬ鬼がこの屋敷の外まできている。方々、油断するな」  

 するとどこからか笛の音が聞こえてきた。なんとも美しき調べであった。綱がゆるりと立ち上がり剣を抜いた。貞光も家人たちも皆剣を抜いた。笛の音は時に寂び寂びと時に荒々しく響き渡ったが、不意に止んで再び静寂が戻った。誰かが唾をのむ声が聞こえた。 

 その時だった。貞光がふと見上げると、塀の上に緑色の水干を来た男が立っていて、その男がぽんと男たちの真ん中に飛び降りた。だがその瞬間、渡辺綱が恐るべき速さで男に切り掛かった。男はその攻撃をすんでのところでかわすと、近くに生えていた松の枝の上にすかさず飛び乗った。 

「……さすがは渡辺綱。茨木童子様の右腕を切り落としたというのは嘘ではないようだ」男はそう言って、切り裂かれた水干を見た。 

「貴様、名はなんという」綱が重々しい声で聞いた。 

「我は金熊童子。大江山の御方に忠誠を誓った四天王の一人。今日は我らの偉大な副将たる茨木童子様の御手を取り戻しにここに参った。ついでに渡辺綱、お前の首ももらい受ける」そう語る金熊童子の目は緑色に光り、その頭からは二本の角が鋭く伸びていた。 
  
 金熊童子はその緑色の目でじっと渡辺綱を睨みつけていたが、不意に綱目掛けて跳んだ。だが綱は金熊童子を待ち受けるように刀を構え、目の前に迫った童子目掛けて刀を振り下ろした。激しい音がなった。金熊童子を一刀にすべく振り下ろした刀は金熊童子が手にしていた笛によって防ぎとめられていた。いや、よく見るとその笛は鋭い刃を持った二尺ほどの戟でもあった。 

 綱は相手が刃物を持っていることを見ると、つつと二三歩後ろに引いたが、金熊童子は逃さじと前に進んだ。金熊童子の戟はつむじ風のように綱目掛けて襲い掛かってきたが綱の刀も稲妻の如きで、その攻撃を悉く防いだ。金属がぶつかる音が間断なく響き渡った。周りを取り囲む家人たちは二人の攻防を見定めることすらできず、その場に立ちすくむだけであった。 

 だがたった一人、動いた男がいた。貞光だった。貞光は金熊童子の背後に迫ると裂帛の気合をもって刀を振り下ろした。金熊童子は貞光の気配を感じたか、瞬時に横に逃げた。だが貞光もさるもの。その動きを予想し、逃げる金熊童子に対して続けざまに切り立てた。その太刀の速さは綱に勝るとも劣らぬほどで、意外な男の攻撃に金熊童子の顔が曇った。 

「ただの木偶かと思っていたが、貴様少しはやるようだな」 

「俺の名は碓井貞光。俺が貴様を地獄に送ってやるわ!」 

「しゃらくさい!」 

 金熊童子は叫び声をあげると、振り下ろされた貞光の刃を皮一枚で交わし、戟を下から貞光の喉元目掛けて切り上げた。気合の一刀をかわされ、思いもよらぬ反撃を食らった貞光はその一撃をなんとかかわそうと思ったが、ぎりぎりのところでかわしきれなかった。貞光の頬は縦に裂かれ、血がだらだらと噴き出した。慌てて後ろに引いた貞光は金熊童子が一気に攻めかかってくるものと素早く刀を構えたが、予想に反して金熊童子は動いてこなかった。金熊童子の目はもう一人の動きを油断なく見据えていた。綱であった。不用意に動けば綱に切られると感じたのであろう。金熊童子は用心深く二人をみやると少し間合いを取るように一歩二歩後ろに下がった。 

「大事ないか」綱が金熊童子を睨みつけながら、貞光に声を掛けた。 

「おお! たいしたことはない。皮を切られただけだ」貞光が答えた。 

「この鬼、ただものではない。用心しろ!」 

「ああ、ちょっとばかりなめていたようだ。だが、もう油断はせん」 

「貞光よ、この鬼、我らで倒すぞ」 

「無論のこと!」 

 貞光はそう叫ぶと、再び金熊童子に切り掛かった。貞光の刃が金熊童子の水干を切った。慌てて下がった金熊童子に向かって、今度は綱が切り付けた。一閃、稲妻のような一撃が空気を切り、金熊童子の水干を切り、そして右肩の肉を切った。金熊童子が苦悶の表情を浮かべた。だが貞光と綱の攻撃は止まらなかった。まさに一心同体。二本の刀が一つの生き物のように金熊童子を襲い、その刃は徐々に金熊童子の肉を切っていった。金熊童子は追いつめられていた。そしてもはや後がないところまできたときだった。突風が吹いたかと思うと、強烈な殺気が貞光と綱の背後に迫った。二人は思わず飛びのいた。そして態勢を立て直すと、その殺気の正体を見極めんとした。 

 二人の前に山吹色の狩衣を来た男が金熊童子を守るように立っていた。その男は左手に五間ほどもある長大な槍を握っており、その刃は血に濡れていた。不意に二人の後ろでばたりばたりと人が倒れる音がした。綱が後ろをちらとみると家人たちが一人残らず倒れ、その悉くが首を刎ねられていた。 

「久しぶりだな。渡辺綱、今日こそ借りを返してもらう」その男は頭に三本の角を生やし、金色に光る目で綱を睨んでいた。それこそ藤原保昌と三千の兵をたった一人で壊滅させたあの茨木童子であった。 
 
「茨木童子様!」危ういところを救われた金熊童子が叫んだ。 

「金熊童子よ、お前ともあろうものがここまで追いつめられるとはな」綱と貞光を見据えながら茨木童子が言った。 

「……不覚をとりました。ですが、こやつらなかなかの腕前」 

「ほう、綱の力は承知しておるが、このものもそれほどの男か」 

「まだ粗削りなれど、時折見せる一刀は綱に勝るとも劣らぬ速さを持っております」 

「そうか……面白い!」茨木童子の目がらんと光った。そして目にも見えぬ速さで、その長大な槍をついた。貞光の目の前に槍の穂先がまるで大蛇のごとくに襲い掛かってきた。あまりの迫力に思わずのけぞったが、その槍は貞光の顔を追うように伸びてきた。 
やられる! 貞光が覚悟した時、目の前に別なものが飛び込み、鋼どうしがぶつかる凄まじい音が鳴り響いた。綱が横から刀を伸ばし、茨木童子の槍を止めていた。 

「……綱よ、やはり、最初にお前を倒さずばならんようだな――金熊童子! この男はお前に任せたぞ」 

「御意!」茨木童子の声にすかさず金熊童子が応じた。

 こうして、茨木童子と渡辺綱、金熊童子と碓井貞光、人と鬼の二つの戦いが始まった。 

 


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