面白い小説を書きたいだけなんだ

素人作家がどこまで面白い小説を書くことができるか

【平安を舞台にした和風ファンタジー】『異形の国』 (二十五)

「おい、まだ起き上がらない方がいいぞ」 

「何を言ってる、桔梗殿がわざわざ見舞いに来てくれたと言うのに、無様に寝ていられるか」 

 頼光の屋敷の一室でそんな会話をしているのは金時と貞光だった。貞光は星熊童子の五本の指で背中の肉を一寸ほども抉り取られる大怪我を負ったが、幸い肉が厚い男であったため、背骨にまで至らなかったのが不幸中の幸いであった。もちろん大怪我であることに変わりはなく、あと少し手当てが遅れていれば、危ういことになっていたはずであった。 であるから、あの夜以来三日三晩意識がなく、ようやく今朝方目を覚ましたときには皆一様にほっとしたものだが、それを聞きつけた桔梗が見舞いに来たと金時が告げたものだから、貞光は今から正装に着替えて対面するなどと無理をいって金時を困らせているのであった。 

「わかった、わかった。お前がそんなに言うなら、もうとめねえよ。だけど着替えるのはやめとけ。だいたいまだ血が止まってねえじゃないか。見ろ、体に巻いた包帯を。変えたばっかりだというのに、また血が滲んできたじゃねえか。桔梗はここに連れてくるから、無理をいわず、ここでそうして起きてろ」 

 金時はあまりに貞光が強情を張るので、止めるのは却って逆効果とこの場に桔梗を連れてくることにした。貞光は不満顔であったが、やむをえまいとぶすっと言うと布団を跳ねのけ、姿勢を正してその場に正座を始めた。金時はそんな貞光を呆れた様子で見ていたが、しょうがないと玄関にいる桔梗を呼びにいった。 
 
「荒太郎はもう起きれるのか? 無理しなくていいんだぞ。ひどい怪我を負ったんだろう」桔梗は廊下を進みながら、前を歩く金時に言った。 

「いや、あいつがあんな怪我を負うなんて思ってもみなかったぜ。俺の方に出た鬼はあの季武の奴があっけなく倒してしまったから、しょせんこんなものかと思ったが、どうして中には強えやつもいるようだ。なんでも茨木童子という鬼はあの綱でも倒せなかったらしい」金時がこの男らしくもなく、なんとも暗い声で言った。 

「……なあ、金時。無茶だけはするなよ……俺はお前の葬式なんて行きたくもねえからな」さすがの桔梗も金時や貞光が戦っている相手がただものではないことを薄々感じてきたようで、不安げな様子で言った。 

「……おい桔梗、おめえ、もしかして俺のことが好きなのか」金時は後ろを振り向くと不審げにそう言った。だがその途端、桔梗の拳骨が飛んできた。 

「こら金太郎! てめえ、調子乗ってんじゃねえぞ!」 

「お、お前な、いきなり男の顔を拳骨で殴る女がいるかよ……ああ、痛え……」金時は頬をさすりながらあきれたように桔梗を見た。 

「てめえがふざけたことをぬかすからだ! さあ、さっさと荒太郎のところに案内しやがれ! 荒太郎にも気合を入れてやる!」 

「おい桔梗、荒太郎は本当にやばい状態だからな、ほどほどにしとけよ」 

 そんなことを言い合いながら、ようやく二人は貞光が待っている座敷の前まで来た。 
「おい、荒太郎、桔梗を連れてきたぞ」 

「荒太郎! 俺だ、桔梗だ! 入るぞ!」 

 そう言って二人は襖を開けたが、なんと貞光は正座のまま前の方につんのめって意識を失っていた。どうやらあまりの痛みにぶっ倒れてしまったようであった。 

 

 


次話へ

TOP