面白い小説を書きたいだけなんだ

素人作家がどこまで面白い小説を書くことができるか

【平安を舞台にした和風ファンタジー】『異形の国』 (三十)

「ったく、鬼の野郎のせいで商売あがったりだ。まったく頭にくるぜ。これじゃ、おまんまのくいあげだ」憤懣やるかたないと言った顔で文句を垂れる桔梗を見て、金時は苦笑いした。 

「まあしょうがねえさ。そのうち俺たちが鬼どもを一人残らずやっつけてやるから、それまでは観念して大人しくしてるんだな」 

「それが心配だってんだよ。だいたいお前なんかが本当に鬼を倒せるのか」桔梗はいかにも疑わしそうに金時を見た。 

「なんだ桔梗、おめえ、俺の力を疑ってんのか」 

「だってよ、荒太郎のやつは切られはしたが、金熊童子って強え鬼をあわやってとこまで追いつめたんだろう。鬼太郎は鬼の首をひねり取ったっていうしよ。渡辺綱が強えのは、京のやつなら誰だって知ってるし、それを率いる源頼光って殿様もなかなかの腕前だっていう噂だ。それなのにお前の話はちっとも聞こえてこねえじゃねえか。俺が知ってるのは、お前が渡辺綱にこてんぱんにやられたってことだけだ。おい金時、お前も男の端くれだろうから強くなりてえ気持ちは分かるが、何事にも分ってものがあるんだぞ。かっこつけて分不相応なことをしようとすると碌なことになりゃしない。今のうちに殿様にお暇願った方がいいんじゃねえか。お前の食い扶持位なんとかしてやるから、ここに戻ってきたらどうだ」 

 金時は桔梗の言うことを黙って聞いていたが、最後の言葉を聞くと桔梗の顔をまじまじと見た。 

「おい桔梗、おめえやっぱり俺に気があるんだろ。でもな、俺はもう少しおしとやかな女が好みなんだ。お前にゃ悪いが、俺のことは諦めてく……」 

 そう言ったが、金時の顔に桔梗の拳がめり込んだ。 

「て、てめえ! てめえごときが女を選べる身分か! そんな台詞をいうなんざ、百年早いんだよ!」桔梗はそう怒鳴り捨てると、湯気を立てて奥の方に消えていった。 

「……いってえなあ、ったく、あいつは手加減って言葉をしらねえのかよ」金時は痛そうに頬をさすると、のれんの奥に声をかけた。 

「おい、桔梗! とりあえず元気そうでなによりだ。親父にもよろしく言っといてくれ。そんじゃ、俺はお屋敷に戻るからな――あと危ねえから、戸締りはしっかりしろよ」 

「うるせえ! とっとと帰れ! こんちくしょう!」 

 桔梗の怒鳴り声を背中に聞くと、金時は頭をぼりぼり掻いて店を後にした。 
 
 外に出ると、空には下弦の月が昇っていた。金時はそれを見上げながらぶらぶらと歩き出した。その時だった。 

「いやあ、えらく気の強い女だな。だが、ああいう女は嫌いじゃない」 

 どこからか声が聞こえてきた。金時がびくっとしてあたりを見渡すと、なんと店の屋根の上に白い狩衣を着た男がのんびりと座っていた。金時はそれを見ると低い声で言った。 

「こんな夜分にそんなところにいやがるとは……お前、鬼か」 

「ああ、俺の名は熊童子。お前らが目の敵にしている鬼の一人だ。ところでお前の名は金時というらしいな。ここまで聞こえてきたぞ」そう語る熊童子はうっすらと笑みさえ浮かべていた。 

「いったい、何の用だ」 

「そうさな、すこしばかりお前に興味があってここまで会いに来たんだが、どうもこの店の女の方が面白そうだ。たっぷり可愛がってやろうかな」熊童子はそう言うとぺろりと舌なめずりした。それを見た途端、金時の顔つきが変わった。 

「てめえ、桔梗に手を出したら承知しねえぞ」 

「なんだ、お前はその気がないんだろう。だったら俺が好きにしても構うまい」 

「いいからそこから降りろ。二度とそんな口叩けねえようにしてやる」その声音もいつもの調子とはまるで違っていた。 

「ほお、なるほど星熊童子の言う通りだ。急にお前の体から人とは思えぬ気が立ち昇ってきたわ。どうやら本気にならぬとその気を出せぬようだな」

 熊童子は興味深げに金時を眺めていたが、ぽんと金時の前に飛び降りた。その姿はすらりとした優男で、色も白い上になんとも眉目秀麗な顔立ちをしており、とても鬼とは思えなかった。 

「おい、刀ももっておらんだようだが、お前の獲物はなんだ」熊童子があでやかに言った。 

「獲物か……俺は獲物はこれだ!」そう言ったが、金時は熊童子に殴り掛かった。だが熊童子は金時の右の拳を体を反らしてかわした。 

「たいして機敏でもないようだな……」体を戻しながら熊童子がそう言った瞬間、なんと金時の左足が顔面目掛けて飛んできた。 

 拳を交わされた金時だったが、なんとそのまま右足を軸に体を独楽のように回し、丸太のような左足を熊童子の頭めがけて振り回したのだった。それは以前、金時が綱に食らった回し蹴りそのままだった。

 熊童子は金時の蹴りを食らって五間もぶっとんだが、騒ぎを聞きつけた周りの家々の家人が騒ぎ始めた。 

「おい! 金時、さっさと帰れっていったろ! こんなとこで騒いでんじゃねえ!」店の中から桔梗の怒鳴り声が聞こえ、がたがたと戸が開く音がした。 

「開けるんじゃねえ! 今、ここに鬼がいる! ここらのものよく聞け! 俺がいいというまで、決して戸をあけるんじゃねえぞ!」金時が吠えた。

 その大音声が通りに響き渡ると、家々の中から一斉の気配が消えた。みな固唾を飲んで外の様子を伺っているのだと思われた。その時、店の戸の奥から小さい声がした。 

「金時、気をつけろよ……」 

 それを聞いた金時がにやりと笑った。 

「なんだお前、そういう心遣いもできるんじゃねえか――いいか桔梗、何にも心配することはねえぞ。安心してそこで待ってろ。この鬼は俺が叩き潰してやるからよ」 

 そういうや、金時はぶっとんだ鬼めがけて再び殴り掛かった。ふらふらと立ち上がった熊童子はそれを見ると慌てて腕で顔を防御したが、金時の拳はその腕をいとも簡単にぶち抜き、鬼の顔を殴りつけた。見目麗しい鬼の顔が醜く歪んだ。だが金時は攻撃を止めることなく、雨あられと熊童子の顔に拳をぶつけた。 

「てめえら、人をなめてんじゃねえぞ!」金時が獣のように吠えた。その脳裏には秀郷を殺されてむせび泣く五平の姿があった。   

 熊童子は再びぶっとび、今度は漆喰の塀にぶち当たった。漆喰は崩れ落ち、熊童子は崩れた土砂に完全に埋まっていた。ぴくとも動かぬ熊童子だったが、金時は油断することなく、外に突き出た熊童子の足を見つめていた。するとその足がぴくぴくと動いた。そしてふふと薄ら笑いが聞こえてきた。 

「……凄い力だ……お前の力よく分かった……だが、いくら力があっても、素手じゃ俺たちは倒せないぜ……」 

「そうかい、ならてめえの首をねじり取ることにするか」そう言うや、金時は土砂の中から熊童子をつかみ上げようとした。だがその瞬間、土砂の中から熊童子の顔が飛び出してきた。 その顔は今までの顔とはまるで違い、二本の角が生え、その口から鋭い牙が覗いていた。熊童子は金時の腕をつかむと、そのまま噛みつき、ごりごりと齧り始めた。鋭い牙が金時の腕に刺さり、そこから血がどくどくと噴き出した。肉を噛みきり、骨を削る嫌な音がした。  

 その時、もはや耐え切れぬとばかりに桔梗が飛び出してきた。だが金時の顔を見て、言葉を失った。なんと金時は自分の腕に噛みつく鬼の顔を見て笑っていた。 

「おい、俺の手は美味いかよ。なら冥途の土産に一本くれてやる。その代わり、てめえの首は貰ったぜ!」そういうや、もう一本の腕を高々と上げると、思いっきり鬼の首に叩きつけた。その凄まじいまでの力は鬼の首を完全に断ち切っていた。首を無くした熊童子の体から力が抜け、ばたと倒れた。脇に転がった熊童子の顔は信じられないというような目で金時を見ていた。 

「……お前の力……その力は人のものではない……お前も鬼か……」その言葉を最後に熊童子の首と体は灰のように崩れ去った。 

 




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