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【平安を舞台にした和風ファンタジー】『異形の国』 (三十七)

「殿様、うまく出てきたのはいいが、本当に鬼どもに見つからねえかな」 

 山伏に化けた金時が、同じように山伏姿に変じて横を歩いている頼光に言った。 

「心配するな。屋敷には吉平殿が敷かれた鉄壁の結界が既に張り巡らされており、鬼どもが中を伺うことは絶対にできんと仰っていた。しかもそれだけでなく、面白い仕掛けまでされておってな」そう言うと頼光がにやりと笑った。 

「実は、吉平殿が俺の髪の毛を所望されてな。何をするのかと思ったら、それをどこからか持ってきた仏像に貼り付けられた――その仏像が俺の部屋に置いてあって日なが一日座っておられるのだ。どうも鬼どもはその仏像が俺のように見えるらしい。いやまったく陰陽の術と言うのは不可思議なものよ」 

「でもよ、そんな凄い術でも鬼を倒すのには役に立たねえんだろ。妙なもんだな」金時がよく分からないという風に言った。 

「金時よ、人のうちには心がある。心が無くば人は生きることはできん。だが、いくら心があったとしても体がなくば、やはり人は生きられぬ。心と体、この二つが揃ってこそ人なのだ。木や草も花も虫も鳥や獣も、いやこの天地の全てはそうしてできている。陰陽の業は心を惑わす術だ。だがいくら心を惑わしても、この世を形作る実体を変えることはできん。そしてその心ですら、その中に凝り固まったものを完全に消し去ることはできんのだ――あの鬼どもがいかなる理にて生まれたのかそれは分からん。だがやつらも我らと同じ肉体を持ち、心を持っている。やつらの心の中には我ら人に対する恐ろしいまでの憎悪がある。それは陰陽の業では決して消し去ることはできんのだ。その憎悪の念はおそらくいかなることがあっても消し去ることはできぬだろう。ならばその心を抱く肉体を滅する以外に手はない。だからこそ我らの手で鬼を倒さなければならぬのだ」

 頼光がまるで教え諭すように言った。金時は黙って頼光の言葉を聞いていたが、その言葉を聞き終わると、目を上げて空を見つめた。望月の夜、月明かりもない空には数え切れないほどの星々が美しく煌めいていた。金時はしばらく満天の星空を黙って見つめて歩いていたが、急ににやりと笑った。 

「ってことは、やっぱり腕っぷしが強えのが一番ってことだな――季武、お前もそう思うだろ」 

 急に後ろを振り向いて語り掛けられた季武は思わず苦笑いしたが、大きく頷いた。 

「そりゃそうだ。いくら呪いが凄くても、幻じゃ、腹の足しにはならんからな」 

 頼光はそれを聞くと満足そうに笑った。 

「季武の言うとおりだ。呪いでは米も作れんし、魚も取れん。額に汗して働いてこそ生きることができる。それがまっとうな世の中であり、生きる喜びでもある――俺はそんな国にこの国を変えていきたいのだよ」 

 金時は目を輝かせてそう語る頼光を見てにっと笑った。 

「殿様、俺たちに任せとけって。鬼なんざ、俺と季武の二人でやっつけてやるからよ。殿様には、ちゃんと生きて帰ってきてもらわねえと、その国づくりが滞っちまうからな」 

「金時もたまにはいいことをいう。だが、そのとおりですぞ、殿! 鬼どもは我々に任せて、殿は悠々と見物していてくだされ」季武も調子を合わせたように言った。 

「おい、季武! 今度は俺が先だからな。忘れてねえだろうな!」 

「お前はこの前一人で鬼を倒したから、それで十分であろうが」 

「殿様の目の前で倒さなきゃ、俺が強えってことを信じてもらえねえじゃねえか。いいか、きっとだぞ、こりゃ約束だからな!」 

「分かった、分かった。最初だけは譲ってやる。だがお前の手に余る様なら、すぐに割って入るからな」 

「俺は一人で大丈夫だって! お前は殿様と一緒にゆっくり見物してろ!」 

 呆れた顔で二人のやりとりを聞いていた頼光だったが、ふふと笑った。 

「まったく、お前たちときたらこの期に及んでもまったく変わらぬな――まあ、そなたらは最初から鬼退治ではなくて、己の力自慢のために仕官してきた口だからな。いやしかし、なんとも得難い家人を得たものだ。天下に並びなき男たちを得たものだ。俺は果報者だ、まこと、俺は日本一の果報者だ」そう言うと、頼光は大声で笑い始めた。

 その様子を見て初めは苦笑していた金時と季武だったが、頼光の笑い声に釣られるように大声で笑い始めた。満天の星空の下に、三人の男たちの笑い声が響いていた。 
 
 一方、頼光達より一刻ほど早く出発した綱、貞光、それに五平の三人は丹波へと続く鞍馬街道とは別の裏道を急ぎ足で歩いていた。彼らは頼光たちとは別な道から大江山に迫り、別な角度から敵の構えや情勢などをつぶさに探るように命じられていたからであった。

 七十を超えた五平がこの一行に加えられたことについていささかの不安を感じていた綱と貞光であったが、それは杞憂に終わった。長年、藤原秀郷の従者として幾多の戦場を駆け周り、数多の戦士を相手に戦ってきた五平はいまだ壮者のようで、その足腰はいささかも衰えていなかった。その五平は大きな荷箱を担いでいたが、その中には五平にとって縁ある非常に重要なものが入っていた。それは五平の主であった藤原秀郷がかつて琵琶湖に棲む大百足を退治した時に、その地の龍神から礼としてもらった鎧であった。身につけると射られた矢も避けていき、刀で斬られても傷一つつかないという、まことに不思議な鎧なのであった。 秀郷は将門討伐の折、この鎧を着て当時天下無敵と称された将門と斬り合い、天の助けもありなんとか将門の首を討ち取ったのであった。それ以後、その鎧は秀郷の屋敷の蔵の奥にしまったままであったが、右大臣藤原兼家に呼び出された後、不意に思い立ち、頼光に譲り渡したのだった。秀郷が亡くなった今となっては、この鎧はまさに秀郷の形見というべき品であった。それを五平に背負わせたのもまた頼光の粋な計らいというもので、五平は重さを感じるどころか、まるで秀郷とともに行軍しているかのように意気洋々と歩いていた。 

 綱たち一行は一度若狭に出ると、今度は若狭湾に流れ込む野田川を遡りながら大江山に迫った。最初は川筋を辿っていたが、いつか川もなくなると、鬱蒼と生い茂る山の中の獣道を掻き分けて進んでいった。ようやく大江山の頂きが見え始めたが、不思議なことに山頂付近には常に黒雲がかかり、近づけば近づくほど何やら禍々しい気が大江山から吹きつけてくるのが感じられた。 

 ようやく日も暮れてきて、ちょうどぽっかりとあいた空き地を見つけた一行は、そこを今日の寝床とすることにした。ちょうどそこからは黒雲に覆われた大江山の頂が眺められた。荷を下ろし、黒雲に覆われる頂のあたりを眺めていた綱のもとに貞光が近寄った。 

「ようやくここまで来たが、どうする。殿と落ち合うのは明日の晩、まだ時間があることはあるが……」 

 貞光の問いを受けても、なおしばらく山頂を黙って見つめていた綱だったが、意を決したように貞光を見た。 

「やはり敵は我らが攻めてくるのを待ち構えているようだ。一見しただけでは寂として何の構えもないように見えるが、山全体から容易ならざる殺気が漂っている」 

「確かにな……もしかすると、我らがここにいて山を見上げていることすら、敵は分かっているような気さえする」貞光が雲に覆われた山頂を見ながら低い声で言った。 

「そう心配するな。奴らとて、全てを承知しているわけではない。我らが攻めることは事前に流した偽の情報で敵とても承知しておろうが、まさかこんなに早く攻め入ってくるとは思ってはいまい――だが下手な戦をして、敵に感づかれてはまずい、まずは申し合わせどおり、殿と合流するのが上策であろうよ」

 貞光を安心させるかのように語る綱であったが、その心中に貞光と同じような不安が沸き起こってくることを如何ともすることができなかった。 
 
 同じころ、大江山の山頂に一人の鬼が立っていた。 

「……茨木童子様、敵の詳細が掴めました」後ろから声が掛かった。 

「星熊童子か、して敵の動きは」茨木童子は後ろに控える星熊童子を見ることもなく尋ねた。 

「頼光は家人二人を連れて、明日にはここに到着する見込みです。また別動隊として、綱ともう一人が従者のごとき男を連れて、既にこの山の麓に着いております」 

「やはり、満月の夜に出発するというのは頼光が流した偽の情報であったかよ。愚かなり、もはやこの丹波一帯は我らの支配下。鳥も獣も我らに従っているとも知らぬとは」 

「しかし危ういところでございました。頼光の屋敷は常の如くにあり、鴉たちの報告がなくば、準備もなくやつらの侵入を許すところでございました」 

「おそらく陰陽師の仕業であろうよ、彼奴ら惑わすことだけは長けておるからな……だが頼光め、たった六人で攻め込んでくるとは……」 

「その六人の中には、金熊童子に深手を負わせた男と一条戻り橋で鬼の首を簡単にひねった男、加えて熊童子を倒した男が混じっていることでございましょう。そして、あの綱がおります」星熊童子の言葉にしばらく黙っていた茨木童子がふふと笑った。 

「どうも綱のことを思うと、身に巣食う高ぶりを押さえきれぬわ。俺もまだまだ修行が足りぬと見える――星熊童子よ、頼光たち一行は数こそ少ないが、一騎当千の男たちだ。ゆめゆめ油断することのないよう一堂に伝えておけ」 

「承知しました……ところで、麓にいる綱たちはいかがいたしましょう」 

「放っておけ。どうせ明日には頼光らと落ち合ってここに攻めてくるのであろう。それまでは我らもゆっくり休んでおこうではないか――星熊童子よ、我らは必ず勝たねばならぬ。だが、俺は卑劣な手を使ってまで勝とうなどとは思ってはおらぬ。それでは大和と同じではないか。我らは正面からやつらを待ち受け、そして完膚なきまでに叩き潰す。それでこそ我らの悲願が達成されるというものだ」そう言って、茨木童子は満足げに笑みを浮かべた。 

 大江山の山頂と麓に立つものたち。それぞれの心は、まるで水面に映る景色のように、上下を逆にしていた。 

 

 

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