三日月が大江山の夜空に美しく浮かんでいた。大江山の登り口の前に山伏姿をした六人の男たちの姿があった。たった今辿り着いたばかりの頼光一行と、少し前にこの場に着いた綱たちであった。頼光は待ち受けていた綱たちが頭を下げるのを見ると、うれしそうに歩み寄った。
「綱よ、ご苦労だったな。貞光も五平も元気そうでなによりだ」
「何ほどのこともありません。私こそ殿の元気な御姿を拝しまして、安堵しました」
頼光は満足げに頷くと、さっそく綱に尋ねた。
「ところでどうだ、大江山の様子は」
綱はその言葉を聞くと眉をひそめた。
「どうも芳しくありません。敵の姿は一向に見えませんが、常にどこからか見られているような気配がしてなりません。また山もこのとおり寂として鳥の鳴き声一つ聞こえませんが、却って容易ならざる気が満ち充ちております」
「……我らの目論見はばれていたと申すか」頼光が静かに言った。
「申し上げにくいことですが、そう考えるべきかと……」
頼光は憂いを含んだ綱の顔をじっと見つめていたが、にやりと笑った。
「そちがそういうのであれば、そのとおりであろう。であれば、今更あれこれ考えてもせんなきこと。敵が待ち受けていたというなら、それもよかろう。予定通り攻め込むまでだ。だがこのまま六人で固まって攻め込むというのも芸なきことゆえ、ここで三手に分かれることにする。綱と貞光、そなたら二人はそれぞれ東と西に分かれて山の横腹を突け。季武と金時と五平は俺とともにこの道を登って正面から攻め込む。よいか戦いとは常に変化する。その変化の中にこそ活路がある。敵は我らを待ち受けているかもしれんが、我らがどのように攻め込むかまでは承知しておらん。少ない人数をさらに三手に分けるなど、ありえんことかもしれん。敵の主力にあたれば、そのものはあっさりと討ち取られるかもしれん、危険は承知の上、だが前にも言った通りだ! このうちの誰か一人でも生き残り、敵の首領の首を取れば、それは我らの勝ちとなる」
綱も脇で聞いていた金時たちも、あまりに剛毅な頼光の言葉に言葉を失った。何人いるか分からぬ敵の本拠地に、少ない手勢をさらに分けて、己が力のみを頼りに山頂を目指せというのだ、まさに必死の境地の中で活路を見いだせというのだ。と、そこで綱がはっとして叫んだ。
「お待ちください! まさか殿は御自身を囮になされるおつもりか!」
頼光は綱を見ると不敵に笑った。
「綱よ、わしが囮かそなたが囮か、そんなことは敵が考えればいいこと。我らはそれぞれが力の限り攻め上がるのみ。これは無策の策。だが無策なればこそ敵は迷う。そこにこそ勝機がある。死中にこそ生がある。皆のもの、命を一度天に返せ! さすればもはや恐れも迷いもない。あとは己の力次第、力あれば生き、力なくば死ぬ。ただそれだけのことだ!」頼光の言葉を受けて、金時がにやりと笑った。
「さすが殿様。いいこと言うぜ――そう、力がなきゃ死ぬだけのこと。おい、みんなそうだろ」金時の言葉に貞光が笑った。
「お前に言われるまでもない。生まれてきたときからずっと思ってきたことだ。ようやく待ちに待った力勝負ができる。まさに男冥利につきるというもの。なあ、鬼太郎!」
「まさか、こんな日がこようとは……生まれついてからずっとこの体の中に何かが棲み付いて、何をしても満ち足りんかった。だがお前らと会ってから、その何かがようやく、自分の居場所をみつけたように生き生きとしだした。生死を超えての力試し、これこそ俺がずっと夢見ていたもの。殿! 殿はこの季武に生きる喜びを与えてくださった。この上は殿の言う通り、命を天に預け、ただひたすらに力比べしたいと存ずる!」そう語る季武の顔もまた晴れやかに澄み渡っていた。
「……殿」渡辺綱が一歩前に出た。
「不貞腐れ、自暴自棄になっていたこの身を殿に拾っていただき、ここまでお引き立ていただきました。この命、とうに殿のために捨てております。殿がそれをお望みとあれば、いまさら何を言わんや。この綱、必ずや敵の首領の首を取ってごらんにいれる」
「おい綱どん。そりゃ俺に任せてもらうぜ。そんでもって、もう一回、みんなでここに戻ってきて、殿の前であんたと決着をつけさせてもらうからな!」金時が言うと、綱がふふと笑った。
「それではこんなところで死んでられんな。誰が最強の男か、そろそろはっきりさせなければならんからな」
「待て待て待て、綱殿、その勝負には俺も混ぜてもらうぜ。俺は天下最強の男になって、迎えにいかねばならん女人がおるからな」貞光が口をはさむと、今度は季武が割って入った。
「この期に及んで女のことを考えられるとは、まったくお前らしいわ。だがその勝負にはこの季武も混ぜてもらうぞ」
「まったく、お前らといると、まるで死ぬ気がせんわ」頼光が苦笑しながら男たちを眺めると、今度は一歩後ろに控える五平に向かって声をかけた。
「五平、そなたは俺のそばにいてくれ。そして秀郷殿の時と同じように俺にも力を貸してくれ」
「この五平、秀郷の殿の分まで殿をお守りいたす所存! どうぞ背中はこの私にお任せくだされ。鬼であろうと一歩たりとも近づけるものではございません!」そう語る五平の顔もまた、まるで壮者のころに戻ったかのように喜びと興奮に満ち溢れていた。
こうして頼光たちは、三手に分かれて大江山を攻めこむことになった。東の山裾からは綱、西の口からは貞光、そして正面口から攻め込むのは頼光を頭に季武に五平、そして金時であった。
「……なに、登り口から上がってくるのは四人だけだと」金熊童子の報告を受けた茨木童子が怪訝な面持ちで言った。
「はい、昇り口で頼光率いる三人と昨晩到着した綱たち三人が落ち合ったのは確かなのですが、実際にそこから昇ってくる人数は四人であると鴉どもが申しております」金熊童子もどうなっているのかよく分からないという顔で答えた。
「……その中に綱はいるのか」
「しかとは分かりかねますが、どうもその中にはいないようです」
金熊童子の返事を聞くと、茨木童子はしばし沈思した。てっきり頼光らは大江山の登り口で合流し、一丸となってそのままこの山に乗り込んでくるものと思っていた。そう思ったからこそ、星熊童子と虎熊童子に率いさせた鬼たちを表山道の途中に配し、自身もそこに赴いて、一挙に殲滅せんと考えていたのであった。だが表口から昇ってくるのは四人だけだという。となると、そこにいない二人は別な方角から、道なき道をとおってこの頂きに迫ってくるということになる。
手勢を割くべきか。だがどこからやってくるか分からぬこの状況では割きようがない。しかも、おそらくその二人は個々に分かれて単独行動をとっているに違いない。一人であることの身軽さを生かして物陰に潜みながらこちらの包囲網をかいくぐり、無駄な戦いを避けて一気に頂上に迫ろうと考えているのだろう。となれば、いくら獣や鴉たちが運よくその姿を見つけて我らに知らせてきたとしても、そこに手勢を送る頃にはもはやもぬけの殻となっていることであろう……しかしやつら、たった一人でここまで昇りつめることができると本気で思っているのか……やはり単にこちらの目を欺くための陽動か……だが登り口から上がってくる攻め手の中に綱がいないというのが気にかかる……綱こそがやつらの切り札で、頼光たちが囮なのではないか。我らが頼光たちに手間取っている間に、綱が密かに山頂に忍び寄り、我が主の首を狙っているのかもしれん……いや、そんなことをさせては断じてならん! 万が一にも主のもとに敵を侵入させるなど絶対にあってはならぬこと。とすればこの戦の差配は……
茨木童子はくわっと目を開くと金熊童子を睨みつけた。
「金熊童子よ、すぐに駆け戻って星熊童子と虎熊童子にこう伝えよ。敵は分散して山頂に至らんとする。よって俺は万が一にも敵が侵入することがないように主が座するこの洞窟の前で待機し不測の事態に備えることとする。星熊童子と虎熊童子はそのまま手兵を率いて、表から来る頼光たちを迎え撃てと」金熊童子は緊張した面持ちで茨木童子の言葉に頷いた。
「そして、そなたはそのことを星熊童子たちに伝えたのち、すぐに鴉たちに命じて、残りの二人の行方を探れ。敵を見つけたら笛を鳴らして全山にそのことを知らせ、そのものを即座に討ち果たせ」
「あいわかりました。姿の見えぬ二人のことは、どうぞこの金熊童子にお任せください。必ずや打ち倒してご覧にいれます」
金熊童子は力強くそう言うと踵を返して立ち去りかけたが、再び茨木童子の声が掛かった。
「金熊童子よ、決して敵を甘く見るな。敵はたった六人だが、皆、命を賭し、必勝を期して、この戦いに臨んでいる。そういうものどもと戦うからには我らもまた必殺の念を抱いて、敵に当たらねばならん」
茨木童子の声はこれまで聞いたことがないほど重く、緊張感に溢れていた。金熊童子はその言葉を胸に刻み付けると静かに闇の中に消えていった。一人になった茨木童子は山裾を見て小さくつぶやいた。
「……頼光に綱よ、どうせなら俺のもとへ辿り着いてみろ。そして、今日こそ決着をつけようではないか。人と鬼、どちらがこの国の主たるべきか、誰が最強の存在であるか……」
