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【平安を舞台にした和風ファンタジー】『異形の国』 (三十九)

 金時の肌をさきほどからびりびりとした感覚が走っていた。この現象が起こるときは殺気を放つものがすぐ近くにいることを、金時は長年の経験から知っていた。後ろを歩く頼光たちも気配を感じているようであった。 

 登り始めて半刻が過ぎたころであった。鬱蒼と木々が生い茂る山道が急に開けた。そこは空き地だった。空がぽっかりあいて奇麗な三日月が浮かんでいた。空を見上げながら、金時がその空き地に一歩足を踏み出すと何か固いものが足にぶつかった。何事かと目を下した瞬間、金時の体が固まった。それは鎧だった。しかもただの鎧ではなかった。その鎧からは白骨と化した人の骨が飛び出ており、そんな鎧が数え切れぬほど、辺り一面に転がっていた。二カ月前、頼光のかわりに大江山に攻め込んだ藤原保昌が率いた兵三千の骸であった。 

「こりゃ、ひでえ……」骸の山を前に金時が声を上げた。 

 しゃれこうべがあちこちにごろごろと転がっていた。折れた刀、深く引き裂かされた鎧、真っ二つに断ち割られた兜が散らばっていた。 

「これは、もしや藤原保昌どのでは……」 

 頼光がひと際立派な装飾が施された鎧の傍にしゃがみこむと小さく声をあげた。その鎧は確かに藤原保昌のものであった。鎧の傍にはしゃれこうべが一つ転がっていて、まるで何かを訴えかけるように頼光の方を見つめていた。頼光はしゃれこうべに向けて静かに手を合わせた。 

 その時、森の中から何か音がした。ざさっ、ざさっと草をかきわける音。みしりみしりと地面を踏む音。何か巨大なものたちの息遣い。そうした音が至る方向から聞こえてきた。 

 頼光たちは自然と空き地の真ん中に固まるようにして集まり、それぞれ背中を合わせて、自分の目の前の暗い森を凝視した。すると森の中から鬼たちが次々に現れ始めた。赤い鬼、青い鬼、馬の頭をした鬼、牛の頭をした鬼、狩衣を着た鬼、小袖を着た鬼、いずれも恐ろしげな顔をして頼光たちを睨みつけていた。頼光たちはいつの間にか何百という鬼たちに囲まれていた。 

 その中からひと際大きい鬼が現れた。それを見た頼光の目が鋭く光った。それこそ秀郷の命を奪った身の丈八尺を超える巨漢の鬼、虎熊童子であった。虎熊童子は一歩前に出ると、傲然と頼光を睨みつけた。 

「頼光、覚えておろうな。この腕の傷の借りは必ず返すと」

 虎熊童子はそう言うと、かすかに刀傷の跡が残る太い腕を頼光の前に晒した。だが頼光もずいと前に出ると火を吐くように叫んだ。 

「お前の方こそ、忘れてはおらんだろうな。今度は、我らが攻める番だと。その言葉どおり、我らはここに来た。そして今日こそ貴様らを一掃し、一切のけりをつけてやる」 

 虎熊童子は頼光の言葉を聞くと鼻でせせら笑った。 

「人の分際で、しかもたった四人で我らを倒そうなどと片腹痛いわ。俺が相手してやってもいいが、この鬼たちもまた偉大なる主に忠誠を尽くしたものどもであるからには、こやつらの戦う機会を失わせるわけにもいかん。我らに勝とうというなら、まずはこの鬼たちを倒すことだな。それもできんようであれば、わしと戦うことも、偉大なる主のもと辿り着くことも到底できんわ」そう言うと、虎熊童子は鬼たちに向かって大音声を放った。 

「鬼どもよ! こやつらの小癪な挑戦を受けてやれ。いまこそお前たちの中に滾る憤怒の念を晴らす時だ! こやつらの頭を叩き割り、腸を引きずり出せ! 肉の一片、血の一滴も残さず、抹殺するのだ!」その怒号は全山に轟き、山中に潜む獣や鳥たちの肝を凍らせた。 

 だが、頼光たちは違った。頼光たちの心気はいまや天に届かんばかりに高まっていた。 

「季武、金時、五平! 無駄には死ぬなよ!」頼光が叫んだ。 

「季武! どっちがたくさん鬼を倒すか勝負だ!」金時が吠えた。 

「分かっておるわ! 金時、こんな奴ら相手に油断するなよ!」季武が怒鳴った。 

「殿は正面だけに集中してくだれ! 背後はこの五平に全てお任せを!」五平が絶叫した。 

 こうして、大江山表口の戦いの火ぶたが切って落とされた。 

 
 鬼太郎の異名をとる卜部季武は子どもの時から異常に大きく、ありゃ、人の子じゃない、鬼の子よと、よく人から虐げられたものだった。運よく隣村に荒太郎という同じ年頃の暴れん坊がいたおかげで孤独にならずに済んだが、それでも世の仕打ちを相当恨んだものだった。だから季武は強くなろうとした。強くなれば少なくても人から蔑まされることはない。誰も文句が言えないくらい強くなってやる。季武の想いはただそれだけだった。 

 猟師の息子であった季武は刀など手に入れることができず、木を削って棒を作った。その棒をもって、朝から晩まで山の中で走り回った。虫や鳥や獣たちを相手に棒をふるった。そしていつの間にか、季武の棒術は並外れたものとなっていた。己の技をさらに磨こうと京に来た季武は鉄の棒を特別に作らせ、それを手に無頼の若者どもを集めて道場を開いた。喧嘩好き、力自慢、京に巣くう悪童たち相手に鍛錬に明け暮れた。いつしか季武に適うものは誰一人いなくなってしまった。 

 しかし、貴族が支配するこの世において、いくら棒術に秀でても、出世することはできなかった。逆に悪党の親玉として民に恐れられるばかりとなっていた。失望の念が日増しに強くなっていた。そんな時だった、貞光と金時、そして綱や頼光という男たちに出会うことができたのは。本音で話し合える友を見つけることができた。自分という存在に意味をあたえてくれる主君に出会うことができた。そしてようやく思う存分、自分の力を発揮できる機会に巡り合った。季武の心にはなんの恐れもなかった。ひたすらに力を奮う、今この時季武の心にあるのはただそれだけだった。 
季武は鉄棒を持ち上げた。その鉄の棒は十貫以上、ゆうに米一表ほどの重さがあった。

 季武がその鉄棒をまるで小枝を振るように自在に振り回すと、棒は囂々と唸り声を上げて空気を切り裂いた。季武目掛けて、鬼どもが次々と襲い掛かってきた。だが鬼どもは季武に触れることすらできなかった。うねりをあげる棒は鬼たちを瞬時に物言わぬ肉片と化した。さしもの鬼たちもその勢いに押され、不用意に飛び込むものはいなくなったが、それを見た季武は今度は自分からと、鬼たちの中に飛び込んでいった。鬼たちはあたふたと逃げ惑ったが、大半はかわすことすらできず、次々と倒れていった。

 「さあ、かかってこい、鬼ども! 俺も昔は鬼の子と呼ばれたものだ。虐げられた鬼同士、どちらが強いか勝負をつけようではないか。だが散々、人を喰ってきたお前らには一片の情けもかけぬから、そのつもりで来るがいい!」季武の顔は、鬼の血潮で既に真っ赤に染まっていた。それは、まさに鬼そのものであった。 
 
 頼光は腰に差していた愛刀膝丸を抜いた。髭切の太刀と並んで代々源氏に重宝として伝わる名刀であった。二尺四寸、腰から反りが入り、刃文は小乱れで、空から差し込む月の光を受けて、怪しく照り輝いていた。頼光は膝丸を構えると迫りくる鬼たちを見つめた。一回りも大きい赤鬼、牛の頭をした鬼、狩衣を着た鬼が一斉に躍りかかろうとしていた。 

 頼光はふうっと息を吐いた。そしてまるで水が流れるがごとくに赤鬼の懐に滑り込んだかと思うと、その腹を一閃した。まるで空気を切ったかのように滑らかな動きであった。だが鬼の体は骨ごと真っ二つに切れていた。続けざま、今度は勢い込んで走ってきた牛の頭をした鬼の横に立って首を薙いだ。さっきと同じようになんの音もなく、牛の頭は胴から離れた。頼光の頭に白い狩衣の鬼が振り下ろした刃が迫っていた。だが頼光はここに太刀が来ることを完全に見切っているごとくに、その太刀を紙一重でかわすと、すっと下段から上段に向けて鬼の体を切り上げた。白い狩衣の鬼はものも言わず倒れていた。いずれの鬼もいったい何が起こったのか分からないまま死んだのに違いなかった。源氏の棟梁、源頼光、この男もまた尋常の人ではなかった。それはまさに鬼を滅する天神の一人かと見えた。 
 
 頼光の後ろには五平が槍を構えていた。五平の前にも鬼どもが攻め寄せていた。だが五平の顔には笑みがあった。かつて藤原秀郷と関東で平将門と対峙した時、秀郷と五平は圧倒的な将門軍に包囲された。至るところから敵が攻めかかってきた。切っても切っても、敵の勢いは止まず、五平の気力も尽き果てんとした。諦めかけた五平は背中を合わせる秀郷を顧みた。五平は絶句した。秀郷の顔も鎧も返り血で真っ赤に染まっていたが、秀郷はうれしそうに笑っていた。笑いながら敵を切り裂き、突き殺し、容赦なく首を刎ねていた。五平は最初その姿を恐ろしいと思った。自分の主を鬼だと思った。だがだんだんと五平の心にも秀郷と同じような心持がわいてきた。敵が憎いわけではない。ただ、この世に生まれたからには最後の最後まで戦わねばならぬ。獣も鳥も虫たちもそうやって生きている。強ければ生き、弱ければ死ぬ、ただそれだけのこと。ただそれだけのことだった。そう思ったら五平の顔にもいつの間にか笑みが湧いてきた。

 今日もあの時と同じであった。五平の背中にいる男は変わったが、その男もまた秀郷と同じ心を持っていた。五平には何の恐怖もなかった。七十を超えて、命を懸けた力勝負ができる。男と生まれてこれほど楽しいことがあろうか。目の前に大きな棍棒を持った青鬼が迫っていた。五平は裂帛の気合とともに鬼の腹に槍を突き入れた。青鬼は目の前の年老いた男が思いもかけぬ鋭さで槍を繰り出すのを、あっけに取られたように見ていたが、そのままどうと後ろに倒れた。藤原秀郷の従者波多野五平、いや今は源頼光の家人五平。この男も常人にはたどり着けぬ境地に辿り着いた修羅の一人であった。 
 
 金時の前に鬼どもが立ち並んでいた。凡そ五十はいようか。鬼どもはにやにやと笑っていた。金時が何の獲物を持たず、なんとも薄っぺらい胴当てをつけていただけであったからだった。だが金時はそんなことを気にする風もなく、値踏みでもするかのように鬼どもをずらりと眺め渡すとにやりと笑った。 

「なんだ、図体ばっかりでかいが、中身はなんてことはねえ、雑魚ばっかりじゃねえか。これじゃ足柄山の熊の方がまだ強そうだぜ」 

 あまりに不埒な言葉に鬼たちの形相が変わった。一人の黒鬼が肩を怒らして近づいてくると目の前の金時を見下ろした。 

「きさま、虫けらの分際でよくもでかい口を……」 

 そう言いかけた黒鬼の顔が横にひん曲がったと思ったら、そのまま三間もぶっとんでいた。黒鬼の顔半分はなんと骨が陥没して目も当てられぬ様となっていた。金時は握り拳を前に掲げると、驚きのあまり目をひん剥いている鬼たちに向かって言った。 

「おいおまえらよ、虫けらだろうがなんだろうが、こっちだって生きてんだぜ。あんまり舐めてかかると後悔するぜ。殺すつもりで来るんなら、てめえらも殺される覚悟で来いよ。それが男の勝負ってもんだぜ。分かったか!」 

 そう言うや金時は鬼の中に飛び込んでいった。あまりのことに茫然としていた鬼たちだったが、急に我に返ると暴れまわる金時につかみかからんとした。だが至る所から悲鳴があがった。金時の拳はまるで鉄槌のごとくに肉を押しつぶし、骨を破砕した。 

「こ、この糞野郎が!」

 血相変えた馬頭の鬼が金時目掛けて棍棒を振り下ろした。だが金時はその棍棒を太い腕で受け止めると、薄く笑った。 

「やっぱり、熊の方が強えや」そう言うや馬面の首をぶっ叩いた。そのあまりの力に馬面の鬼の頭が妙な角度に折れ曲がり、そのままゆっくりと倒れ落ちた。とんでもない強力であった。鬼たちは目をひん剥いて、金時を見つめなおした。金時の両腕は月影のせいなのか、なにやら黒檀の如くに鈍い光を放ち始めていた。それを見た鬼たちの顔に驚愕の色が浮かんでいた。 

「お、お前は何者だ……」 

 鬼の震える声を聞いた金時はにやりと笑った。 

「何、鳩が豆鉄砲食らったような面してやがる。俺は人間に決まってるだろうが。いいかてめえら、俺の名は坂田金時。頼光の殿さまの家来で、ゆくゆくは天下一を目指そうって男だ!」

 そう言うや、金時は再び鬼どもに飛び掛かっていった。その拳は鬼の腹をぶち抜き、その蹴りは鬼の頭を薙ぎ払った。もはやどちらが鬼か分からなかった。坂田金時、その体に流れる鬼の血がようやく目覚めたのだった。 

 



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