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【平安を舞台にした和風ファンタジー】『異形の国』 (五十五)

 今を遡ること三十数年前。その頃、京の七条河原にはなんとも異様なものが据えられていた。首であった。しかしこの首、ただの首ではなかった。なんとしゃべるのである。首だけになったにも関わらず、生きているかの如くにしゃべるのである。最初は興味半分で見物にきたものたちもいたが、皆そのあまりの恐ろしさに一目見るや腰を抜かして逃げ帰り、今では人の影もなく、犬猫や烏の鳴き声さえも絶え果ててしまった。その首はただ人の首ではなかった。その首の主は関東の地に覇を唱え、朝廷に戦いを挑んだ平将門その人の首であった。 
 
 天慶二年、下総を本拠とする将門は常陸の国府を奪うと、下野、上野と次々に朝廷の拠点に攻め込んだ。将門の武勇と威名に恐れをなした朝廷軍は次々に敗走し、将門は一年を経ずして関東一円を手中に収めたのであった。これぞ世に言う天慶の大乱である。

 これまで帝の威光を笠にきて、貴族に非ずんば人に非ずのごときであった朝野のものたちはこの報に慌てふためき、とにかく神仏にすがらんと全国の諸社、諸寺に将門朝伏の祈祷を命じたが、さすがにそれだけで事が収まるとは思っていなかったようで、なりふりかまわず各地に将門討伐の勅を出すとともに、既に天下に名を轟かせていた藤原秀郷に下知を与え、将門討伐に赴かせたのだった。 

 秀郷は腹心のものどもを引き連れて関東に下ったが、事は予想以上に深刻であった。将門は民心を完全に掴んでおり、今回のことが決して将門一人の欲得ではないことが分かってきたのであった。都の権力者に気に入られることばかりに目を囚われ、この場に住むものたちの現実を見ようともしない役人たちに支配されることがいかに過酷なことであるか。同じ人であるのに毛人よ、夷よと禽獣並みの扱いに甘んじざるをえないものたちの絶望がどれほどのものであるか。そうしたものたちにとってみれば、自分たちと同じ板東の男、将門がこの関東を都とし、新皇と称したことがどれほど痛快なことであったか。そうしたこれまで積もり積もってきた思いが、この関東の地には至る処に漂っていたのであった。 

 そうした状況をつぶさにみた秀郷は、まずは将門によって駆逐されたものたちを仲間に引き入れることから始めた。負けたものからすれば、いかに将門が正しく民心を掴んでいようが、ただ将門憎しの一念しかない。また将門の軍門には下ったが、日和見主義のものたちにもどんどん声を掛けた。そうしたものたちは将門の勢いに恐れて臣従を誓ったが、心の中では同じ田舎豪族に過ぎない将門に頭を下げるのを潔しとしないものも多くいた。秀郷はそういうものたちに恩賞を確約して仲間に引き入れていった。  

 そうして兵を集めていった秀郷であったが将門もさるもの。秀郷の動きを察知するや大勢が整う前に粉砕し、秀郷は幾度も苦汁をなめさせられた。だが秀郷はその都度、生き永らえた。秀郷が武勇に優れていたこともあったが、家臣たちが身を挺して秀郷を庇い、時には身代わりとなって秀郷を逃がしたからであった。そうして死んでいった家臣たちに託された想いに応えねばと、幾たび負けても秀郷は決して諦めなかった。何度も何度も再起した。そして、いつしか秀郷もまた関東の地で大いに人望を集めていった。秀郷の人となりとその武勇に惚れたものたちが、自然と秀郷のもとに集まっていったのであった。 

 秀郷は負けることによって、自分の至らなさを知り、自分が多くの人に支えられていることを学び、そうしたものたちの想いを自身に刻みつけ成長していった。反対に将門は強すぎるが故に人の心を気遣うゆとりが足りなかった。人を頼りにしようとは思わなかった。少しでも誤ちを犯せば大勢の前で面罵し足蹴にした。心ある配下の忠言に耳を傾けようとはしなかった。新皇と称した今、己一人が特別な存在であると思い込んでいた。そうしたことが少しづつ、将門から人心を離していった。 

 その年の暮れには形勢はすっかり逆転していた。今や秀郷の方が優勢となり、将門の方が劣勢となっていた。そうして幾度かの戦いを経て、秀郷はついに将門を追いつめることに成功したのだった。秀郷は勝負を決せんと四千の大軍をもって将門軍を攻め立てた。既に将門軍の手勢は数百ばかりとなっており、勝敗の帰趨は明らかに見えた。だがその戦いは、かつてないほど壮絶なものとなったのであった。 
 
 この期に至って将門に付き従う配下のものどもは将門のために死せんと誓った一騎当千の兵であり、秀郷率いる軍勢を見てもたじろぐものは誰一人いなかった。皆、死に花を咲かせんと秀郷軍相手に突っ込んでいった。そしてそんな兵たちをはるかに超える勇猛ぶりを見せたのが当の将門であった。将門は馬を自在に操り、我に敵なしとばかりに戦場を疾駆した。槍を一閃すれば、何人もの秀郷軍の兵士の首が跳ね飛ばされた。槍をつけば二三人ごと串刺しにしてそのまま投げ捨てた。その悪鬼の如き戦いぶりに、さしもの秀郷軍も浮足立ち、将門が前に立つと蜘蛛の子を散らすように逃げまどった。いつの間にやら四千もいた秀郷軍は数百を数えるほどになっていた。 

 対峙するものが誰もいなくなった将門は辺りを見渡すと、配下のものたちが攻めあぐねている一角を認めた。そこは秀郷軍の主力と見え、敵ながら見事な武者ぶりで、将門の兵士たちと互角に戦っていた。そして、その中に一人、刀を縦横にふるい、次々と将門軍の兵士を討ち取る剛勇の男がいた。その男こそ藤原秀郷その人であった。 

 将門は秀郷の姿を見つけると傲然と近づいていった。将門が近づいてきたのを知った秀郷の配下の騎馬武者が数騎、これぞ敵の首領とばかりに一斉に将門に躍りかかっていった。このものたちもこの場に至るまで生き残り、秀郷に忠誠を誓ったいずれ劣らぬ兵たちであった。雄叫びをあげ、槍を小脇に抱えた騎馬武者たちが将門の近くまで迫ったその時だった。 将門は手にした槍を一閃した。空気を圧するような轟音が響いたかと思うと、騎馬武者たちが乗った馬が半立ちになり、激しく嘶いた。そして馬は背中の武者を振り落とすと、そのまま逃げ去ってしまった。転がり落ちた武者はその場に取り残されてしまったが、そのものたちにとって馬はもはや無用の長物であったろう。なぜなら武者の首から上は既になく、槍の一振りで全て薙ぎ払われてしまっていたからであった。恐るべき将門の業であった。秀郷の周りにいた武者たちも、皆凝然として声を出すこともできなかった。秀郷もまた、その光景を見て、口を結ぶほかなかった。将門はそんな秀郷たちを見るとにやりと笑った。 

「藤原秀郷よ、よくぞここまでこの俺を追いつめたものよ。さすが天下一と称される武士だけのことはある。だが俺もやすやすと負けるわけにはいかぬでな。さあ秀郷よ、時もよし、そろそろ決着をつけようではないか」 

 将門の挑発めいた物言いに、一時は士気を挫かれかけた秀郷の配下のものたちがなにくそと前に出ようとした。だが秀郷はそれを押しとどめた。そして自ら前に出ると将門の方にゆっくりと馬を進め、目の前にいる将門を睨みつけた。 

「……将門、貴様、変わったか」 

 その言葉に将門はふっと笑った。 

「変わった……変りもしようよ。変わらんでどうする。変えんでどうする。お前はこんな世の中に満足しているのか。あんなつまらん奴らにこき使われる人生に満足しているのか。力もないくせに、我ら武士をまるで犬畜生のごとくに見下ろすあのものどもに腹が立たんのか」 

「……だから、反旗を翻したというのか」 

「最初から反旗を翻そうなどとは思っておらんかった。だがいくら俺が言い訳したところで、彼奴らが聞くはずもないではないか――それでも頭を地面にこすりつけて涙声で嘆願すれば、あるいは赦免されたかもしれん。だがそれでどうなる。またやつらの犬となって、地面に這いつくばって生きるのか! もううんざりだ! だから立った。だから新たな王としてこの地に立ったのだ! 秀郷よ、お前も武士であろう! お前はそんな俺を討とうというのか、やつらの犬になって、俺を討とうというのか!」 

 将門の言葉は秀郷とて日頃感じていたことだった。この世に生きている武士、農民、弱き者たち。その数の方が圧倒的に多いはずなのに、ほんの一握りのものたちが全てを独占し、思うままに振舞う。こんな世の中でいいはずがない。もっと新しい世を、もっと正しい世をつくらねばならない。秀郷とて心の底では思っていたことであった。その思いが秀郷の喉を詰まらせた。だがその時、秀郷の背中から別な男の声がした。 

「殿! 敵の口車に乗ってはいけませんぞ! 殿は殿じゃ、殿が信じる道を堂々と歩けばいいのじゃ! 堂々と正面から変えていけばいいのじゃ! 反乱など起こせば世を変えられるなどと考える愚か者と殿は全く別じゃ! 仲間たちも皆、そんな殿のために命を託してきたのじゃ。この五平とて同じ思い! 殿、彼奴の言葉に惑わされることなく、心置きなくお討ちなされ!」

 五平の言葉は秀郷の心に入り込んだ迷いを一瞬にして吹き飛ばした。秀郷はふっと笑った。 

「将門よ、お前の言うこと分からぬでもない。だが俺には俺のやり方がある。俺は俺のやり方でこの世を変えて見せる。それにな、俺には何よりも大事なものがある……それは、俺を慕ってここまでついてきてくれたものたちだ! こんな俺のために命を捧げてくれたものたちの想いだ! 貴様は何物にも代えがたい俺の大切な家臣を幾人も殺した。その貴様の言うことに誑かされては、どの面さげて、あのものたちに見えようぞ!」 

 秀郷は将門に向かって馬を走らせた。そして裂帛の気合をもって、将門の頭目掛けて太刀を振るった。将門はその秀郷の圧力に一瞬躊躇した。眼前に迫った秀郷を見て、慌てて槍をかざした。だが秀郷の太刀は将門の槍を完全に断ち割っていた。刃は槍を真っ二つにし、そのまま将門の兜に食い込んだ。さしもの将門もその衝撃に耐えきれず、くらりとして馬から転げ落ちた。それを見た秀郷はすかさず馬から飛び降り、さらに太刀を振るった。だがさすが将門、転げ落ちるや否やすかさず腰の刀を抜いて秀郷の太刀を払った。幾度に渡る打ち合い。そのたびに互いの太刀がぶつかり、金属と金属がぶつかる音が鳴り響いた。その戦いを遠巻きに見る家来たちは、もはやそこが戦場であることを忘れていた。目の前で繰り広げられる最強の男同士の戦いを食い入るように見つめていた。 

 だがその実、秀郷は追い込まれていた。将門が振り下ろす太刀は振るえば振るうほど重みが増していた。太刀を合わせれば合わせるほど、目の前にいる将門の姿が大きくなっているのを感じていた。それは秀郷の錯覚ではなかった。実際に将門は大きくなっていた。そして、体全体が妙に黒々と照り輝き始めていた。将門の刀が振り下ろされた。秀郷は刀を盾にして必死に防いだ。もはや片手では足りず両手でもって将門の太刀を防いだ。信じがたい力であった。互いの刀がこすれ、秀郷の刀がしなった。 

「それで終いか! 天下一と称されるお前の力はそんなものか! ならば、これで終わりだ!」

 そう叫ぶや、将門はもう一度刀を振り上げ、秀郷の頭目がけて振り下ろした。必死に守らんと刀で防がんとした。だが限界であった。刀が折れる音が虚ろに響いた。将門は秀郷の太刀を真っ二つに叩き折り、そのままの勢いで鎧ごと秀郷の胴体を叩き斬った。 
将門が醜く笑ったその時だった。しゅっと空気が斬れる音が鳴った。その音とともに刀を握った将門の右腕が地面に転げ落ちた。 

「こ、これは!」片腕をなくした将門が驚いたように秀郷を見た。目の前の男は己が一刀で叩き斬ったはずだった。だが秀郷の鎧には傷一つ入っていなかった。そして、その手には、打ち折られた刀よりも幾分か短い脇差が握られていた。 

「そ、その鎧は」 

「この鎧は太刀では斬れぬぞ、将門よ。右腕をなくしたお前にもはや勝ち目はない。潔く腹を斬れ」 

「何をしゃらくさい! もはや刀などいらぬ! この拳で貴様をへし折ってくれるわ」

 怒声を発した将門が秀郷に襲い掛かった。だが左手一つとなった将門では、秀郷を攻め切ることができなかった。秀郷は将門の動きを冷静に捉え、その拳を的確にかわし、反転、攻勢に移った。脇差とは言え、その切れ味は鋭く、将門は防戦一方となった。そしてついにその刀が将門の顔面を捉えた。ついにやったか、周囲のものがそう思った瞬間、なんと将門は素手でその刀を受け止めた。信じられなかった。秀郷が放った渾身の一刀を素手で受け止めていた。そしてその手は、まるで黒鉄のように黒く光っていた。秀郷がありったけ力で刀を押し込んだ。だが、刀を受け止めた将門の手は鋼でできているかのように、ぎりぎりと音がするばかりで、一寸たりとも食い込ませることができなかった。 

「……将門、貴様、本当に鬼にでもなったか」

 秀郷は目を見開き将門を睨んだ。だが将門も素手で刃を受け止めている自分の手を信じられぬとばかりにみつめていた。 

「……どうやら、本当に鬼になったのかもしれぬな……それならそれで構わぬ、もともと鬼の如くに扱われてきた身。ならば本当の鬼となって、奴らを喰い殺すまでよ」 

 将門はそう言うや、刃を片手で掴んだまま、将門を喰らわんとその喉笛にかみつこうとした。秀郷は後ろにのけぞってなんとかかわしたが、今度は掴んでいた刀を放した将門の拳が目の前に飛んできた。秀郷の体勢は既に崩れており、この拳は避けきれなかった。将門の拳が秀郷の兜を撃った。その瞬間、兜に無数の亀裂が走った。兜越しにも関わらず、凄まじい衝撃が秀郷の頭を襲った。頭の中で火花が散り、意識が飛びかけた。

 だが戦人としての本能がそれを押しとどめた。そして秀郷は無意識に太刀を横に払っていた。その太刀は将門の鎧を切り裂いていたが、鎧の下の肉体には傷一つつけることができなかった。 

「貴様、本当に鬼となってしまったようだな」 

「どうやら、そのようだな。しかし鬼にこのような力があろうとはな。この不死身の肉体があれば、人など塵芥も同じこと。鬼となったこの将門がこの国を思うがままに支配してくれるわ」そう言うや将門は再び拳を秀郷目がけて振り下ろした。秀郷はでんぐりをうって、身を交わすと、すかさず立ち上がった。そして憐れむように将門をみつめた。 

「哀れな……人は時に鬼にもなろう。だが人の心を忘れ果ててはその魂は救われることはない。哀しみを知ればこそ、人は愛を感じることができる。苦悶するからこそ、希望を持つことができるのだ。だが鬼となった貴様はもはや愛も希望も失ってしまったと見える。もはや生きていても詮なき身。ならばせめてもの情け。俺が貴様に引導を渡してやろう」 

「人の身でこの俺に向かって何をほざく! そんな戯言は俺を切ってから言うことだな」 

 将門は秀郷に向かって殴り掛かった。いまや将門の体は八尺を超えるほどに大きくなっていた。そしていつの間にやら、その頭には巨大な角が二本突き出ていた。将門の拳はまるで巨大な岩のようで、その拳を放つ左腕はさきほどよりさらに黒くなっていた。 

「小癪な奴め、逃げることしかできんかよ。貴様のような腰抜けが天下一などと片腹痛いわ!」 

 そう叫ぶ将門の眦は切れ、目は真っ赤でその顔は完全に鬼そのものであった。将門の放つ拳は巨大な鉄槌と同じであった。その威力たるや空気を圧し、大地を穿いた。将門の暴風のような攻撃はどんどん勢いを増していき、しまいには触れずともその風圧で秀郷の肌を切り刻んでいた。秀郷はその攻撃をなんとか凌いでいた。拳をかわすたびに将門という男が、人ではなく鬼に変じていくのを感じていた。秀郷は拳を交わしながら、心の中で叫んでいた。自分の身代わりになって死んだ者たちを思いながら必死に叫んでいた。  

 みんな、俺に力を貸してくれ! 

 今一度だけ、力を貸してくれ! 

 鬼となった、将門を討ち果たす力を貸してくれ! 

 天よ、仏よ、鬼となり果てたこの哀れな男を救ってやってくれ! 

 

 その時だった。ぶ厚い雲の切れ間から一筋の光が差し込み、将門の体を照らした。その瞬間、それまで真っ黒だった将門の首が人肌に戻っていた。秀郷はまるでそれを待っていたかのように、初めて前に足を踏み出した。そして巨大な将門の懐に飛び込み、太刀を一閃した。目にも止まらぬ、まさに電光石火というべき一振りだった。秀郷という男の業の全てが凝縮された生涯最高の一振りであった。その太刀は人に戻った将門の首を完全に切断していた。将門が痙攣したようにふるふると震えた。そして自分の前にいる秀郷を見てにやりと笑うと、その首は笑いを浮かべたまま大地に落ちていた。こうして天下を揺るがした天慶の大乱は終わった。 

 



 

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