金時は不思議な夢を見ていた。どこかの戦場であろうか、兵士たちの死体が数知れず、辺り一面に転がっていた。そんな中で自分は誰かと戦っていた。その男は金時にも見覚えがあった。それはあの五平が主と仰ぐ藤原秀郷だった。だが金時が知っている老いた秀郷とは異なり、まだ壮者のように若々しかった。その秀郷を自分は追いつめていた。素手にも関わらず刀を持った秀郷相手に攻めかかり、拳を振るうたびに秀郷の皮膚を切り刻んだ。だが秀郷の目は光を失っていなかった。何かを期しているのか、防戦一方ではあったが、その体勢はまだ崩れてはいなかった。それが癪に障った。この自分を相手にまだ勝てると思っていることが許せなかった。
金時は一気に勝負をきめんと躍りかかった、そのときだった。突如、空から一筋の光が舞い降り、自分を明るく照らした。その瞬間、力が吸い取られるような感じがした。そしてまるでそれを待っていたかのように秀郷が足を前に踏み出し、目で捉えることすらできぬほどの早業で刀を一閃した。鋭い痛みが首筋を走った。だがそんなことよりも、ようやく秀郷を完全に己の間合いに捉えたと思った金時は、秀郷を叩きつぶさんと拳を降り下ろそうとした。だが思いとは裏腹に体は凍りついたように動かなかった。動くことができず石像のように立ちすくむ自分の前で、秀郷がまるで憐れむように自分を見つめていた。そして目の前が暗くなった。
別な光景が見えてきた。今度はどこかの河原を歩いていた。よほど疲れているのか、歩くのもやっとだったが、何か目指すあてがあるのか、ひたすら前へ前へと歩いていた。すると、薄闇の中に何かが見えてきた。それは白木でできた据え台のようなものであったが、そこには何かが置かれているようであった。歩を緩めて、探るように近づいていくと、それが何であるかようやく分かった。それは生首だった。だがその生首はただの生首と違い、生きているが如くに生気を帯びていた。その時だった。その首の眼が開いたかと思ったら、いきなり悪罵を放ってきた。驚きのあまり一瞬身がすくんだが、その悪罵を聞いているうちに、不思議な感情が芽生えてきた。それはその場には全くそぐわない感情だった。うれしかった。哀しかった。金時の目頭が自然と熱くなって、いつの間にか涙をこぼしていた。金時はその首の前に膝をついていた。
「……父上」
勝手に言葉が口から洩れた。まるで誰か別の人間が自分の中にいるかのようであった。その誰かが感に堪えぬとばかりに首としゃべっていた。その誰かが首が語る話にじっと耳を凝らしていた。その誰かが話す言葉を聞くうちに、首が語る話を聞くうちに、様々な感情が体の中に湧き上がってきた。喜び、哀しみ、苦しみ、怒り……様々な感情が嵐のように渦巻いていた。それはいつしか金時の感情と同化していた。自分の中の誰かは、いつか金時そのものとなっていた。金時の中に激情が渦巻いていた。
金時は据え台の上にある首を持ち上げた。首は金時をみて微笑んでいた。金時もその首をみて微笑んだ。そして首を己の懐に抱くと、そのまま首を食らい始めた。苦みがあった。その苦みが金時に涙を流させた。甘みがあった。その甘さが金時を幸せな気分にさせた。齧り付くたびに様々な味がした。噛みちぎるたびにたくさんの想いが金時の中に流れ込んできた。何十、何百、何千、いや何万という人間の想いが、金時の中で叫び声をあげていた。金時は知った。これまでどれほどの人間たちが叫び声を上げていたのかを。どれほどの人間たちが涙を流していたのかを。それを知ったとき、金時の中で何かが弾けていた。
金時は目を覚ました。何の物音もしなかった。どうやら、周りには誰もいないようであった。金時は星熊童子に切り裂かれた腹に手をやった。だが不思議なことに傷は癒えていて、なんの痛みも感じなかった。金時は立ち上がると山頂に至る道を歩き始めた。空には相変わらず、上弦の月が浮んでいた。その月明かりが金時を照らしていた。月明かりを浴びた金時の体は全身黒く光り、その眼は怪しく光っていた。
