茨木童子が塵となって消えた瞬間、綱は思わずうずくまった。みぞおちに目をやると、太い槍の柄が深々と突き刺さっていた。運良く心臓は外したが、それでも大変な深手であった。槍を抜こうにも穂先が背中から突き出ていて、槍を切断しなければならなかった。綱は痛みを堪えながらも柄を掴んで刀を一閃した。髭切の太刀の鋭い切れ味はいまだ健在のようで槍は音もなく真っ二つになった。苦痛に顔をしかめ、はあはあと深い息を吐く綱だったが、ふと森の中から何者かが近づいてくる気配を感じ体を強張らせた。綱がその方をじっと睨んでいると、そこに現れたのは頼光であった。頼光もまた誰かの気配を感じていたと見えたが、目の前に現れたのが綱であることを知ると驚き慌てて近寄ってきた。
「綱か! 無事であったか!」
そう言った頼光だったが、綱の背中から槍の穂先が突き出ているのをみると声を失った。
「……殿こそ、ご無事でしたか……安堵しました……」綱は頼光を仰ぎ見ると振り絞るように言った
「俺のことより、そなたの方だ! 早くその槍を抜いて手当てせねば!」
「……たいした傷ではないと言いたいところですが……お手を煩わせますが、この槍を背中から引き抜いていただけますか……」
「分かった。綱よ、少しの辛抱だ、痛むだろうが堪えろよ」頼光はそう言うと、背中から突き出た穂先の根元を掴み一気に引き抜いた。その瞬間、雷に打たれたような衝撃が綱の全身を貫いた。あまりの痛みにさすがの綱も一瞬意識を失いかけたがなんとか堪えた。槍を抜いた痕からはだらだらと血がしたたり落ちたが、頼光はすかさず自分の直垂袴を小刀で切り裂くと胸と背中の傷痕に押し当てた。
「……殿、かたじけございません……」
「何を言う、そなたがこれほどの手傷を負うとは、おそらくあの茨木童子と死闘を繰り広げたのであろう、そなたには重い荷物を背負わせてしまった……」頼光はそこまで言うと思わずうつむいた。
「何を仰います……私が茨木童子に勝つことができたのも、殿からいただいた幾多のお導きのおかげ。この命はすでに殿にお預けしております。お気に構うことなどございません。それに戦いはまだ終わっておりません。茨木童子が身をもって防いだこの奥にこそ、我々の最期の敵が待っておりましょう。そのものを倒さねば我らの夢はかないません」
頼光は綱の言葉に頷くと目の前の岩肌にぽっかり開いた洞窟を見つめた。その洞窟は横一間、高さ二間ほどもあり、相当奥まで続いているようであったが、中は真っ暗で見通すことはできなかった。二人が言葉もなくその洞窟を見つめていた時だった。再び、森の中から誰やらが近づく気配がした。はっとして二人がその方を振り向くと、なんと貞光が現れた。貞光はそこに頼光と綱がいるのを知ると、うれしそうに声を上げた。
「殿! ご無事でしたか!」
「おお、貞光! そちも無事であったか」
頼光が安堵したように答えたが、近づいてくる貞光を見てまたしても顔が強張った。貞光の片目は失われ、胸が真っ赤に染まっていた。
「……貞光、そなたも深手を負ったか……」
「四天王の一人を倒しましたが、無傷というわけにはいきませんでした……面目次第もございません」貞光が口惜しそうに頭を下げると、頼光は貞光の肩に手を置いた。
「何をいう、四天王の幾人かとは俺も手合わせしたが、いずれ劣らぬ使い手であった。そちなればこそ、勝ちを納めることができたのだ……だが、そちにも綱にも難儀をかけてしまった……」
頼光は辛そうにそう言ったが、そう言う頼光自身、鎧は血に染まり、顔にも切られたような傷痕が幾筋も走っていた。
「そう言えば、金時や季武はいかがしました。五平の姿も見えぬようですが」頼光の姿を見た貞光は、ともにいるべき金時たちがいないことに改めて気づき、不安げに尋ねた。
「……金時と季武も残りの四天王たちと戦っている。勝負の行方がどうなったかは分からぬ……五平はわしの身代わりとなって死んだ……」その言葉を聞いた途端、綱も貞光も押し黙った。
「人のことは構うな、誰でも良いから生き残ったものが敵の首領を討てといった俺が、五平に命を救われ、金時と季武は俺を先に行かせるために鬼と戦っている……なんとも、情けないことよ」頼光が寂しげに言った。
「何を仰います! おそらく五平も本望であったことでしょう。そして金時と季武ならばきっと鬼を倒して、この場にたどりつくことでしょう」貞光は頼光を励ますように言った。
「貞光のいうとおりです……ですが、ここに至ったからには金時たちを待っている暇はありません。新手の鬼が現れないとも限りません。一刻も早くこの洞窟に押し込み、敵の首領の首を上げましょう」
一瞬、貞光は異を唱えようとしたが、綱を見た瞬間、その言葉は喉の奥に引っ込んでしまった。自分も片目を失い、肺に傷を負い、とても軽傷とは言えぬ身であったが、綱の怪我の状態をみれば、とても立ち上がれる状態ではないことは一目で分かった。あの綱が顔面蒼白で吐く息も荒く、胸にあてた布切れからは血が止まることなくだらだらと滴っていた。おそらく綱は自分の命運を悟っているのであろう。この場で無為に時間を過ごすより、一太刀でも敵の首領に刃をあて、頼光のために戦いたいと願っているのであろう。貞光はそんな綱に反論することができなかった。そして、そのことを一番よく分かっているのが頼光であった。綱の想いと覚悟を知ればこそ、いまさら綱を止めることなどできなかった。頼光は覚悟を決めた。この三人で敵の首領を倒す。それがここに辿り着けなかったものたちへのなによりの報いとなろう。大きな犠牲を払い、ようやく山頂にたどり着いた三人の男たちは、敵の首領が待つ暗闇の中に入っていった。
