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【平安を舞台にした和風ファンタジー】『異形の国』 (六十二)

 男が語る言葉を誰もが静まり返って聞いていた。男が口を閉ざしてからも、しばらくは誰も言葉を発することができなかった。それほどに男が語った言葉は頼光たちに衝撃を与えていた。 

「……素戔嗚だと……素戔嗚の尊と言えば、非道があったとはいえ、大和の神である天照大見神のご舎弟ではないか……貴様のような鬼の王が素戔嗚の尊なわけがあるまい!」

 想像もせぬ言葉を聞き、しばらく放心したような顔つきをしていた貞光が急に我に返ったのか、顔を真っ赤にして怒鳴りつけた。 

「……天照の舎弟、やつらは今ではそんな風に我を語っているのか。あいかわらず、ずるがしこく抜け目のない奴らよ。自らの暴虐を覆い隠し、後世にはまるで自分たちが正当な支配者であったかのようにみせかける……謀略と欺瞞、それが大和の真骨頂。その腐った性根はいささかも変わっておらんらしい」男がせせら笑った。 

「国譲りの神話は嘘だと言うのか……」頼光が呟いた。 

「国譲りだと……貴様らが何を教えられてきたか知らんが真実は一つ。それは貴様ら大和が突如西から現れ、次々と各地の民を攻め滅ぼし、この国を支配したということだ」 

 

 天照大見神と国譲りの物語、それはこの国のありようの基であった。帝は天照の血を引くが故に尊いのであり、だからこそ帝はこの天地が尽き果てる迄、この国を支配する権力を与えられたはずであった。それはこの国に住むものであれば、子どもの頃からごく当たり前に教えられてきたことであった。だが目の前の男は己を素戔嗚と言い、この国は欺瞞と謀略によってなったのだと語る。 

「……貴様が真の素戔嗚であり、貴様の言うことが歴史の真実であったとして、だから貴様たちが正義であり、大和は滅ぶべきだというのか」頼光が声を絞り出すように言った。 

「なにも自分たちが正義だなどというつもりはない。我々はお前らより弱かった。だから負けた。ただそれだけのこと。だが何の因果か、古き民の血を引くものたちが鬼となって蘇り、我をも蘇らせた。ならば再び、互いの存亡をかけて争うのみ。お前たちが勝てば我らは今度こそ終わり、大和は未来永劫安泰であろう。だが我らが勝てば、我らは大和と名のつくものどもをそれこそ一人残らず殺し尽くす」男は淡々と言ったが、その言葉を聞く頼光たちは思わず息を飲んだ。 

 

 鬼とは人であった。千年の間、積もり積もった人々の怨念が鬼たちを生み、そしてその異形のものたちの叫びが、古の神をも呼び起こしたのだった。自分たちの前に立つ男。それは自分たちが神とみなしていた男であった。それが自分たちが戦わねばならぬ真の相手であった。 
 
「……お前の言うことの方が真実なのかもしれん」

 頼光が呟くようにそう言った。その言葉を聞いた綱と貞光が驚いたように頼光を見た。だが頼光は強い目で再び男を見据えた。 

「人は弱い。人は愚かだ。利欲に目がくらみ、非道に走るものもいる。我らの祖先がかつてこの国を支配する際に多くの民を制圧したことは俺もよく知っている。たしかにその中には言葉に表すこともできぬ非道な行いもあったことだろう。だが、だからといって、唯々諾々とお前たちに殺されるわけにはいかぬ。我らの祖先が過去に罪を犯したからといって、今を生きる我々がその罪を背負わねばならぬというのは、あまりに理不尽。俺は戦う。今を生きるものたちのために戦う。今を必死で生きんとするものがいる限り、俺は決して、戦うことをやめない……それが俺のために命を捧げた者たちへのせめてばかりの償いだ」 

 男は力強く語る頼光を見ると、かすかに微笑んだ。 

「俺は大和のものどもはどいつもこいつも憎んでも飽き足らない連中だと思っていた。だが不思議なことに、お前たちのことを憎んではおらん。却って、感心するぐらいだ。大和にも本当の男がおったとな。おそらくお前たちに敗れた茨木童子たちもそう思っていることであろう」

 男はそう言うと、改めて自分を取り囲む、頼光と綱と貞光をぐるりと見渡した。そして眼を大きく開き、ずっとうちに溜めていた思いを吐き出さんばかりに叫んだ。 

「ならばこそ、そろそろ決着をつけようではないか! 大和と俺たちの戦い。千年の昔から続いてきたこの戦い。多くのものがこの戦いに命を捧げてきた。多くの者の血と涙がこの戦いに込められてきた。それらのもの全てが泉下でこの戦いの結末を待ち望んでいる。そして、俺自身、知りたいのだ。生き残るべきは大和か俺たちか、その答えを!」 

 男が最後の言葉を言った直後だった。男の体からただならぬ気が立ち昇り、体が変化し始めた。信じがたいほどの筋肉が体中から隆起していた。その筋肉の上を太い血管が縦横に走っていた。そしてその凄まじいまでの筋肉が黒く変化していった。男……いや、そろそろこの男のことは、本当の名で呼ばねばならぬであろう。大和との戦いに敗れ、千年の間、地の底に押し込まれていた男。古き民を率いた棟梁、国津神の主、素戔嗚と。こうして千年の眠りから覚めた古の神、素戔嗚は、完全に復活したのだった。 

 

 

 

 

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