面白い小説を書きたいだけなんだ

素人作家がどこまで面白い小説を書くことができるか

【聖書世界をモチーフにしたダークファンタジー小説】『リバイアサン 第二部』(六十九)生誕

 ここ数日、妙に暗い日が続いていた。低く垂れ込めた雲が積み重なるように空を覆い、いつ果てるともなく流れていた。

 メキドの街はずれの荒れ野を男が一人歩いていた。男の目は虚ろでどうやら正気を失くしているようであった。この男は何人もの人を殺した殺人者だった。この男にとって人を殺すのに確たる理由などなかった。ただの道楽だった。幼児、娼婦、金貸し、俳優、誰でも良かった。気が向けば殺した。お気に入りが見つかるとふらりと近寄り、ごく自然に語りかけて人目が少ない場所に連れ込み、ナイフを突き刺し、何食わぬ顔で立ち去った。

 有体に言えば計画性もなく、その場の衝動にかられた殺人であり、いつ捕まってもおかしくなかったが、残された結果だけ見れば動機も被害者同士の関係も不明、遺留品も皆無とあっては、捜査は難航せざるをえなかった。結局、国境の街ということもあり、異教徒も数多く流れ込むため、頭の狂った異教徒が犯人ではないかと考えた警察は国境警備隊の助けも借りて、異教徒たちをしらみつぶしに尋問し、怪しいものを絞り込むと拷問を繰り返したが、その都度、新たな殺人が起こり、捜査は白紙に戻された。

 そんな警察の無能ぶりをあざ笑うように、いつからか男は犯罪現場に「ダイモン」という文字を書いた紙を残すようになった。「ダイモン」とは、神に叛逆する悪魔の名前であり、メキドの住民は悪魔が街に降り立ったのだと大パニックに陥り、国境は閉鎖され、必要な時以外は外に出るなと戒厳令が布かれた。

 戒厳令が布かれると、当然のことながら、人は滅多に外に出なくなった。警察官に守られた一部の商人が家を周り、人はそこで日用品を贖ったからだった。当然のことながら、その間、殺人は起こらなかったが、人々の間に浸透した不安は容易に解消することはなく、また、何の手がかりも得られない警察だったが、その方が面倒が起こらなくてよいとでも考えたのか、一週間を過ぎても、二週間になっても戒厳令が解かれることはなかった。

 静まり返るメキドの街の中で、容易に人を殺すことができなくなった男のフラストレーションは次第に高まっていった。そして戒厳令が宣告されて一月ほども経ったある日の夜のこと、とうとう溜まりに溜まった欲求に耐えかね精神に異常をきたした男はナイフを持って、外に飛び出した。そして窓ガラスを叩き割って隣近所に押し込むや、手当たり次第に刺し殺した。狂ったような嬌声をあげて、逃げ惑う住民たちに次々に襲い掛かった。そして騒ぎを聞きつけた警察が到着するころには街を飛び出し、そして今、こうして荒れ野を一人で歩いているのであった。

 

 不意に岩場の陰からぼろをまとった女が現れた。その女はメキドの住民の間では少し名の知られた女でナオミと言った。ナオミは痴愚であった。満足に言葉をしゃべることもできず、感情を表すことも滅多になかった。思いつくまま行動したが、決して乱暴をするようなことはなかった。住民たちはそんなナオミに対して、決して愛情をもって接したわけではなかったが、不憫に思う気持ちもあって、食事を与えたり、たまには優しく語りかけるなどして接していた。

 ナオミはじっと男を見つめていた。男は最初、ナオミの存在に気づいていなかったが、ようやく自分を見つめる妙な女がいることに気づいた。互いに見つめ合ったが、両者の目には何の感情も見られなかった。幾秒かが過ぎ、女がその場を去ろうとしたその時だった。なんの前兆もなく突然天から雷が落ちてきて男を撃った。男は突っ立ったまま、がくがくと痙攣したように震えていたが、ようやく震えが収まったと思ったら、何を思ったのかいきなりナオミにとびかかった。女は何が起こったのか分からぬまま本能的に抵抗したが、男の力には勝てず、そのまま手籠めにされた。女を犯しているというのに男の表情には歓喜などというものは一切なく、それどころか恐怖を感じているかのように歯をがくがくと震わせて、ひたすら腰を振っていた。それは男の意思というよりも、誰かに命じられているかのようですらあった。ことが終わると男は逃げるようにナオミを置いてそのまま走り去っていった。ナオミは自分が犯されたことすら理解できていないようだったが、ぼろきれを再び羽織ると、静かにメキドの街に帰っていった。一年後、ナオミは子を産んだ。それは今からちょうど十六年近く前のことであった。

 



 

 

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