首都ウルクにあるジュダの屋敷の謁見の間で、ジュダは一人の男に話しかけていた。
「ドラコよ、先日の剣技トーナメントでのそなたの活躍ぶりは見事であった。アイン陛下もことのほかお前を褒めていたぞ」
ドラコはジュダの前に跪き、身動き一つせずジュダの言葉を聞いていた。
「その功績をもって、お前を王の騎士に命じるとアイン陛下からお言葉を賜った。以後は、これまで以上に私の手足として働いてくれ」
そう言うと、ジュダは傍に寄り添うアモンに声を掛けた。
「アモンよ、ドラコは確かお前が目を付け訓練所に送った男であったな。良い男を拾い上げてくれた」
アモンは恭しくジュダに一礼すると、猫なで声でジュダに応えた。
「滅相もないお言葉です。すべてはジュダ様の寛大なお心の賜物です。ですが、確かにこのドラコという男は初めて見た時から妙に目を惹くものがございまして、貧困の中に生まれた割には、学を好み、武にも秀でておりました。その才が訓練所でさらに開花されたと見えます。そのドラコがこのたび王の騎士となり、あなた様のお役に立てるようにまでなったことは、ドラコを拾った私としても喜ばしい限りです」
そこまで言うとアモンは一旦、言葉を切り、にやりと笑った。
「そういえば、このドラコはいささか変わった体験をした男でもあります。覚えておいででしょうか。レインハルトが訓練所に押し入り、訓練生に言い負かされ、すごすごと逃げ出した話を。このドラコが、そのときの男です」
ジュダはアモンの言葉を聞くと、かすかに目を細めた。
「……そうか、お前がな……どうであった、レインハルトは」
ジュダの問いに初めてドラコは面を上げたが、その顔は花が咲いたように気色に満ちていた。
「ジュダ様、あなた様にお会いし、こうして直接言葉を申し上げることができるようになるとは、このドラコ、まるで天にも昇ったような心地がします。そんなあなた様に初めて話す言葉が、あの男のことなのは不快極りないのですが、あなた様のお望みとあらば正直に申し上げます。あの男は私たちに神を信じろ、そうすれば救われると説いておりました。そんなことを言っていたあの男が、苦しみの果てに死んだと聞いて、あの男がいかに偽善者で、その言葉がどれほど嘘に塗れていたのかと改めて思い至りました。神というものは結局、すすきの穂より頼りなく、路傍の石よりも無価値なものです。私は神などいりません。神よりあなた様を奉ります。あなた様こそが生ける神であり、私たちの希望です」
そう語るドラコはまるで神の像に向かって祈りを捧げる信者のように見えた。ジュダはそんなドラコを見ているうちに、不意にあの処刑場においてレインハルトにしがみつくようにして天に向かって叫び声をあげていたリュウを思い出した。そのリュウは、まさにこの謁見の間で、自分に対して少しも臆することなく立っていた。不意に興味を覚えたジュダは、ドラコに声を掛けた。
「ところでお前は、年はいくつになった」
ドラコはすかさず顔をあげて、「つい先日、十六になったばかりであります」と慇懃に答えた。その言葉を聞いたジュダは目を細めて自嘲気味に呟いた。
「……どうやら、私と神との腐れ縁はどちらかが死なぬ限りは終わりそうにないと見える。よりによって、あの運命の年に生を受けたものたちが、これほど私の周りに集まってくるとはな――アモン、この男の差配はお前に任せる。近々、大きな改革をなさねばならぬ故、それに備えさせておけ……そして、お前のことだからぬかりはあるまいが、あのリュウから決して目を離すな」
「承知しております。今も配下の者たちの目がリュウの周りに張り巡らされており、その動きは日夜このアモンの耳に入っております」
アモンの言葉を聞くと、ジュダは納得したように頷き、もはや話は終わったとばかりに、その場を去っていった。
ドラコはジュダの背中が見えなくなるまで、その姿を追い続けた。その目は陶酔に満ち、その頬は赤く紅潮していた。レインハルトが必死になって説いた言葉は、ついにドラコの心に届くことはなかった。ドラコは、この日以後、王の騎士としてアイン陛下の親衛隊に属すとともに、警察庁の長官であるアモンの指揮下のもと副官としての任を負うことになった。
