「ルーク、少し相談したいことがあるんだ」
リュウは診察部屋に誰もいないことを確認すると、ルークの前に据えられたもう一つの椅子に座りルークに話しかけた。
「リオラは、だいぶ良くなってきた。言葉も感情も取り戻して、外目には以前のリオラと何も変わらない。これもルークやみんなのおかげだ。本当にありがとう」リュウは、そう言って頭を下げた。
「私たちは何もしていません。リオラが良くなってきたのは、あなたがいつも傍にいてあげているからですよ」ルークはそんなリュウを微笑ましく見ながら答えた。
「記憶だけは失われたままだが、本当のことを言えば、俺は記憶なんて戻らなくていいとさえ思っている……あんなことを思い出すくらいなら、記憶なんて無くしちまった方がいい……」
その言葉通り、リオラの記憶は失われたままだったが、リュウはそれを望まかった。リオラがいくら自身の過去を尋ねても、お茶を濁すようにして具体的な話は避け、ただ、俺はお前の親父と約束したから、絶対にお前を守らなきゃならねえとそれだけを繰り返すだけだった。そんなだったので、リオラも次第に自分の過去を尋ねることがなくなった。何か自分に身に不幸なことがあったのだろうということは察しがついたようだったが、リュウの言葉ではないが、そんな記憶を無理に思い出す必要もないのではと感じ始めていた。それに、ルークやレインハルトにサムソン、そしてリュウが傍にいてくれる生活はリオラにとって何より心地よいものだった。自分の過去がどうであれ、今自分が幸せな場所にいるのであれば、それで十分じゃないのかと、リオラもそう感じていたのだった。
そんなリオラの心境の変化も敏感に感じ取っていたルークはリュウに言った。
「記憶というものは、なくなることはありません。でも、思い出すかどうかは、リオラ次第です。リオラが望まなければ、記憶が蘇ることはないでしょう。リュウ、今のリオラにとって大切なのは記憶ではありません。あなたとの絆です。あなたとの絆を心の底から感じることができれば、もし、リオラが記憶を取り戻したとしてもその重さに耐えることができます。リュウ、焦ることはありません、リオラの心が十分に戻るのを待ちましょう。辛い過去かもしれません。ですが、レインハルトとの思い出を全てなくすことは、リオラにとって、もっと辛いのではありませんか」
ルークの言葉はリュウの心にも響いた。リュウにとっても、あの雨の日のことは思い出したくもない過去だった。だが、それを忘れ去ることはできなかった。それはレインハルトを捨て去ることだった。レインハルトとの日々を捨て去ることだった。レインハルトと誓った約束を捨て去ることだった。
「……そうだな。確かにそうだ。レインハルトを忘れたまんまなんて、そんなことがあっちゃなんねえな。分かったよ、ルーク。お前の言う通りだ。ゆっくり待とう。リオラがそれに耐えられるようになるのを」
リュウはそう言うと何度か頷いたが、今度は少し困ったような顔になってルークに言った。
「……ルーク、実は俺はメキドにいかなきゃならないだ。俺はかつてウルクの精神病院にいた。そこで俺はメキドという言葉を漏らしたらしい……自分でもよく分からないんだが、メキドには何か俺の身の上に関する大事なことがあるような気がするんだ。俺はそれをどうしても知りたい……ただ、そうすると、リオラを置いていかないといけない。どんなに急いでも、メキドに行くには往復で二十日はかかる、そこでいろいろと調べることを考えると、一カ月はここをあけることになるだろう。それがリオラにとっていいことなのかな……」
ルークはそう語るリュウを優しい眼差しで見つめた。
「あなたがメキドに行くというなら、リオラを連れて行きなさい。リオラもそれを望むでしょうし、レインハルトも必ずそうしたことでしょう。リオラは日常のことは十分自分でできます。それに自然の中にいる方が、リオラの心と体にとっても良いことです。ただ病み上がりのリオラとの旅は大変でしょうから、レオンを連れていきなさい。レオンは頭のいい子です。何か調べ物をするにも人手は会った方がいい。彼ならきっと君の助けになるはずです」
ルークの言葉を聞いたリュウは、もしレインハルトだったらどうしただろうと考えたが、すぐに答えが出た。レインハルトだったら、リオラを一人にして旅に出たりすることなど決してないだろうと。そして、リュウは今更ながら思い至った。自分自身、リオラと離れたくないと思っていることを。
数日後、ルークやサムソンたちに見送られながら、リュウはリオラとレオンと連れ立って、メキドに旅立っていった。
