アマチュア作家の成り上がり執筆録

素人作家がどこまで高みに昇ることができるのか

【小説の書き方について考える】ハッピーエンドとバッドエンド

 僕は基本的にはハッピーエンドの物語が好きです。
 特に心が弱ると、エネルギーを補充するかのようにハッピーエンドの物語を求めてしまいます。

 だからではありませんが、僕はジブリシリーズの大ファンです。
 特に初期の作品は何十回見たか数えきれません。

 疲れているときは、「となりのトトロ」か「魔女の宅急便」
 力をもらいたいときは、「天空の城 ラピュタ」か「もののけ姫」
 のんびりしたいときは、「紅の豚」か「耳をすませば」

 あと、純粋なジブリではありませんが、宮崎駿作品のルパン三世の「カリオストロの城」も大のお気に入りです。

 でも僕が求める、いいハッピーエンドの物語って、主人公が苦しまないとダメなんですよね。単にふんわりとした小説はその時はいいなと思うけど心には残らない。
 じゃあ、苦しむってどういうことかというと、例えば「魔女の宅急便」で言えば、キキが途中で魔法を使えなくなりますよね。
 あれは少女が大人の女性になる過程を意味しているのかなと思いますが、それは女性、いや男性であっても共感できる苦しさだと思うんですよね。
 だからこそ、キキが自分を信じて再び空を飛び、トンボを助けるシーンが涙が出るくらい感動してしまうんですよね。

 そういう意味では、昨今流行の平凡な主人公が転生していきなり俺Tueee的な勇者になってるとか、いきなり美女に囲まれてハーレム状態! みたいな作品には、なんの面白みも魅力も感じません。
 いやいんですよ、そういう作品があることや、そういうものをみたいという読者が結構いるということは理解してますし、その人たちの嗜好についてどうこういうつもりはまったくないので。
 ただ、僕はそういう主人公の成長をすっとばしたものに全く魅力を感じないということを言いたいだけですので。

 ということで、僕が求めるハッピーエンドの物語とは主人公(若者だとなおいいです)が、人生のいろいろな壁にぶち当たりながらそれを乗り越えていく様を描いた、いわば青春小説です。
 そういうものを見ると本当に心が洗われます。
 自分も頑張ろうと思います。
 そういう作品を作る人たちは、ある意味どんな宗教家よりも人類の善性の向上に寄与していると思います。

 さて、次にバッドエンドの物語ですが、これは入りが非常に難しいけれど、はまってしまうと物凄いファンになってしまうことが多いです。
 例えば「時計じかけのオレンジ」という、スタンリー・キューブリックの名作がありますが、あれなんかラストの主人公の表情がなんとも言えないですよね。
「エクソシスト」という伝説的な映画がありますが、あれも大好きで、人によっていろいろな解釈があるでしょうが、僕としては人間が悪魔に勝利したとはとても言えないと思っています。

 最近、自分が書いているものを改めて見ると、僕って実はバッドエンド志向なんじゃないかと思ってきたりもします。
 あっ、勘違いしないで欲しいのですが、バッドエンドと言っても単に後味が悪いというのは駄目ですよ。なんというか、考えさせられる結末と言ったらよいでしょうか――例えば、以前もちょっと触れた芥川龍之介の「蜘蛛の糸」という作品。あれも結局、カンダタという主人公は地獄で苦しむことになるのだから、どちらかと言えばバッドエンドでしょう。
 でも僕がより考えさせられるのは、蜘蛛の糸を一本垂らして、人を救ってやろうと言う傲慢な仏の姿なのです。
 カンダタが悪心を出して、再び、地獄の底に落ちていくのを眺めても、そのあと何事もなかったように天国を散歩する無情な仏の姿なのです。
 その思いがどうしても心から消えず、いまだに心に残っているのです。
 バッドエンドの物語は、そういった意味でずっと心に残り続けます。
 そういうところが好きなのかもしれません。

 いずれ、ハッピーエンドで終わるか、バッドエンドで終わるかは、作者が何を伝えんとするのかということに密接に絡んできます。
 僕も新しい物語を書き始める時は、結末だけはうっすらと浮かんではいます。だから僕の場合、物語を書くと言うのは、そのラストに向かって、どうピースをつなげていくかということだけなのかもしれません。

 

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