アマチュア作家の成り上がり小説ブログ

素人作家がどこまで高みに昇りつめることができるか

【小説投稿サイト読まれない】初心者向け面白い小説にするための小説技法

 

 

はじめに

 小説を書くということは、自分自身の中にあるものを絞り出すことだと思う。だから、自分の中にないものは書けない。誰かの真似をして書き始めても、絶対に途中で筆が止まる。

 自分の中にあるもの、だが決してそれは特別なものである必要はない。特別な体験など何も必要ない。肝心なことは、自分が何を感じ、どう伝えるかだ。

 そうは言っても、小説という枠組みの中で表現する以上、小説を書くための一定の作法は知らなければならない。

 視点や人称、言葉の重なりの回避、個性的な比喩表現、句読点や段落の使い方など、小説を書く上では様々な決まり事があるが、それらについては、もっと詳しいサイトがネット上に山のようにあるので、それらを見ていただければと思う。

 僕はそういうことよりも、面白い小説というものについて、独自の視点で少し踏み込んで語ってみたい。

 ちなみに僕はプロの作家でもなんでもないし、文章関係の仕事をしているわけでもない。物語を読むことと書くことが好きなただのアマチュア作家だ。

 だが、そんな僕だからこそ言えることがある。

 物語は面白くなくてはいけないということだ。自分のお金と時間を費やす価値がそこになくてはならないということだ。

 文学の潮流であったり、文学的な価値なんていうような高尚なお話は書評家や学者先生に任せておいて、僕は純粋に面白い物語とはどういうものか、面白い物語を書くにはどうしたらよいか、ただそれだけにフォーカスして、この連載を始めてみたい。

 

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面白い小説にするための小説技法

 面白い小説を書くにはどうしたらよいのだろうか?
 考え始めるととても難しく感じるし、実際に書くとなると物凄く苦労するはめになる。
 ただし、視点を変えて、読者として面白い小説とはなんだろうと考えると、意外と答えは簡単だ。
 ここからは、そんな読者の視点で、面白い小説に共通する要素を取り上げてみたい。

 

1 オチ

 面白い小説、読み応えのある小説にはいくつか共通する要素がありますが、その中に僕が大事だと思う要素としてオチというのがあります。
 オチ? と思われる方のために、僕のいうオチを少し説明したいと思いますが、昔書いたエッセイにその部分を語ったものがありますので、それを紹介したいと思います。

 

 どんな小説にもオチが必要だ。
 そう言うことを言うと、いや、純文学にオチなんて必要ないという人がいるかもしれない。そういう方のために、こう言い換えてもいい。オチとは意外性のことである。

 えっ、そうだったの! とか、こんな展開あり! とかそういうもの全てをさす。意外性がない小説は純文学だろうがエンタメだろうが単調になって面白くない。


 でも、それって漫才やパロディだけじゃないのと皆さんいうかもしれません。
 いやいや、恋愛だって同じです。
 最後に男女が結ばれる結末が待っているとして、どういうパターンでそこまでもっていきます?
 やっぱりそこにはドラマチックな展開が欲しいですよね。

 

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2 キャラクターの重要性

 今回はキャラクターについて考えてみたい。
 物語を作るにあたって、魅力あるキャラクターができると、それだけでその物語は輝きを増します。
 極端な話、面白いストーリーだけどキャラがイマイチというのと、ストーリーは平凡だけどキャラが立ってるとなれば、断然後者の方が読まれると思う。
 それじゃ、魅力あるキャラクターとはどんなものだということになるが、まずは個性があるということが第一条件になるでしょう。
 つまり、読者の頭にありありと想像できるくらい、分かりやすいキャラということです。

 ここで勘違いしないで欲しいのが、例えば、学園一の美少女とか、イケメン高校生などというのは全く個性にはならないということです。それは抽象的な個性であって、そのキャラだけの唯一無二の個性とは言えません。ゲイやレズなどのLGBT的特質も文芸の世界では、あまり珍しくなくなりました。

 

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3 一話目の重要性

 小説投稿サイトで連載作品を投稿すると、絶対面白いのにと自信があるのに、最初のつかみが悪くて、読んでもらえないことがままあります。

 これはWeb小説全般に言えるんじゃないかと思うんですが、一話目でその作品を読むかどうか決める人って結構いるんじゃないでしょうか。

 新人賞の一次選考でも、最初の10枚でだいたい合否が決まるらしいです。原稿用紙10枚と言えば3000から3500字程度。WEB小説ではだいたい一話分に相当します。

 実はWEB小説も、このくらいの長さが大きな意味を持っています。なぜなら、WEB小説を読む大半の人は、通勤時間の合間に、ランチ後のひと時に、授業で先生の目を盗んで(おいおい……)、いずれ、そういうわずかな時間を使って読んでいるんじゃないかと思うのです。
 そうであれば、はっきり言って、一話の分量が1万字を超えるようなものは、ファンならまだしも、様子見感覚で読むのであれば、明らかに長すぎると思うのです。

 

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4 ストーリーとテーマ

 僕が考える面白い小説の要素の一つは、起伏のあるしっかりとしたストーリー構成です。

 ただ、これはいろいろな書き方があると思います。人によっては全部の場面をあらかじめ考えてから書く人もいるし、とにかく書き始めて筆の勢いに任せていく人もいるらしい。そういう人はラストもよく分かってないこともあるそうです。純文学だと後者でもよさそうな気もしますが、エンタメではそれはかなり危ないでしょう。

 僕はエンタメ系の作品が多いので、一応は、ある程度のプロットを決めてから書きます。
 でも、それはかなりアバウトです。本当にアバウト。
 前回、キャラになり切ると書きましたが、キャラがプロットの方に進んでいかないこともままあります。
 まして、ストーリーなどは、本当にその場その場で考えます。
 結果的に、ある地点(プロット)にたどり着ければいいと思っているので、あまり深く考えていません。
 これも、旧エッセイに、そんなようなことを書いたので紹介します。

 

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5 風景描写

 小説を書く上で風景描写は大事な要素ですが、実は僕は風景描写が大の苦手です。
 そんなことも旧エッセイに書いたので、ちょっと拝借します。

 

 自分でいうのもなんですが、僕は会話文は結構、サクサク書けます。反面、物凄い苦労するのが風景描写です。

 全く詩的センスがなく、風景描写を二、三行書くだけで一時間以上かかることがあります。なので時折トレーニングのつもりで目の前の風景を口に出して表現することがありますが、さっぱり上手になりません。ほんと、詩や俳句を上手に書ける方がうらやましいです。

 そんなふうなので、最近では風景描写は諦めて、ドストエフスキー流に心理描写メインで書こうかななどと不埒なことを考えてます。

 

 今でも風景描写を美しくかける人は凄いなと思いますし、憧れます。
 例えば、ノーベル賞作家の川端康成の代表作『雪国』の出だしなんか凄いですよね、なんか詩的な美さえ感じてしまいます。到底凡人には及びもつかない境地です。
 また、僕が大好きな宮沢賢治の作品はどれも、その美しい自然が目に見えるように迫ってきますし、『銀河鉄道の夜』などは、銀河を巡る旅が静かにそして、美しく描かれています。

 しかしながら、なんでもかんでも風景描写を入れるべきかというとそういうわけでもないと思うのです。
 これも、旧エッセイに持論を書いたのでご紹介します。

 

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6 ハッピーエンドとバッドエンド

 僕は基本的にはハッピーエンドの物語が好きです。
 特に心が弱ると、エネルギーを補充するかのようにハッピーエンドの物語を求めてしまいます。

 だからではありませんが、僕はジブリシリーズの大ファンです。
 特に初期の作品は何十回見たか数えきれません。

 疲れているときは、「となりのトトロ」か「魔女の宅急便」
 力をもらいたいときは、「天空の城 ラピュタ」か「もののけ姫」
 のんびりしたいときは、「紅の豚」か「耳をすませば」

 

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7 感動

 僕は物凄く涙もろいです。
 感動すると、すぐに目頭が熱くなってしまいます。
 一度泣いた映画は、何度見ても同じ場面で涙が溢れそうになります。

 そんな僕は、自分の書いた物語でも泣いてしまうのです。
 その場面を読み返すと、自分が書いたはずなのに涙が出てくるのです。
 そういう場面は、実は書いてる最中から目頭が熱くなって、涙を流しながらが書いていることが多々あるのです。
 今執筆中の長編があるんですが、今回も書いていたら思わず涙が出てしまい、ティッシュで目頭を拭う羽目になってしまいました。
 なにやってんだと笑われそうですが、実は僕にはどうしても譲れない一つの信念があるんです。

 

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8 魅力的な世界観

 僕がお金払って小説買うかどうか決める大きな要素の一つに、その作品又は作者に魅力的な世界観があるかどうかということがあります。

 魅力的な世界観?
 首を傾げる人もいるかもしれないし、これは僕しか思ってないかもしれないので、少し説明が必要かもしれません。

 小説とはいわば作者が創造する世界です。
 つまり作者と言うのはその小説を支配する神であり創造主でもあります。
 だから小説には、その作者のこれまで培ってきた経験、知識、そして信念や想いが凝縮されているはずだと思うのです。
 そうしたものが全て注ぎ込まれているのが小説だと思うのです。
 当然そこには作者の個性が滲み出てきます。

 

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9 謎の提起

 面白い小説、読まれる小説に欠かせない要素に「謎」があります。

 ミステリーにとどまらず、現代ドラマであれ、ファンタジーであれ、恋愛であれ、謎がなくては面白くありません。
 僕たちが小説を読む理由はいろいろあると思いますが、知的好奇心を満たしてくれるという要素は非常に大きいと感じます。
 知的好奇心を満たす小説――つまり謎が解き明かされていく面白さを持った小説ということです。

 

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10 謎の提起 その2

 謎にはいろいろなものがある。
 人間ドラマにおける、あるキャラクターの秘められた過去。
 殺人ミステリーにおけるトリック。
 ホラーミステリーなどの正体不明の存在。
 こんな感じであらゆるジャンルでいろいろな謎が考えられるが、僕が好むのは現実とリンクした謎だ。
 何それ? って人もいるだろうから、例を言った方が早いと思う。

 例えばダン・ブラウンの『ダヴィンチ・コード』。
 あれはキリスト教に秘められたある仮説がベースとなったミステリーだ。
 それに作者のオリジナルの推論を加えて、壮大なミステリーに仕上げている。
 ああいうのが大好きなのだ。

 

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11 女性キャラの書き方

 女性キャラの書き方について考えてみたいと思います。

 僕は男です。
 当然、女性の心理などはまったく分かりません。
 女性の心理が分かっていたら、あんなにふられることもなかったろうな……そんなことはどうでもいい。

 とにかく、僕は男なので女性キャラを書くのにいつも難しさを感じます。
 長編では、だいたいヒロイン的なキャラを配置することが多いのですが、それは、人生において男と女の関係というものは切っても切れないし、それが抜け落ちたものは人間ドラマとして完全ではないと思っているからです。
 まあ、常に恋愛に発展させるわけではありませんが、男として、女としての感情はなるべくいれるようにしています。

 

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12 魅力的な脇役

 魅力的な脇役について考えてみます。

 面白いエンタメ小説の鉄則として、主人公と同じくらい、いや、それ以上に魅力的な脇役が存在するというのがあります。

 漫画の方が分かりやすいので適当に並べてみますが、

『機動戦士ガンダム』の赤い彗星のシャア
『北斗の拳』の世紀末覇者ラオウ
『ジョジョの奇妙な冒険』の悪の帝王ディオ
『進撃の巨人』の人類最強の兵士リヴァイ

 

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13 ネタづくり

 小説のネタというのは至る所に転がっているが、やはり自分が経験したことが一番リアルに書きやすい。
 でも、そんな小説のネタになるような体験なんてしてないしなあという人がいるかもしれないが、それは物事を表層的にしか見ないからそういう発想になるんだと思う。

 以前、自分の恋愛体験をもとに女は謎だというテーマのエッセイを書いたことがあるが、意外と好評だったようで、男は謎だという逆パターンを書かれた書き手さんもいた。やはり恋愛ものは多かれ少なかれ万人が興味を持つテーマだと思うし、男と女が織りなす最高の駆け引きであり、人間ドラマの縮図だと思う。どんな恋愛だって、そこには人と人との心の交錯があり、ネタにならないはずがないと僕は思う。

 

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14 長編の終わらせ方

 長編をどこで終わらせるかということは、いろいろ議論があるだろう。
 ちゃんと終わりを見据えているのであれば何も問題ないが、マンネリになってしまうことも少なくない。

 たとえば、北斗の拳という漫画がある。
 あくまでも僕個人の意見だが、あれはやっぱりラオウの死で終わった方が良かったのではないかと思う。
 カイオウ編がだめだと言うのではない。ただ、ラオウの死までがあまりに完璧すぎて、そこで終わればまさに伝説となっただろうなと思うのだ。
 だがそんなことを思いつつ、カイオウ編が始まったとき、まだ続くんだと喜んだ記憶も自分の中には確かにあったのだ。

 

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今の時代に小説を書こうとするなら

 現代は、作家を目指そうとするものにとってなかなか大変な時代だと思う。そもそも本が売れない。人間が余暇に費やす時間は多様化し、読書時間は激減している。

 悲観的な物言いで恐縮だが、僕は小説というものはなくなるかもしれないとすら考えている。これだけスマホが普及し動画媒体が氾濫している中で、文字だけで構成される小説は圧倒的に不利だと言わざるをえない。

 ただこれだけは言える。
 小説はなくなっても、物語がなくなることはないと。
 物語があって初めて漫画、アニメ、ドラマ、映画が生まれる。
 いわば小説とは物語を文字だけで表したエンターテイメントの一つに過ぎない。

 そう思えば心持ちも変わってくる。
 僕は確かに小説という形で書いているが、本当は物語を生み出しているのだと。
 ここからは、現代に生きる僕たちが創作する上での心構えについて語っていきたい。

 

1 時代のニーズ

 本が売れるか売れないかは、作品の出来よりも時代のニーズに沿ったものかどうかということが往々にあります。
 ある意味、生前は全然売れなかったけど、死後に評価されるなんてことは文学だけでなく、あらゆる分野でざらにあることでしょう。
 あのゴッホが書いた絵だって、生前に売れたのはたった一枚ですよ!

 近代文学の歴史でも、写実主義、ロマン派、私小説、戦後派など、時代時代によっていろいろな文学が一世を風靡してきました。
 結局、そういう流行ってのは今でもあって、時代を反映したものがやっぱり売れるんですよね。

 そういう意味では、現代の異世界転生やハーレム系ラブコメの人気なんてのは、現代の流行ということなのかもしれません。
 でも、そこをもう少し分析してみると、僕が感じる現代のキーワードは、「閉塞感」と「不透明」ということなんじゃないかと思うんですね。

 

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2 書きたい時代

 書きたい時代というのがある。
 でも、それは好きな時代とは少し違う。
 どういうことかというと、例えば僕は例にもれず戦国時代が好きだ。
 特に信長に憧れる。
 幕末も好きだ。
 新選組、特に土方歳三の大ファンだ。

 でも、その時代を舞台に書きたいとはあまり思わない。
 まあ、その時代はすでにたくさんの作家が書いていて名作も多いし、いまさら僕が書いてもなという気が起こってしまう。

 というわけではないが、僕が書きたい時代として一番にあがるのは奈良飛鳥、平安時代だ。
 どういうわけかこの時代に憧れる。
 なんというか、豪奢な平安貴族がいる一方で道端に腐った死体が転がっているような妙なアンバランス。

 

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3 モチベーション

 僕は、常に何かにはまってないとだめなタイプで、しかも、はまった以上は結構突き詰めるまで頑張るタイプです。
 学生時代はギター、麻雀、そして狂ったようにビリヤードにはまりましたし、仕事についてからは、サッカー、マラソン、そして今はまっているのが小説を書くことです。

 そして、自分がはまったこと全てに共通するのは、自分が納得するまでとことんやるってことなんです。負けたからとか、上手くできないとか、そういう理由では辞めない。とにかく、頑張って練習する。
 そうしているうちに、自分の器が見えてくるんですよね。
 自分はこのくらいかなと。
 そこまでたどり着いて、ようやく納得するんです。まあ、このくらいでいいかなと。そして続けたり、続けなかったりする。

 

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4 読者層

 皆さんは、どういう方に読んでもらおうとして書いているでしょうか。
 これは意識してない人もいるかもしれませんが、実は、うっすらとは心の中にあるはずだと思うのです。
 女性、男性、学生、中年、エロい人、妄想好きなWeb住民……

 僕が最初想定していたのは若者でした。
 僕が書くのはほとんどが人生ドラマであり、その中で一番言いたいのは、夢や希望を持って欲しい、困難なことであっても挑戦する気概を忘れて欲しくない、生きることはやっぱり素晴らしいんだということをまさに現代の若者たちにぶつけたいと思っているからです。

 ただ、カクヨムで書き始めてから感じてきたのは、意外と女性の方が読んでくれているような気がするのです。

 

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5 現在の心境

 物語を書いている方々は、自分の作品を読み直したりするんですかね。

 僕はふと思い立つとつらつらと読んでしまう。しかも、完全に読者視点で。
 自分で書いたくせに、うるっときたり、勝手に盛り上がったりする。また過去にいただいたコメント見てほくそ笑んだり、そうなんだよと一人で頷いたりしているのである。

 以前も言ったが、自分が作ったキャラに自分が一番はまっているのである。
 もう、そのキャラが大好きなのである。
 それってどうなんだと思うかもしれないが、実際にそうなんだからしょうがない。

 

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6 毎日書くこと

 最近、毎日このブログを書いているが、よほど暇なんだろと思われるかもしれない。
 そう言われればそうなのかもしれないが、それだけの理由ではない。

 毎日書くと言うことを自分への課題として捉えているからだ。
 毎日書かないと、文章の技術が下がるそうだ。
 言葉の取捨、文章のセンス、そういうものを感じる力も弱くなっていく。

 本を読んでる人はどうなのという疑問があるかもしれないが、それは英語の学習に似ていると僕は思っている。
 いくら、リスニングを頑張っても、スピーキングの練習をしない人は話すことができない。
 だから文章を書く人は、やっぱり文章を書かないとその技術が向上しない。

 

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7 創作はボケ防止

 昨日、毎日書くことの大切さについて触れたが、だからといって、思ったことをつらつら書くのと、物語を書くのはやはり違う。

 物語を書くというのは、書きたい場面を多次元的に思い浮かべなければならない。
 そこがどういう場所で、どういうシチュエーションで、どういう空気感で、どんな思いでキャラがそこにいるかってことを。
 その中で必要と思われることを筆にし、そうじゃないところは読者の想像に任せる。
 そこまで、しっかりイメージしながら書かなきゃいけない。

 よくできた物語は、読み手はその世界観にどっぷり浸ることができる。
 書き手の頭の中で作られた世界で思いっきり遊ぶことができる。
 僕は面白い物語はすべからくそういう要素があると思う。

 だが、はっきりいって、これはかなり頭を使う作業だと思う。

 

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8 芸能の世界

 芸能界というのは、華やかに見えてその実相は僕たちが想像できないくらい大変なんだろうなと思う。

 演技するいうことは、ある意味その配役になり切る必要がある。
 能などは、恨みを残して死んだ人の魂を憑依させるともいわれる。
 そう言う意味では、苦しい役を演じる方々は、その心を自分の心に宿らせているんだろうし、それは相当厳しいことのように思う。

 そして、それは書き手であっても同じことだと思う。
 僕はいい物語は、全てのキャラに血肉が通っていると思っている。
 ということは、悪役や悲運な運命を背負ったキャラにも書き手は心血を注いで、血肉を与えなければならない。
 言うのは簡単だが、実際、それはかなりエネルギーを使う作業で、時折、抜け殻のようになり、書くのが嫌になるときがある。

 

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9 気持ちの余裕

 以前、自分自身の訓練のために、このブログを毎日更新しているんだと書いたが、実は以前書き溜めたものをちょこっと手直しして投稿していることも多い。

 当然、創作の方も書けない日もあるのだが、そういう日があってもいいと思っている。
 カクヨムで物語を書いていたころは、やはり義務感みたいなものがあって、何らかの作品をほぼ毎日更新していた。
 それは書くモチベーションにもなったが、相当なプレッシャーでもあった。いつもいつも筆が進むわけでもなく、体調や精神状態によっては、さっぱり筆が進まないこともざらにあった。
 そういう時に投稿した文章は、後で見直すと誤字脱字の嵐で、表現もイマイチなものが多く、結局修正するはめになることが多かった。

 

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10 定年

 書くことに定年はない。
 70過ぎた方が新人賞を受賞することもあり、そういうニュースを聞くと大いに励みに感じる。ぜんぜん焦る必要なんかなく、まだまだ時間はたっぷり残されているんだと感じる。

 ただそういうこととは別に、やっぱり文学の歴史、いや、あらゆる分野において、新しいうねりを作っていくのは若者なんだと思う。
 若い人の新しい感性、情熱が古くさい常識やら、固まり切ったしがらみを断ち切っていく。

 そう言う意味で、僕は若い人の書く物語の方に興味がある。

 

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長編の書き方

 誰しも、心の中に忘れられない物語があると思うが、やはり、それは長編であることが多いんじゃないかと思う。キャラクター、世界観、テーマ、どれをとっても、やはり長編には短編では味わえない深みがあると思う。なので、小説を書きたい、書いている人であるならば、やはり長編を書いてみたいと誰しも思うんじゃないかと思う。まさに自分が創造主となり、世界を創り、キャラクターを生み出す、その楽しさは長編を書いたことがない人にはわからないかもしれない。だが、長編を書くことは大変な作業であり、最後まで書き切れる人は本当にわずかだ。なので、ここからは、長編の書き方について、書いてみたい。

 

1 長編の書き方 その1

 長編を書こうと思っている皆さん、最初に何から始めますか?
 いろいろなやり方があるかと思いますが、僕は最初に、その長編の世界観とその世界観を特徴づけるものを具体的にイメージします。
 例えば、「ツァラトゥストラはかく語りき」というミステリー小説を書いたときは、まさに哲学者ニーチェの書いた「ツァラトゥストラはかく語りき」を題材とし、そこで語られる超人思想、永劫回帰思想に心酔した犯人が社会の変革を目指すために殺人を犯すところから書き始めました。

 現在執筆中の「リバイアサン」というミステリー風時代小説では、聖書の『ヨブ記』に出てくる、神を除きこの地上において最強のものとして知られるリバイアサンをモチーフにして、中世ヨーロッパ的な世界を舞台設定とし、腐敗しきった世界を滅ぼすために神が世界に送り込んだとされるリバイアサンとはいったい何者なのか、どうすれば世界を救えるのかということを主人公とともに探り当てていきます。

 

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2 長編の書き方 その2

 前回は、書こうとする長編の世界観をイメージできるものを見つけようみたいな話で終わりました。

 となると、次はプロットを作るということになるのですが、僕の場合は、そこがちと微妙なんです。なんというか、その世界観を考える時にプロットみたいなものを一緒に考えてしまうんですよね。

 どういうことかというと、前回紹介した「リバイアサン」という僕の書いている長編で例えると、リバイアサンという聖書に描かれる怪物をイメージしたと昨日書きました。
 でもそれだけじゃ、ただの怖い怪獣に過ぎません。
 だから、リバイアサンというものをどう物語に生かそうかと考えていたら、他にもいろいろとキーワードがぽつぽつ浮かんできたんですよね。

 

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3 長編の書き方 その3

 さて、今日はプロットの話をしたいと思うが、そもそも僕はプロットとは何か正確に理解していないので、ウィキペディアで調べてみた。

 

 プロット (英語: plot) とは、ストーリーの要約である。プロットはストーリー上の重要な出来事のまとまりであり、重要な出来事とは、後の展開に大きな影響を与える出来事である。すなわち、プロットは出来事の原因と結果を抜き出したものである。ここでいう原因と結果とは、例えば「犬が歩く。棒にあたる。動物病院に運ばれる。治療を受ける。回復する」といったことである。

 

 なるほど非常に分かりやすい。
 まあ、でも僕がイメージしていたものと近くて良かった。
 つまり、物語に大きな影響を与える出来事の連なりだということのようだ。

 今日はこれでいいんじゃないと思うがそれではあんまりなので、僕のプロットづくりでいつも念頭に置いていることを書こうと思う。
 それは物語に仕掛けた謎を物語を進めるスイッチにしているということだ。

 

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4 長編の書き方 その4

 さて、プロットもできたことだし、続いてはキャラ作りということになる。

 キャラづくりにおいては、履歴書というかプロフィールを作ってキャラの性格やら来歴を細かく考えていくというやり方もあるが、僕はこのキャラ作りをあまり細かくやらない。やった方がいいかなと思う時はあるが、どうもその気にならない。なぜなのかと自分でも考えるが、どうもうまい答えがでてこない。

 ただなんとなく思うのは、僕はキャラになりきって書くことが多い。
 だから完全に机上で作り上げたキャラに感情移入しにくいからなのかもしれない。
 書き始めたときは僕の中ですら、そいつがどんな奴だか深くは分かっていない。だが会話の一つ一つ、行動の一つ一つを書いていくにしたがって、僕の中で徐々にそのキャラの輪郭ができあがっていく。
 そして、ある段階でそのキャラが僕と一体となっている瞬間を感じる。
 その時、初めて僕はそのキャラを完全に理解したと感じるのだ。

 

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5 長編の書き方 その5

 キャラを立たせる。
 これは本当に難しい問題です。
 こう書けばキャラが立つなんて答えはたぶんない。
 だけど僕的に、こういう書き方はイマイチだなというのはあるので、今日はそれをテーマに書いてみたいと思います。

 例えば、学園一の美少女キャラを登場させようとします。
 そのキャラを登場させようとするときに、どう書きますか?

 ドアをとんとんと叩く音がした。
「空いてますよ」教授はそういって振り返った。
 すると学園一の美少女、花咲麗が入ってきた。

 まあ、こんな書き方もあるんでしょうね。
 この女性が単なる端役ならこれでもまあいいでしょうけど、これがメイン級のキャラだとしたらキャラの説明としては弱すぎでしょうね。

 

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6 長編の書き方 その6

 キャラづくりについては、前回までで十分かと思う。
 テクニックとしては、いくつかないでもないが、結局それは小手先のことであり、前回言ったことが全てであり、そこがなければいくら技術でカバーしようとしてもどうにもならないと思うからだ。

 いずれにせよ、魂が入らない限り、キャラは紙の中のアイコンに過ぎない。
 そのキャラに魂を吹き込めるのはあなた自身なのだ。
 あなたはそのキャラにどういう魂を吹き込めるのか。
 それができたときに初めてそのキャラは自分の力で起き上がり、物語の中を動き出す。
 それがキャラが立つということの本当の意味だと思う。

 

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7 長編の書き方 その7

 ストーリーとプロットは違う。
 物語を変化させる事象。そういうものは、プロットとして予め埋め込まれておくべきものだ。
 これはプロットの説明の時に書いておくべきことだったのかもしれないが、物語にメリハリが感じられないとしたら、それは明らかに、プロットが練られていないのが原因だと思う。

 プロットがしっかり定まってないので、だらだらと書かざるをえない。
 だから、意味不明なエピソードやストーリーをつなげてしまう。
 そうなると、読んでいる方は明らかに退屈に感じてくる。

 これは僕たちみたいなアマチュアがよく陥る落とし穴だと思う。

 

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8 長編の書き方 その8

 プロットも決まった、キャラも決まった、こうなれば、あとは自然に物語は進んでいき、ついにラストを迎えることになります。
 今日はこのラストについて書いてみたいと思います。

 ラストの形自体は千差万別、ハッピーエンド、ビターエンド、バッドエンド、いろいろあるんでしょうし、どれがいいなんてものはないと思います。
 ただどんな形であれ、終わるときにしっかり終わらせることが大事だと僕は思っています。

 

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9 長編の書き方 その9

 最後の一行を書き終えたときの気持ち。
 この感動は長編を書いた人しか分からないと思います。
 長かった道のり。
 何度も挫折しかけ、それでも頑張って書いてきた。
 そして今、目の前に自分の作品が誇らしげにある。

 長編を書き終えた人は、自分を誇っていいと思います。
 それだけのことをやり遂げたと思います。
 しばらくは、この思いに浸ってのんびり過ごしていいと思います。

 

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小説を書くためのちょっとしたヒント

 小説を書くということは、なかなか初心者にとってはハードルが高く見える。だが、それほど構えることはない。僕は日記やブログを書いている人であれば、小説は書けると思っている。

 ここからは、僕が小説を書きながらいつも感じていることを話してみようと思う。徒然に感じたとりとめのない内容だが、その中に皆さんが求めているヒントが隠れているんじゃないかと思う。

 

1 お笑い芸人から学ぶもの

 最近、お笑いにはまっている。
 一時、内輪ネタばっかりで盛り上がる風潮に飽き飽きして全く見なくなっていたが、嫁さんと娘が「有吉の壁」という番組が好きで、毎回見せられるたびにはまってしまった。

 この番組の何がいいって、よくある順繰りに出てきてコントや漫才披露っていうのではなく、毎回ロケ場所を変えてそこにあるもので笑わせるという芸人の臨機応変さがみられるところや、コンビ間のコラボにより新しい魅力が出てくるところ、いろんな企画があってその芸人の意外な面白さを感じられるところだ。

 

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2 ファンタジーとリアリティ

 僕はファンタジー作品が好きだが、好きなファンタジー作品には共通点がある。
 それは、深い知識とその作者ならではの新しい要素がきちんと折り合って、奥深い世界観が構築されているかということである。

 例えばファンタジーと言えば魔法であり、火の魔法、雷の魔法、水の魔法、いろいろある。
 でも単にそういう魔法があるというのではなく、例えばそこに陰陽五行の考え方を組み入れると、その魔法体系がいっきにリアルに感じられる。
 火は水に弱い、水は土に弱い、土は木に弱いと、まあ、そんな感じだが、そうした考え方はおそらく世界中に共通するんじゃないかと思う。

 

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3 ファンタジーとリアリティ その2

 ファンタジーには、なんというかゴールがある。
 魔王を倒すとか、姫を救い出すとか、まあ、そんな類のものだ。
 でもここが肝心なところだが、そのゴールが主人公にとって必然なものであるかどうかということが重要だ。
 例えば魔王を倒すとして、どうしてその主人公がそんな危険なことをしなければならないのか、その理由が弱いとそのファンタジーのリアリティが一気になくなる。

 ファンタジーの名作、ハリーポッターではその点は実にクリアだ。
 主人公のハリーは生まれながらにして特別な存在として扱われている。
 なぜか?
 名を言ってはいけないあの人が、唯一、殺せなかった赤子だからだ。
 それが物語を貫く謎となっている。
 ハリーと名を言ってはいけないあの人との間にある奇妙な共通点。

 

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4 ファンタジーとリアリティ その3

 最近のファンタジー小説は、キャラが完全にゲームテンプレ化しているように感じる。
 ラノベの表紙など見ると、どれもこれも、美男美女の勇者、戦士、僧侶、魔法使いなどが描かれ、もはやファンタジージャンルと呼ばれる物語は、こうしたキャラがいないと成り立たないと言わんばかりだ。

 そもそもこうしたものは、アメリカのテーブルトーク型ロールプレイングゲームから生まれたもので、それがゲームになりアニメになり、圧倒的な人気となって現在に至るが、これはあくまでもファンタジーの一つの要素でしかない。

 

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5 公募用の書き方

 小説を書くときにWeb向けと紙向けとでは全然違います。
 特に横書きと縦書きの差というのは歴然としてあります。

 このことについても少し旧エッセイに書いたのでご紹介します。

 

 最近、書き方を紙向けの仕様に戻している。
 一時、WEBで読みやすいように敢えて間隔をあけたり、段落を早めに変えたりしたが、やめた。

 なので皆さんが僕の作品を見たときに、うわっ、字いっぱいで見ずらいっていう方もいるだろう。でもまあ、それは勘弁してくださいという言うほかはない。

 いずれどこかの新人賞に出そうするならば、やはり縦書きの作品として形になるような体裁を取りたいと思うし、そういう表現にしたいと思っているからだ。

 もちろんWEB用の書き方の方が全然見やすい作品もある。
 最近、僕が読んでいいなと思ったカクコン5の応募作はあえて一編を短くして、しかも会話と心の声を適度にいれながら、まるで会話しているような感じで一気に読めて素晴らしいなと思った。
 
 WEBと書籍とでは、うける要素が結構異なると思う。
 WEBでは人気あったけど、書籍化したら全然売れないって実は結構あるんじゃないかと思う。もしかすると、これからの主流はWEBのような気もするのだけど、やっぱり僕は縦書きの紙の本を読むことをやめないだろうと思うし、紙の本がなくなることが想像できない。そして自分はやっぱり紙の本の方がいいなと思っている。


 Webというのはとにもかくにもとっつきやすいし、読まれやすいと思います。
 だが人はどうか知りませんが、僕はどうしてもじっくり読もうという気持ちが紙の本に比べれば少なくなるような気がするのです。一言一言を堪能したいという風には思わないのです。だから、さあっと速読するような感じで読んでしまう。そうなると、一文一文が短い方が、段落が空いていた方が、読みやすいことは読みやすい。

 

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6 推敲

 今、書き終わった作品の推敲に時間をかけているのですが本当に難しいです。改めて見ると、だめなところがたくさんありすぎて嫌になります。
 今日はどういうところが駄目なのか、少し一般化してご紹介したいと思います。

 その一 接続詞が多すぎる
 これはついつい使っちゃんですが、文芸作品として見たときにほんと余計。「そして」なんて、相当省きました。
 話し言葉の感覚で地の文を書いちゃうから、なんとなく使っちゃんうんですが、改めて見ると邪魔な感じが物凄くあります。

 

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7 B6ノート

 僕はいつもB6のノートを持ち歩いています。
 リング綴で、しかもリングの輪の中に三色ボールペンをつっこめるくらいリングが大きな奴です。

 そこに、小説のアイデアやら場面やら思いついたことをぐちゃぐちゃと書いています。

 なんですが、とても他の人が読めるような代物ではありません。個人的な話で恐縮ですが、僕は左利きであまり字が上手じゃありません。しかも、速記するので、何が書いてあるのか自分でも読めないときがあります。

 ただ、大事なところはぐるぐると丸をつけたり、赤字で書いたりしているので、おぼろげながら、ああそうだったなと思い出せます。

 

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8 群像劇

 今、僕が書いている物語は群像劇的な性格を持たせている。
 メインキャラは確かにいるのだが、そのキャラの視点だけでない別なキャラの視点での世界観を描きたいと思っているからだ。
 だがそういう群像劇を成立させるためには、主人公以外のキャラにもメインキャラに匹敵するくらいの存在感と存在理由を与える必要がある。

 そういう書き方はある意味でかなり難しい作法であることは確かだと思う。
 一人の人生を書くのですら大変なのに、複数の人間のドラマを並行的に書かなければならないのだから。だが上手くいけば、それぞれのキャラが一つの楽器のように音を奏ではじめ、まさにオーケストラのような重奏的な調べを生み出し始める。

 

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9 個性の書き分け

 今、執筆中の長編で僕の中で課題にしていることがある。それはキャラの個性を書き分けられるかということだ。

 人にはいろいろな個性がある。
 勇敢、賢い、優しい、元気、そういういわゆる誰からも好かれるような性格もあるが、頑固、臆病、ずる賢い、自分勝手、傲慢というようなどちらかと言えばマイナスの性格もある。
 僕はこの長編で6人の少年少女をメインキャラとして扱っているが、この6人にも当然性格の違いがあり、その違いをしっかりと書き分けたいと思っているのだ。

 

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10 聖書 その1

 僕は別にキリスト教信者でもないし、聖書に造詣があるわけでもありませんが、意外と僕の書く作品には聖書を題材にしたものが多いです。

 僕が聖書に惹かれるのは神と呼ばれる存在にあまりに理不尽な点が多いことと、それに振り回される人間たちのドラマが物凄く魅力的だからです。

 例えば、アブラハムという人がいます。
 アブラハムはいわばユダヤ人の始祖みたいな人で、神はアブラハムに約束の地を与え、お前の子孫を星の数ほど増やそうと言われた。
 ところがそう言っているにも関わらず、神はアブラハムに試練を与えます。

 

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11 聖書 その2

 創世記にカインとアベルという兄弟が出てきます。この二人はエデンを追放されたアダムとイブが生んだ最初の子どもたちです。

 このうちカインは畑を耕し、アベルは羊を飼うものとなります。ところが神はアベルの捧げものは受け取ったのにカインの捧げものには見向きもしません。これに腹を立てたカインは野原にアベルを呼び出して、殺してしまいます。
 そして神が「アベルはどこにいるか?」とカインに尋ねると、カインは「知りません。私は弟の見張り番なのですか」と神に対して嘘をつきます。
 神はこの罪に対して、カインを荒れ野に追放するのです。

 

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12 聖書 その3

 僕が聖書に興味を持ち始めた最初のきっかけは、たぶん20世紀の終わりのころだったと思います。その頃、世界が滅びるとかそんな本がたくさん出てましたが(ノストラダムスの大予言とか日本沈没とか)、その中に聖書の黙示録があったのです。

 僕は黙示録の世界に引き込まれました。
 七つのラッパを吹く天使、四人の騎士、龍(サタン)、666の獣、バビロンの大淫婦、新しい天と地……

 最初は、こうした謎めいた言葉や世界観に引き込まれましたが、今は、まさに現代と黙示録の世界との対比という視点で関心が深まっています。

 四人の騎士がというものがいます。
 黙示録には、こう書かれています。

 

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13 いつまでも心の中に残り続けるもの

「ぐりとぐら」という絵本がある。
 その中で、ぐりとぐらがリュックを背負い、大きなフライパンを持って森の中でパンケーキをつくるという話がある。
 大きなボールに卵と牛乳と小麦粉を入れて、持ってきた大きなフライパンで焼き上げるのだ。
 そうするといい匂いが森中に漂ってきて動物たちが集まってくる。

 ようやく出来上がったパンケーキ。
 まっ黄色くて、フライパンからあふれんばかりにふっくらして。

 僕は今でもその絵を鮮明に覚えている。
 大人になって、美味しいパンケーキやホットケーキもたくさん食べたが、やっぱり僕の中では、あのパンケーキ以上のものはないのだ。あのパンケーキはもっと美味しいに違いないと今でも思っている。

 

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14 闇のある物語

 以前、好きな時代と書きたい時代は違うみたいな話をしましたが、それと同様に、書きたいジャンルと読みたいジャンルの違いということを書いてみたいと思います。

 僕が書きたいものは何度も言っているように、人間の叫び声が文章の中から聞こえてくるんじゃないかっていうぐらいの物語です。
 当然、そういう物語が好きで読みもしますが、読者の立場となると、実は一番好きなのはミステリーです。それも、少しホラーなりオカルト要素が入ったもの。そういうのが凄く好きです。

 

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15 恋愛要素

 恋愛モノは人気ジャンルの一つでもあり、好きな人もたくさんいるだろう。
 僕的にはほとんど読んだことがないジャンルなので、それをどうこういうのも少し憚られるのだが、自分なりに思うところもあるので、今日はそれについて少し書いてみたい。

 まずそもそもなのだが、恋愛というのは、どんなジャンルであれ、というか人間がいる以上、必ずついて回るものだということである。
 ファンタジーだろうが、ミステリーだろうが、SFだろうが、たいてい恋愛要素があり、それがキャラの個性を強め、物語をさらに面白くしていることが多い。
 そう言う意味では恋愛ジャンルじゃなくとも、物語の中に恋愛要素を組み込んでいる人は相当いると思う。僕自身、物語の主だったキャラの中には必ず男女を入れるようにしている。

 

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16 恋愛ジャンルに対する男としての見解

 恋愛ジャンル。
 源氏物語から始める最も古いジャンルであろうし、あらゆる神話や昔話にもそういう要素は必ずあると思う。
 そういう意味で、このジャンルの必要性、重要性はよくわかっているのだが、ここで男の端くれとして敢えて言わせてもらいたい。

 男と女、そこにはどうしても埋めがたい溝がある。
 体型、生物としての役割、そして考え方。
 僕は恋愛ジャンルにこそ、男女の考え方の完全な違いが表れていると思う。

 どういうことか。

 

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17 100万字書いたけど

 すらすら書けるジャンルとなかなか筆が進まないジャンルがある。
 例をあげると、現在書いている、近未来の地球を舞台にしたSFミステリー「神の遺伝子」は書くのが非常に難しい。
 なぜ難しいかというと、SFのS、つまりサイエンスという意味において、ある程度科学的な事実に即した物語にしなければならないだろうという思い込みがあり、こういうことがあり得るだろうかとイチイチ確かめないと進めないからだ。
 加えて、ミステリーというのはやっぱり伏線なり、プロットの重要性が増すので、全体の構成を考えつつ、どこで手の内を明かしていくかということをしっかり考えないと物語が破綻するからだ。
 かつて書いた、「ツァラトゥストラはかく語りき」という長編社会派ミステリーも完結させるのに、だいぶ時間がかかったことを思い出す。

 かといって、ミステリーが嫌いと言うわけではない。
 本で読むならミステリーが一番好きだ。
 のめり込むと、無我夢中で読んでしまう。

 

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18 血肉が通う

 お前、毎日こんなエッセイもどきのブログで適当なこと言ってるけど、肝心の小説の方はちゃんと書いてんだろうな!

 そう思われる方がいるかもしれないがご安心ください。
 今、「鎮魂の唄」という時代ファンタジーを書いているが、ほぼすべての登場人物が出そろい、そのどれにも血肉が通い始めた。
 物語もラストの章に入ったので、後は最後まで一気に書けると思う。

 キャラに血肉が通い始める。
 僕的には、ここが一番肝心なところなのだ。
 つまり、そのキャラが完全に僕の中で一人の人間として確立してきたということだ。
 そうなれば、そのキャラが何を思い、何をしゃべるのかなんていちいち考えるまでもない。
 勝手に行動し、勝手にしゃべっていく。
 僕はそれをただ紙に写すようなものだ。

 

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19 嫉妬

 以前、恋愛ジャンルに対する男と女の考え方の違いについて書いたことがあったが、書き手という立場で考えても、どうにも恋愛作品を書くのが難しい。

 なぜかというと、恋愛小説を書く上でどうしても必要と思われる嫉妬という感情を僕はあまりリアルに想像できないからだ。

 そもそも、嫉妬という感情を僕は持ったことがあるのだろうか?
 キャプテン翼みたいなサッカー選手になりたいなと思ったことはあったけれど、それは憧憬であって、嫉妬ではない。
 クラスにイケメンもいたが、別にそいつになりたいと思ったこともない。
 社会で自分より頭のいい奴や、金を持ってるやつもたくさんいるが、別にそいつらに生まれ変わりたいと思ったこともない。

 

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終わりに

 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 ここまで読んで、小説を書くっていろいろ大変そうだなと思った方もいるかもしれません。ですが、そんなことはありません。

 皆さんの中には、日記やブログを書いている方もいますよね、日記やブログが書けるなら、小説だって書けるんです。だって、そこに書いてあるのは、皆さんが日常の中で感じたことであり、周りの人に伝えたいことですよね。小説も同じなんです。

 最近、小説が売れない、小説が読まれないという話を聞きます。確かに紙の本の売れ行きは先細りです。100年後には小説というのはなくなっているかもしれません。

 でも、もし小説はなくなったとしても、物語は絶対になくなりません。

 なぜなら人間には創造したいという欲求があるからです、人間は一人で生きていられるほど強くないからです。自分の想いを吐き出したいと願うからです。誰かと感情を共有したいと願うからです。

 人間がこの世にある限り、物語はなくならない。

 僕はそう信じています。

 

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