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【小説の書き方について考える】聖書 その3

 今日も聖書ネタから。
 
 僕が聖書に興味を持ち始めた最初のきっかけは、たぶん20世紀の終わりのころだったと思います。その頃、世界が滅びるとかそんな本がたくさん出てましたが(ノストラダムスの大予言とか日本沈没とか)、その中に聖書の黙示録があったのです。

 僕は黙示録の世界に引き込まれました。
 七つのラッパを吹く天使、四人の騎士、龍(サタン)、666の獣、バビロンの大淫婦、新しい天と地……

 最初は、こうした謎めいた言葉や世界観に引き込まれましたが、今は、まさに現代と黙示録の世界との対比という視点で関心が深まっています。

 四人の騎士がというものがいます。
 黙示録には、こう書かれています。

「小羊がその七つの封印の一つを解いた時、わたしが見ていると、四つの生き物の一つが、雷のような声で「きたれ」と呼ぶのを聞いた。そして見ていると、見よ、白い馬が出てきた。そして、それに乗っている者は、弓を手に持っており、また冠を与えられて、勝利の上にもなお勝利を得ようとして出かけた。

 小羊が第二の封印を解いた時、第二の生き物が「きたれ」と言うのを、わたしは聞いた。すると今度は、赤い馬が出てきた。そして、それに乗っている者は、人々が互に殺し合うようになるために、地上から平和を奪い取ることを許され、また、大きなつるぎを与えられた。

 また、第三の封印を解いた時、第三の生き物が「きたれ」と言うのを、わたしは聞いた。そこで見ていると、見よ、黒い馬が出てきた。そして、それに乗っている者は、はかりを手に持っていた。すると、わたしは四つの生き物の間から出て来ると思われる声が、こう言うのを聞いた、「小麦一ますは一デナリ。大麦三ますも一デナリ。オリブ油とぶどう酒とを、そこなうな」。

 小羊が第四の封印を解いた時、第四の生き物が「きたれ」と言う声を、わたしは聞いた。そこで見ていると、見よ、青白い馬が出てきた。そして、それに乗っている者の名は「死」と言い、それに黄泉が従っていた。彼らには、地の四分の一を支配する権威、および、つるぎと、ききんと、死と、地の獣らとによって人を殺す権威とが、与えられた」

引用:Wikisource


 この4人の騎士のことは、たくさんの人が様々なものに喩えています。
 戦争の喩えだ、カトリック教会のことだ、共産主義の台頭だ、資本主義のことだ、原爆のことだと。
 確かに、そう言われればそんな感じもしてきます。
 では、現代は黙示録の世界に突入しているということでしょうか。
 もう少しで世界は破滅するということでしょうか。

 さすがに僕も世界の終わりにラッパが天空に鳴り響いて、本当に馬に乗った騎士が現れて。神の怒りを降り注ぐとは思えませんが、確実に破滅は訪れるだろうと思っています。でもそれは神によってではなく、人の手によってもたらされると思っています。
 そう考えて黙示録を読めば、また違ったイメージが浮かんできます。

 三番目の騎士が秤を持っています。
 それままさに現代の為替や株取引などの経済活動の象徴のような気がします。
 そして、四番目の騎士の名が「死」というのは、エイズやエボラやインフルエンザやコロナウイルスなどの人間にとって致命の一撃を与えるもののことではないかと想像してしまうのです。
 
「この文明の行きつく先には夢と希望に満ち溢れていると、本当に思っているのか?」
 自分が書いた小説、『ツァラトゥストラはかく語りき』で、主人公に語らせた言葉です。
 僕の思いもまさにこのとおりなんです。
 100年先か50年先か、それとも10年さきかは分かりませんが、こんな社会が続いていけば、絶対に地球は滅びるだろうと、そう思っているんです。

 そうはいいつつ、僕の予感が間違っていて欲しいと、自分の娘を含め、地球にいる子どもたちのために心の底から思っています。

 

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