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『かのように』

僕は人間の前途に光明を見て進んで行く。祖先の霊があるかのように背後を顧みて、祖先崇拝をして、義務があるかのように、徳義の道を踏んで、前途に光明を見て進んで行く。そうして見れば、僕は事実上極蒙昧な、極従順な、山の中の百姓と、なんの択ぶ所もない。只頭がぼんやりしていないだけだ。極頑固な、極篤実な、敬神家や道学先生と、なんの択ぶところもない。只頭がごつごつしていないだけだ。ねえ、君、この位安全な、危険でない思想はないじゃないか。神が事実でない。義務が事実でない。これはどうしても今日になって認めずにはいられないが、それを認めたのを手柄にして、神を涜す。義務を蹂躙する。そこに危険は始て生じる。

引用:『かのように』(著:森鴎外)

 

 近代になり、神や仏といった宗教や文化に根付いた風俗は、全て迷信として弊履のごとく投げ捨てられ、科学万能、合理主義が幅を利かせ始めた。
 その風潮は現代になっても留まらず、資本主義、物質万能主義、利己優先の風潮が蔓延している。
 森鴎外は、そのことを明治の時代に既に予見していたんだろう。

 正しいものが存在することを信じる。祖先の霊に静かに手を合わせる。人としてあるべき道を守る。

 神が存在する証拠は? 祈ってなんになるの? 法で定められているの? ばかじゃないの、そんなことして何か意味あるの? 

 僕だって、なぜと言われたら困る。
 だが僕はそれを守る。そのように生きる。
 それを捨てたら、僕は人間である価値を見失う。
 生きる意味を見失い。世界の美しさも感じなくなるだろう。


 ここから先は、頂戴したコメントとそれらに対する僕の一言です。

「祖先の霊への礼や理想・道理の道は、簡単に言えば人の在るべき姿を意味している様に思います。それは人が只の動物ではないという証明の為であり、生きる中で相手を敬うという精神の成長の為であり、自らに相応しい道を探す行為でもある……というのが私の考えですね。それらを無視してしまえば人はもう進化が止まってしまう」(Aさん)

 

「物事の本質を見抜いていた昔の人達って、たとえ使っていた言葉が古くても現代と照らし合わせると核心を突いているから凄いと思います」(Bさん)

 

「神様&天国……その存在を証明しようとした天才数学者の人は、数学の計算で天国が実在する事を周りに教えようとしました。しかし、誰にも信じて貰えず、結局は研究所にも行かず、彼は酒場の用心棒になり、後に同じIQの高い女性と結婚して農家に成りました。神様を信じない方々の説得に科学を使ったとしても、誰も信じないんですね。また、科学者の話によると、宇宙の中心に始まりから終わりまでを観測する存在があって、そこには宇宙のあらゆるデーターが備わっているらしく。もしかしたら、そこが天国なのかも知れないです。 人は死んだら、きっとそこに記録されるのでしょう」(Cさん)

 

「でも、新興宗教は元気ですね~(´д`|||) 
  神が存在するという証拠がないのなら神が存在しないという証拠もない。
  何かで読みましたが、科学の最先端に居る人ほど神に手を合わせたりすることがあると……JAXAの話だったかな? そろそろ科学万能主義からは抜け出さないと……科学ではどうにもならないことは、いくらでもあるし……科学で説明出来ないことも多々あるのですから……(そういう経験しました。その過程で新興宗教アレルギーになった)」(Dさん)

 

「人間自体が『不合理』で『矛盾』に充ちた存在ですからね。科学的合理主義が浸透し過ぎてその『本質』が解らなくなっている人も大勢いると想います。なぜそんなことするの? 神が存在する証拠は? 法で定められているの? こーゆー人↑にはこう言ってやれば宜しい( ̄ー ̄)
『なんで生きてるの? どうせいつか死ぬのに』」(Sさん)

 

 森鴎外。
 近代文学の祖と言ってもいいかもしれません。
 森鴎外はドイツに留学し、医者でもあり、海外文学の翻訳も手掛けるなど、文明開化のあの時代からすれば、まさに進歩的文化人の象徴みたいな人だったと思う。
 その森鴎外が、こういう作品を書いている。
 意外と思う人も多いんじゃないでしょうか。
 でも、だからこそ、この作品を読んで深い感慨に襲われるんです。

 それに比べてリベラル面した昨今の文化人が、グローバルだ、合理だ、自由だ人権だと騒いでいるのを見ると、本当に虫唾が走る。
 まったく、昔の文豪たちの作品を読めば読むほど、昨今の人間たちの人としての小ささに慄然とします。

 神が事実でない。義務が事実でない。これはどうしても今日になって認めずにはいられないが、それを認めたのを手柄にして、神を涜す。義務を蹂躙する。そこに危険は始て生じる。

 森鴎外先生、残念ながら、あなたが予見された危険は、今やカビのように蔓延って日本を薄汚く覆ってしまいました。
 今を生きる一人の日本人として、本当に情けなく、悔しく思います。

 

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