アマチュア作家の面白い小説ブログ

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第十一話 鳴動

「今の地震じゃない?」学校からの帰り道、優香が言った。

「結構、大きくない……」楓は優香の手を掴んで、不安そうに周りを眺めた。

「楓、怖がりすぎだって」優香が笑いながら言った。

「だって、このところずっとだよ。ほら、ここら辺って、十年おきに大きい地震が来るっていうじゃない。前の地震が起こってからそろそろ十年だし、なんか怖いよ」

「まあ、そうだね――ところでさ」優香は楓の心配などどうでもよいとばかりにぐいと迫ってきた。

「……えっ、な、なに」

「私、三蔵さんに嫌われちゃったかな」

「えっ、なんで……」

「だって、初対面なのに、いきなり寝顔見られちゃったんだよ。絶対、あり得ないよ。もう、凄い恥ずかしい!」そう言って、優香は両手で顔を隠したかと思うと、「私、変な姿見られてないよね。まさか、涎垂らしたりしてなかった?」と今度は楓の肩をつかんで、懇願するように仰ぎ見た。

「そんなことはなかったと思うけど……」涎どころじゃないよと楓は内心思ったが、一応、苦笑いしてお茶を濁すことにした。

 先日の件については、三蔵と話している途中に急に意識を失くしてしまったのだと優香には伝えていた。三蔵が言った通り、優香はあのことは何も覚えていなかった。休んでから三十分ほどで目を覚ましたが、早く家に帰ってゆっくり休んだ方が良いという三蔵の助言もあり、参道の入り口まで送ってもらって、そのまま家に帰ったのだった。

「……もう、どうしよう。次、どんな顔して会ったらいいか、分かんないよ」そういうと優香はしょんぼりと肩を落とした。

「まあ、少し間を置いた方がいいと思うよ」楓は優香の肩を叩いた。

「そうだよね」

「そう、絶対、その方が良いって」

「……楓、なんか、うれしそうじゃない」

「そ、そんなことないよ」

「私のいないうちに、ゲットしちゃおうとか思ってるんでしょ」

 しばらく疑い深そうに楓を見つめていた優香だったが、「――まあ、楓だって、恋ぐらいするか」と言ったかと思うと急に立ち止まった。そして楓の顔を見ると、「じゃあ、勝負ね。親友だけど恋愛だけは手加減しないからね」と言って、にっと笑った。

 優香の笑顔を見ているうちに、楓の中にも急に闘志が沸き上がってきた。

「そこまで言われちゃ、わたしも覚悟決めるしかないよね! じゃ、勝負だよ。でも絶対負けないから!」

 楓は自信満々そう言うと、仁王像のように足を広げて胸を張った。そんな自分たちの姿が可笑しくなってきたか急に笑いがこみあげてきた。ぷっと楓が噴き出すと、優香もつられたように笑い出した。そして二人は大笑いしながら肩を組んで歩き始めた。

 

家路につく女子高生

 

 楓と優香がそんなことで盛り上がっているとも露知らず、三蔵は相変わらず、酒を飲みながら黙然と庭を眺めていた。するとそこにゆっくりとスサノオが姿を現した。

「今日の用事は済んだのか」三蔵はスサノオを見て、にやりと笑った。

 スサノオはそんな三蔵をじっとみつめていたが、「……くるぞ」と一言重々しく言った。

 三蔵は庭の方に目を移し、紅葉に染まる木々をしばらく眺めていたが、「……抑える術はあるか」と小さくつぶやいた。

「――難しい」

「……だろうな」三蔵は自嘲気味にふっと笑った。

「混沌の力があふれんばかりに充ち満ちている」スサノオが重苦しい声で言った。

「あと、どのくらいだ」

「――もって、あと一年」

「抑えられなければ……」

「……この国の半分が海に沈む」

「そうか……」三蔵の声が、燃え立つばかりに色づく木々の中にうつろに響いた。

 

「父さん、今日は忘れないでね」朝食の後片づけをしながら、楓が大吾に行った。

「ああ、進路相談だろ。忘れるわけないだろ」

「そう言って、忘れてること最近多いじゃない」

「洗濯物の取り込みは忘れても、お前の大事な進路相談を忘れるほど、俺もぼけちゃいないよ」そう言って大吾は笑った。

 今日、学校で進路相談があり、父の大吾も出席することになっていたのだった。

「ねえ、父さん」食事を終えてお茶を飲みながら新聞を広げている大吾に楓が声を掛けた。

「――ん、どうした」

「私、ここに残って働こうかと思うんだ」

 大吾が顔を上げた。
「だってお前、前は東京の大学に進学するって言ってたじゃないか」

「……うん、だけど私がいなくなったら、父さん一人になるでしょう」

 大吾は自分のことを心配そうに見ている娘のことを見て、にっこり微笑んだ。
「楓、父さんはお前には自分の好きな道を歩いてほしいんだよ。母さんだって、それを望んでいるはずさ」

 お母さん――楓の脳裏に母の面影が浮かんだ。楓の母は、楓が中学一年のときに肺炎をこじらせて亡くなった。昔から病気がちで伏せることが多かったが優しい母だった。母の容体が悪化し病院に搬送されたとき、楓は泣きだしそうになるのをこらえて母に付き添った。少しは休みなさいという大吾の言葉も聞かずに朝から晩まで看病した。一時でも母の側を離れたら、母がどこかに行ってしまうような気がして、ずっと母の苦し気な顔を見つめながら祈るような気持ちで母の手を握っていた。しかし母の容体は日ごとに悪化し、ついに意識が朦朧として昏睡状態に入った。楓は母の手を握り締めて、ひたすら母の名前を呼んだ。母は苦し気な呼吸を繰り返していたが、一瞬、目を開いた。すると弱々しい手で酸素マスクをはぎ取ると楓の方に手を伸ばした。楓は無我夢中で母に抱き着き、行かないで行かないでと大声で泣き叫んだ。母はぎゅっと楓を抱きしめると、楓の耳元で小さくつぶやいた。

「……楓、ママは幸せだった……あなたはママの宝物だった……」そう言って、母は旅立っていった。

「――楓、父さんも母さんもお前が笑顔でいてくれることだけが望みなんだ。父さんが一人だからとか、この家がどうとか、そんなことは何にも考えなくていいんだ。お前にはお前の未来がある。お前の未来はお前が好きなように決めていいんだよ」大吾はそう言って、優しく楓の肩に手を置いた。

 大吾の言うことは前々から言われてきたことで、そのことは楓もよく分かっていた。大吾の言う通り、高校を卒業したら東京の大学に行って、自分の道を探してみたいと思っていた。しかし、決断すべき時が迫るにつれて、自分の考えが分からなくなってきていた。未だにどこの大学に行きたいのかさえ決められないでいた。だいたい東京に行きたいと思ったのも優香や友達たちと一緒に東京でおしゃれなカレッジライフを送れたらいいなと、そんなことをただ漠然と思っていただけのことだった。そんなときに出会ったのが三蔵だった。三蔵はあの若さでもう自分の道を決め、その道を進むことに命をかけている。その三蔵とさして変わらないのに、自分には何の信念もなく、ただその日その日を漫然と過ごしている。スサノオは言っていた。

――お前は三蔵が何か特別な人間だと勘違いしているようだが、あいつもただの人間だ。お前と何ら変わることはない。ただ、あいつがお前と違うのは、あいつが身に備わった種を伸ばそうと日々鍛錬を怠ず、努力を重ねているということ、ただそれだけのことだ――

 自分の中にある種ってなんだろう。自分の中にも仏様に至る種があるんだろうか。自分の中にある種を育てて、三蔵や父さんや、たくさんの人たちを助けてあげられる人になりたい。三蔵と出会ってからそんなことを思うようになっていた。でも自分の中にある種が何なのか、楓にはそれがまだ分からないでいた。

 

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