アマチュア作家の面白い小説ブログ

素人作家がどこまで面白い小説を書くことができるか

プロローグ

 この物語を始めるにあたって、どこから語り始めればいいのか思い悩む。始まりを探そうと思えば切りがない。もしかすると、歴史を全て語らねばならないことにもなりかねない。それではあまりにも冗長になるだろうし、読者の興趣をそぐことにもなるだろう。

 だから、あの事件のことから話そうと思う。確かにあの事件から急速に歴史は動き出した。歴史が動くときには、必ず始まりとなるようなエポック的な事件があるものだ。だが、いつの時代もそうであるように、同時代の人はその事件の重要性に思い至らず、いつの間にか忘れ去ってしまう。しかしあとから考えれば、あれが歴史の発端だったと気づかされる。この物語は確かにあの事件から始まった。

 

 首都近郊の小さな村。その村外れにある一軒の館で殺人事件が起こり、男六人が殺された。だが最初その館に入った警官が見たものは六人の死体ではなかった。肉の塊がいたるところにぶちまかれ、どこもかしこも血に染まった地獄のような光景だった。両目をくりぬかれた生首があった。指を全て切り取られた手があった。腹を切り裂かれ、腸がはみ出ている胴体があった。切り取られたペニスが壁にべっとりと張り付いていた。

 殺されたのは貿易会社を営むもの、官吏、地主、金貸し、僧侶、俳優といずれもその世界では名の知れたものたちであったが、特段懇意につきあっていた様子もなく、なぜこのものたちがこの館に集まっていたのかは謎であった。ただ近くに住む村人によると、月に二、三度、この屋敷に人が集まっていたとのことだったが、そのものたちが今回の事件の被害者と同一であったかどうかは確かめることができず、一体ここで何が行われていたのかも分からず仕舞いであった。

 いずれにせよ宝飾品などはそのまま残されており、物盗りの犯行とは思えなかった。あまりに凄惨無比な殺害現場に野獣か何かに襲われたのではという声もあったが、切り口はすべて鋭利な刃物によるものであり、実際、犯行に使われたと思われるべっとりと血糊がついた刀が床に転がっていたことから、精神を病んだ異常者が突如乱入して男たちを襲ったのではないかという意見が大勢を占めた。そして何年も捜索が進められたのだが、結局犯人は捕まらなかった。

 公にはされていないが、実はこの事件にはたった一人だけ生存者がいた。唯一生き残ったのはまだ九歳の少年だった。その少年は館の大時計の中に身を潜めていたため難を逃れることができたのだが、発見されたときは精神錯乱のような状態で、顔色は蒼白でその目は大きく見開かれ、歯はがちがちと鳴り、癲癇を起こしたように全身が震えていた。その少年はぶるぶると震えながら、同じ言葉を繰り返すのみだった。

「リバイアサン」、それがその少年が語った唯一の言葉であった。何を聞いてもその言葉しか答えられない少年はそのまま精神病院に運び込まれた。警官たちはその言葉をどう解釈してよいかと思案したが、結局年端もいかない子供のたわ言とみなして、その言葉は記録に残ることはなかった。そしてこの事件もリバイアサンという言葉もいつの間にか忘れ去られた。

 

リバイアサン

『リヴァイアサンの破壊』(作:ギュスターヴ・ドレ

 

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