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【聖書世界をモチーフにしたダークファンタジー小説】『リバイアサン』(四十) 聖堂会のマスターたち

 仮面をつけた男たちが円卓に座っていた。相変らず室内は薄暗く、円卓の上に置かれた燭台の灯だけが部屋をぼんやりと照らしていた。男たちはさきほどと同じように奇怪な仮面をつけて素顔を見せることはなかったが、彼らの間では誰が誰であるかは分かっているらしく、ひそひそとした話し声が湿った空気を震わせていた。

 

仮面をつけた男たち

 

 そんな中、道化の仮面をつけたものが口を開いた。

「至高の目的を有する聖堂会の偉大なマスターたちよ。本日、皆に集まってもらったのは至急、決断せねばならぬ議題が持ち上がったからだ。マスターたちよ、私の提起を許していただけるだろうか」

 道化であるにも関わらず、その声は深く張りがあり、聞く者の耳に快く響いた。さきほどまでささやきあっていたものたちは一瞬にして姿勢を正し、空気はたちまち張り詰めたものに変わった。誰もしゃべろうとはしなかった。沈黙が暗い部屋を支配した。その沈黙こそが了の合図であるかのように再び道化の仮面の男が口を開いた。

「マスターたちよ、我々に真正面から牙をむかんとする憎むべき敵が現れた。何を言おう、そのものは聖騎士と言われているあのレインハルトだ」

 全員は黙ったままだった。

「レインハルトは、あの欺瞞に満ちた神と一緒になって我々を陥れようと画策しているのだ。我々の崇高な目的をも知らず、神に這いつくばるしか能のないくせにだ。マスターたちよ、我々が目指す偉大な世界を想起していただきたい。狂った神を駆逐し、偉大な魂のみが美しい花園に遊ぶ、美しき世界を!」

 仮面の男はまるで名優のように席を立つと、両手を広げてその場にいるものたちに熱く語った。

「我々はわずか十数年でここまで昇りつめ、ついにこの国を支配する力を得るまでに至った。つまりそれは、我々のなさんとすることが真理そのものであるからである。我々こそが、力なのだ。我々こそが、生きるに値するのだ。我々こそが、新しい天と地をつくりあげることができるのだ」

 道化の仮面の男の言葉には、人の心を魅了する不思議な力が備わっていた。甘く語る時は人の心を蕩けさせ、熱く語る時は人の心を燃え上がらせた。他のものたちは道化の男に魅せられたように、身動き一つせず黙って道化の男を見つめていた。

「そんな我らに対して、あのレインハルトは挑戦状を叩きつけようというのだ。己がただの奴隷であり虫けらに過ぎないとも知らずにだ。なんと思い上がった男であることよ。マスターたちよ、こんな侮辱に耐えることができるだろうか。こんな無礼を許すことができるだろか。いや、決して許すことはできない。もはや、我らの忍耐も尽き果てたというものだ。今まではヨセウスの後ろ盾もあり大目に見てきたが、ヨセウスが死んだ今、そろそろ精算の時ではないだろうか。これまでレインハルトが犯した驕慢の罪に対して代償を払わせようではないか。これまで人間という種が体験したことがないほどの凄まじい苦しみを与えてやろうではないか。あの神を信奉するものがいかなる目に遭うのか、神がいかに無力であるか国中に知らしめてやろうではないか!」

 仮面の男が話し終えると満座は大きな拍手に包まれた。仮面の男はその拍手を当然とでもいうように受け止め、優雅に椅子に座りなおした。拍手が鳴りやまぬ中、山羊の仮面をつけた男が口を開いた。

「いまの道化の男の言葉に、私は満身が震え立つような興奮を感じた。いまやこの私もこの国の主となったが、まずなすべきことはいま道化が語ったとおり、あの生意気なレインハルトを一刻も早く始末することであろうと固く信じる。私は自らの権威をもって、きっと彼奴に相応の報いを味あわせてやろうと思う」

 山羊の仮面をつけた男は自信に満ちた声で語った。
 すると、山羊の仮面の男の正面に座っていた鳥の仮面の男が静かに口を開いた。

「私も道化の男のいうことは誠に最もなことであり、その言葉に全面的に賛意を示すものではあるが、いささか不安がないわけでもない。それというのは、エトが我らのことを感づいており、そのことをレインハルトに伝えているのではという懸念だ」

 すると、今度は鳥の仮面の右隣に座った象の仮面の男が口を挟んだ。

「そう。それを私も心配している。エトが我々の正体を見破っていて、既に何か手を打っているのではなかろうか」

 その隣の馬の仮面の男が続けた。

「あのリバイアサンというものは、実は我らを罰するために神が遣わした何かではなかろうか。もしかすると神は我らのことを感づいているのかもしれない」

 最後に鳥の仮面の男の左隣に座っていた蛇の仮面の男が叫ぶように言った。

「エトの預言ではあと三年でリバイアサンは人の世を滅ぼすそうだ。それはまさに我々のことではないのか。我々は神に滅ばされるのではないのか!」

「偉大なマスターたちよ」道化の男の声が再び部屋に轟いた。

 その瞬間、全員の口がぴたりと閉じた。

「何を恐れる必要があろう。エトがなんだというのだ。もはやただの死人ではないか。リバイアサンがなんだというのだ。神がわたしたちを怖がらせるいつもの方便ではないか。いや、かりにリバイアサンが本当にいて人の世を滅ぼすというのなら、それはそれで好都合ではないか。我々はそのあとに、我々の理想とする楽園を作ればいいだけではないか。どんどん人を殺してくれて結構だ。その方が我々の手間が省けるというものだ。リバイアサンなどただの神の操り人形に過ぎん。リバイアサンなど案ずるには及ばない。そうではないか、偉大なマスターたちよ」

 道化の男の自信に満ちた声は、一同の不安を一掃した。それほどまでに、道化の男の声は力強く自信に漲っていた。道化の男は他のマスターたちを眺めまわすと、今度は男たちの高ぶった気を静めんとするがごとくに蕩けるような声音で話し始めた。

「マスターたちよ、だが諸君の懸念も分からぬではない。民衆の中には、あのレインハルトを神の如く慕うものが多くいるのは私も知っている。そして、あの男が万に適する男と呼ばれる剛勇の士であることも当然承知している。諸君、私もレインハルトを軽んじているわけではないのだ。だがレインハルトを必要以上に恐れることはない。あの男がいかに神の寵愛を得ていようとも、所詮はただの人間に過ぎない。我らの力をもってすれば人ひとりの命を奪うことなど造作もないではないか。だが、気をつけねばならぬのは、やつを聖騎士のまま葬ってはならないということだ。そうすれば彼奴は殉教者となって、永遠に民衆の心のよりどころとなってしまう。そして神は彼奴を通して民衆の中に生き続けることになる。それこそが、あの卑劣な神の望むところであり、もしそんなことになれば、神は我らの間抜けぶりをあざ笑うことになるであろう――肝心なのはレインハルトの名声を貶めることだ。レインハルトの名声を貶めることは、神の貶めることに他ならないのだ」

 道化の男の神を畏れぬ大胆不敵な言葉は澱んだ空気に蔓延し、暗い部屋の隅々にまで浸透し、その汚れた空気は男たちの心の中にも染み入っていった。

 鳥の仮面の男が声をあげた。

「今の道化の言葉を聞いて、私の中にあったわずかな不安もどこかに消え失せてしまったようだ。しかしやつを貶めると言ったが、いかにして貶めようというのか、知恵に長けた道化にはすでに考えがあるようだが、それを聞かせてもらえぬか」

 鳥の男の言葉に他のマスターたちが同意するように頷いた。
 道化の男は、まるでその言葉を待っていたかのように自信に満ちた声で再び話し始めた。

「諸君、あのレインハルトが如何にしてあのような名声を得たか覚えておられるだろうか。あの男は二十数年前に聖騎士となったが、当初はただのエトの使い走りとしか認知されていなかった。だがあのイラルとの一戦。あの戦いでの武勲があったればこそ、あの男は神に匹敵するほどの名声を得たのではなかったか。ならばレインハルトを再びイラルとの戦に赴かせ、やつが惨めに敗残することになれば、やつの名声は地に落ちることになる。そうではないか、諸君」

 今度は馬の男が口を挟んだ。

「だが、イラルはあの一戦以来、我が国に攻め込んでこぬではないか。我が国から攻めかかるのも良いが、レインハルトを殺すためだけにイラルを敵に回すのは少々危険が過ぎるのではないか」

「さすがは王の騎士の束ねを司る馬の男。戦について語らせれば、そなたの右に出るものはあるまい。だが安心してほしい。イラルとは内々に話はついているのだ。諸君を含め一部のものしかしらぬことだが、我々はイラルとはひそかによしみを続けてきた。実は、私はこのウルクに来る前に密かにイラルに赴き、イラルの女王と会い、直々にこの話を打診してきたのだ」

「なんと! イラルの女王と言えば、あの絶世の美女と呼ばれるダナエのことか」馬の男が叫んだ。

「いかにも。ダナエ女王は私の提案に大いに興味を示され、毎夜毎夜私のために盛大な歓待を開いてくれた。終いには私の欲しいものはなんでも提供するとさえ言ってくれた」道化はイラルの女王ダナエと過ごしたひと時を思い出しながら、ふふと笑った。

 他のメンバーたちはあまりのことに言葉もなく、唖然として道化の男を眺めていたが、道化の男の才気と美貌をもってすれば、それもありうることと、改めて道化の男に対して畏敬を感じざるをえなかった。

「手筈はこうだ。我々の合図とともにイラルの兵一万が国境を越えて我が国に侵攻する。我らは幾度かイラルに戦いを挑んだが、その都度跳ね返されたと国中に報じるのだ。そうすれば必ずやレインハルトを登用して敵を討伐せよという声があげるに違いない――いや、あげさせるのだ。そうして我らはレインハルトをおだてあげてイラルに当たらせる。だが、敵の数は実はその倍の二万もの大軍だ。さしものレインハルトもそれほどの敵には抗しえまい。しかも念には念をいれる。今回は彼奴一人に討伐に当たらせるのだ。前回の戦で彼奴が万の敵を葬り去ったというのは誇張がある。あの時は千人力のマッテオをはじめ一騎当千の兵たちがレインハルトに付き従ったのだ。そうでなくて、どうしてたかが人間一人が万の敵に抗しえよう。つまり、レインハルトは味方もなく、たった一人で二万の大軍を相手にするのだ。こうなれば必ずやレインハルトは敗北することになろう。異教の軍隊の前に神の聖騎士が惨めに敗れ去り、無様な死にざまを晒す。諸君、どうであろう、レインハルトと神、これほど双方を貶める策があろうか」

 道化の男が話し終えると、拍手が巻き起こり、賛美の声が至る所から上がった。

「二万の大軍と――これは、レインハルトといえども、なんともなるまいよ」

「さすがは、道化の男。いつもながら、見事な策略だ!」

「レインハルトの慌てふためく顔が見えるようだわ」

「民衆もきっと呆れかえることだろうよ」

「私の首を刎ねるなどとぬかした、あの男の惨めな死にざまを早く見たいものだわ」

 こうして、聖堂会の最高意思決定機関であるマスターたちの合議によって、聖騎士レインハルトを陥れんとする陰謀は決した。
 その日のうちに、国境に向けて早馬が立った。使者の胸には、イラルの女王ダナエにあてた一通の手紙があった。

 そこには、簡潔に以下の一文のみがしたためてあった。

「かねてよりの計画を実行に移さんことを願う。
  いかなる女神にも勝る美貌と叡智を備えた麗しき女王へ
                  あなたの僕たる道化より」

 使者が出発してから、十日もたたぬうちに国境から王宮に使者が飛んだ。イラルの兵一万が国境に押し寄せつつあるとのことであった。

 

早馬

 

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