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【聖書世界をモチーフにしたダークファンタジー小説】『リバイアサン』(四十一) 成長

 リュウとマッテオが向き合って対峙していた。リュウは構えるというほどもなく木刀を掴んで立っていた。対するマッテオもいつでも来いとばかりにだらりと木刀を下げていたが、その眼はリュウの一瞬の動きも見逃すまいと真剣そのものだった。緊迫した空気が辺りに漂い、二人の対決を横で見るレインハルトやリオラも真剣な眼差しでその様子を見つめていた。

 二人が対峙してから一分ほども経っただろうか、リュウが横にふわりと動いた。マッテオはその動きを追うように体の向きを変えた。

 その瞬間、リュウが地面を蹴り、宙を飛んだ。その動きはこれまでレインハルトが見たものよりさらに速さを増していた。木刀の切っ先がマッテオの喉もとに迫った。マッテオはその突きをのけぞりながら脇に逃げて交わすと、返す刀で無防備になったリュウの背中めがけて木刀を振り下ろした。だがいつもなら木刀で叩きつけられるはずのリュウの背中はそこには既になく、リュウの体はすでにマッテオの脇を通り抜けていた。

 地を蹴って宙を舞い、蜂の如くに高速の突きを放って相手に致命の一撃を与える――それこそが、リュウがこれまで磨きに磨いてきた必殺の型であったが、今日は突きが交わされたと知っても動じず、地に足が付いたと同時に再び地を蹴ってマッテオの脇をすり抜けたのだった。それだけではなかった。リュウは二度目の着地と同時にすぐに後ろを振り向いて、逆に無防備になったマッテオの背中に木刀を叩きつけた。

 さしものマッテオもリュウのこの二段構えの攻撃はかわしきれず、うっと唸って少し前によろめいたが、さすがに膝をつけることはなく、すぐに振り向いてリュウに面した。

「そこまで!」

 レインハルトの声がマッテオの家の中庭に響いた。その声を聞いてほっとしたのか、マッテオは木刀を放り投げると苦笑いを浮かべた。

「おい、リュウ。今のは完全にやられたよ。真剣だったら俺は死んでいたな。全く、お前ってやつは、あっという間に強くなっていきやがる。こりゃ、レインハルトもうかうかしてられんな」

 その言葉を聞いて、ようやくリュウも緊張が解けたのか、一気に汗が噴き出してきた。リュウは額の汗を肘でぬぐいながら、「あんたにだいぶしごかれたからな。今日もまた背中を思いっきり叩かれるんじゃないかとびくびくしたぜ」とにやりと笑った。

 二人の様子を見ていたリオラもようやく安堵したように息をついた。

「もう! 二人を見てるとこっちまで、汗がでてきちゃうよ――マッテオ、背中は大丈夫?」

「大丈夫だが、今夜は風呂に入るのはやめといた方がよさそうだな」

 マッテオは笑いながらそう言うと背中を摩った。

「レインハルトよ、もう俺がリュウに教える必要ななさそうだぜ」

 マッテオは、リオラの隣に立っていたレインハルトに声を掛けた。

「どうやら、そのようだな――リュウ、突いてそのまま抜けるアイデアは自分で考えたのか?」レインハルトはリュウに向かって言った。

「ああ、何も一発で倒さなくても、次で倒せばいいと思ってな。その方が無防備な背後を晒すこともねえし、マッテオの馬鹿力で叩かれることもねえしな」

 リュウの言葉に、レインハルトは満足したように頷いた。

「リュウよ、今のお前の攻撃も見事だったが、お前がその境地に達したことがなによりの成長だ。肝心なのは、一度や二度、負けたからと言って、屈せずに挑み続けることだ。お前が戦うべき相手は昨日のお前なのだ。昨日の自分より強くなるために日々努力を続けることなのだ。だから最も強く偉大なものは死ぬ間際まで戦い続ける。そして、それこそが生きるということの真の意味でもある。リュウよ、お前はすぐに俺などよりもはるかに強くなるだろう。だが、決してその歩みを止めてはならない。お前がこれから歩む道は、まだまだ長く、そして険しいのだからな」

 そう言うと、レインハルトはリュウを労わるようにその肩に手を置いた。リュウはレインハルトに自分の実力を初めて認めてもらった気がして、気恥ずかしいような、うれしいような妙な気分でうまく言葉が出てこなかった。

 このウルクに着いてから、リュウは改めてレインハルトの偉大さを知った。街を歩けば、道行く老若男女がレインハルトを仰ぎ見て、まるで神に祈るように手を合わせた。道端で遊ぶ子どもたちは、レインハルトを見ると興奮して騒ぎ出し、まるで家来を気取るかのようにいつまでもレインハルトの後をついてくるのであった。

 そんなとき、リュウはレインハルトとともに歩く自分も誇らしく思うのだった。レインハルトといるだけで、自分までもが栄光に包まれているような気になるのであった。リュウは、レインハルトとともにいることに喜びを感じ始めていた。レインハルトが自分に何を求めているのかは深くは知らなかったが、今まで誰からもまともに相手にされなかった浮浪児あがりの自分をレインハルトは一人の人間として接してくれた。自分には居場所がある。帰る場所がある。それはリュウが心の中でずっと探し求めていたものであった。今、リュウが思うことは、これからもずっとレインハルトとともに旅をして、レインハルトがなさんとすることを手伝い、レインハルトにもっと認められたい。ただ、それだけだった。

 

聖騎士を見守る街の人たち

 

「そう言えばレインハルトよ。最近、イラルの連中が国境付近を騒がしているようだな」

 切り株に座ったマッテオがレインハルトに声を掛けた。

「そのようだな」レインハルトは短く答えた。

「国境隊では抑えきれぬと見えて、援軍を送れと王宮に矢の催促らしいが、しかし国境隊も情けない。イラルの奴らなんぞに手を焼くとは。巷では、兵士なんぞあてにならない、聖騎士レインハルトを送るべきだなどと騒ぎ立てるものいるらしいが、確かにそのとおりだ。お前が行けばイラルのやつら、お前の名を聞いただけで肝をつぶして逃げ帰るだろうさ」

 ヨハネはそう言うと大笑いしたが、レインハルトはわずかに苦笑しただけで黙ったままだった。それを聞いていたリオラが不安げにレインハルトを見上げた。レインハルトはリオラの視線に気づくと、にっこりと笑った。

「リオラよ、心配することはないよ。ただの国境間のいざこざに過ぎぬさ。じきに収まるよ」

 だが、リオラの気分は晴れなかった。レインハルトの中にかすかに憂いの影があるのを感じたからだった。そして、リオラの不安は現実のものとなった。イラルの兵が国境隊を打ち破り、ついに国境を越えたとの知らせが王宮に入った。その凶報はあっという間に巷に広まり、ウルクの人々は王宮に詰め寄り、聖騎士レインハルトを送るべきだと声高に騒ぎ始めた。その人だかりは日毎に数を増し、その声は日増しに高まっていった。

 新国王マナセは大臣たちを集めてこの事態にどう対処すべきか連日協議していたが、ついに断を決し、レインハルトにすぐに王宮に来るようにと使者が遣わされたのだった。

 

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