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【ダークファンタジー小説】『リバイアサン』(六十二) 嘲り

 翌朝、憔悴しきった顔でぼんやりと庭先を眺めていたマッテオのもとに、弟子のブラムが血相を変えて駆け込んできた。

「お、親方! 大変です! レインハルトさんが、レインハルトさんが!」

「レインハルトが戻ってきたのか!」マッテオはレインハルトがリオラを連れて帰ってきたのだと思い、うれしそうに腰を上げた。

「い、いや、そうじゃなくて……レインハルトさんが大変なことに……高札があちこちに立てられて、レインハルトさんが背教の罪で処刑されると……」

「なんだと! そんな馬鹿なことがあるか! どこだ、その高札はどこにある!」

「この先の四つ角のところにも立っていて、その前はえらい人だかりで……」

 マッテオはブラムの言葉を聞き終える暇もなく、外に飛び出して言った。
 ブラムの言う通り、四つ角には高札が立てられ、そこには人だかりができていた。マッテオはそこにたむろしている人たちを掻き分け、高札の一番前に進んだ。そこにはこう書いてあった。

『国民に告げる 聖騎士として世に知られるレインハルトは、実は悪魔を崇拝する背教者であることがこのたび明らかになった。レインハルトは悪魔の技を行い、年端もいかぬ子どもたちをなぶった挙げ句、最後にはその命を奪い悪魔に捧げるという世にも恐ろしい儀式を長年の間、執り行ってきた。レインハルトは、そうして得た力を神の力と詐称し、これまで何食わぬ顔で国民を欺いてきたのだ。背教の罪は国法により厳しく罰せられると定まっている。よって、レインハルトは本日正午、磔の上、鋸引きの刑に処する。これは神のご意志によりこの国の王となったアイン陛下のご意志である。 司法大臣ジュダ』

 それを見た瞬間、マッテオは自分の目が信じられなかった。そんなことがありえようはずがなかった。マッテオがこの世で最も尊敬する男、神に己の全てを捧げ、神のためだけに生きてきた男。そのレインハルトが悪魔を崇拝する背教者だと、年端もいかぬ子どもたちをなぶりものにしてきただと、マッテオの体に怒りが充満した。

 そのときだった、群衆の中から声が聞こえた。

「レインハルトってやつは、やっぱりペテン師だったようだな」

「そりゃそうさ、俺は最初っから、奴のことなんて信じちゃいなかったがね」

「あのレインハルトが悪魔崇拝者だったとは、なんともおぞましい」

「しかし、年端もいかない子どもをなぶるなんて、とんでもねえ野郎だ」

 そこにいる人たちは、ついこの間まで、イラルの来襲に怯え、レインハルト一人を頼みとして助けを求めたものたちであった。そして、レインハルトが見事イラルを征伐したとの報が届くや、レインハルトの名を連呼し、聖騎士レインハルト、救国の英雄と褒めそやしたものたちであった。その舌の根も乾かぬうちに、皆がレインハルトを罵っていた。聞くに耐えない言葉を平然と吐いていた。マッテオはもはや我慢がならなかった。

 

群がる群衆

 

「黙れ、黙れ! 貴様ら、よくもそんなことをぬけぬけと言えるな! これまで貴様らがどれだけレインハルトの世話になったかもう忘れやがったのか! レインハルトがどれだけ偉大な男であったかもう忘れちまったのか!」

 だが、マッテオの言葉は群衆には届かなかった。

「こいつはマッテオだ。あの人殺しのマッテオだ。こいつもレインハルトの仲間だぞ!」

「千人力のマッテオなんて言われているが、ようはそれだけ人を殺してきたってことだ!」

「散々、人を殺してきたくせに、偉そうなことをいいやがる。てめえも薄汚ねえ人殺しじゃねえか!」

 民衆が口々にマッテオを罵倒した。
 マッテオは我慢の限界だった。マッテオは殴り掛かろうとした。だが、マッテオの腕と体を、ブラムとレビとメースの三人が必死に抑えていた。マッテオは離せと、三人を振り払おうとしたが、よく見ると三人の目には涙が溢れていた。みんな肩を震わせて泣いているのだった。弟子たちもマッテオと同じ思いだった。こんな奴ら全員殴り倒してやりたい。だけど、こんな奴らを殴ったところでどうなろう。民間人に暴力を振るった咎で捕らえられるだけだ。だから堪えてくれ、お願いだから耐えてくれと涙を流して訴えているのだった。マッテオは、自分の大きな体を必死に抱きしめる三人の弟子たちの心がわかった。三人の弟子たちの悔しい思いと、自分のことを案じる思いがわかった。そして、それがわかったとき、マッテオの目からも涙がこぼれてきた。マッテオは三人の弟子たちを抱き寄せた。そして、自分たちを罵り、嘲笑う群衆たちの声を忍びつつ、静かにその場を去っていった。

 

 また、いつもの夢だった。
 リュウは一人孤独に荒れ野を歩いていた。どこにいくあてもなく、何をするあてもなく、ただひたすら歩いていた。だが、ふと先を見ると少し前に男が歩いていた。その男の大きな背中には見覚えがあった。その男はマナハイムで死にかけていたリュウの命を救い、ただのチンピラに過ぎなかったリュウを家族同然に受け入れてくれた。その男は、まるで息子に接するように、リュウに生きることの意味を教え、愛することの大切さを教えてくれた。リュウは、その男とともにいることに誇りを感じ始めていた。父も母も知らないリュウにとって、その男は父のようであった。そして、その男が父であったらどんなに良かったろうと思ったことさえあった。

「レインハルト!」リュウは思わず叫んだ。

 すると、レインハルトはリュウの方を見て、穏やかな笑みを浮かべた。
 その笑顔を見て、リュウはうれしくなった。

「待ってくれ、レインハルト。今、そっちに行くから」リュウはそう言って走り出した。

 だがどんなに走ってもレインハルトのところに近づけないのだ。それどころか、レインハルトはどんどん離れていくのだった。

「待ってくれ! どこに行くんだ、レインハルト!」

 リュウは必死に走った。全力で駆けた。だが、それでもレインハルトの姿は遠ざかっていくばかりだった。

「レインハルト、行かないでくれ! 俺はあんたが好きなんだ。俺は、ずっとあんたと一緒にいたいんだ。どうしたんだよ、レインハルト、どうして行っちゃうんだよ!」

 リュウは遠ざかるレインハルトに向かって叫び続けた。だが、レインハルトはそれに応えることなく、いつの間にか姿は消えていた。そして、リュウは荒野に一人ぽつんと取り残されていた。

 

 扉を叩く音がした。
 リュウは、びっくりしたように目を覚ました。扉が開き、あのちょび髭を生やしたアモンとかいう執事が入ってきた。

 

座席に座る執事

 

「お前の仲間を捉えていた悪漢どもがウルクに到着した。王宮の方に連行されたそうだ」アモンは冷たい声で言った。

「リオラは! リオラは無事なんだろうな」リュウは飛び起きるとアモンを問い詰めた。

「――ああ、その女も王宮の方で保護されているとのことだ。いますぐその女に会いたいんだろう。だったら私についてこい」アモンはそう言うと、外に出ていった。

 リュウは慌てて剣をつかむと、その後を追うように部屋を飛び出した。アモンは館の外に出るとそこに待っていた馬車に乗り込んだ。そして、視線を合せることもなく、乗れと一言リュウに言った。リュウは中を覗き込んだがその馬車は二人乗りで、アモン以外に誰もおらず、人が隠れるようなスペースもなかった。リュウは用心深く馬車に乗り込むと、アモンの対面に座り、一瞬の動きも見逃すまいとアモンをじっと睨みつけた。しかし、アモンはリュウの視線など意に介することなく、出せと御者に言うと、そのまま目をつぶった。それを合図に馬車はごとごとと動き出した。

 

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